河童の皿箱
2025-12-18 09:11:15
41671文字
Public 遊戯王:長め
 

その男は、楽人であった。

あるグループがグループになる前、昔のさらに昔の話。
※捏造の濃度が高い。



 ふ、と。目を覚ます。毎日、毎日、やってくる、巨大な水溜まり――いや、海の磯部に、男は座った。現実では弦のない和琴でさえも、ここではしっかりと弦が張られていて。
 からり、からん。男は静かに傅いて、ただ、ただ、音に没頭する。
 海の果てはいまだ見えず。けれども霧は霞のように薄らいで。ひゅうと吹いた風が髪を揺らして、顔をくすぐる。もう長くもなく、伸ばす気もない髪を耳にかけては、また弾く。

 まだ、まだ。目指しているような未来は遠く。けれど一度は尽きた命が、まさか都まで辿り着くとは。弾く手を止めて、天を仰いだ。空に日はなく、月もなく。あるのはただただ、青と青。
 それに、とても良い縁に恵まれた。あの能楽師は優しいし、話もよく合う。共に居て居心地はよいし、友で居て誇りに思う。まだ、彼の多くを知りはしないが、それでも、知らぬ街に小さな椅子を彼は差し出してくれた。それのなんと、心強いことかと。

 ぼんやりと、海がにじんでいく。あぁ、もうすぐ目覚めだ。彼にも、大事な話をしなくてはならない。公演を終えたら、今日もまた会う約束があるから。

 でも、少し少し、言いづらいか。彼に己の責を負わせるのは、気が引ける。何時まで自分がここに居るのかも、分からないし。

 あぁ、そうだ。それならば彼にちょっとした頼みごとをしてみようか。まだ行ったことのない都の中心地。あそこに行ってみたいと。

 すう、と。大きく息を吸い込んで、吐き出す。今日もまた、空を覆う街に日が昇る。

 さあ、参ろうか。一日、一日、命が伸びていく。猶もまだ、生き延びていく。



 今はまだ、それでいいんだ。