河童の皿箱
2025-12-18 09:11:15
41671文字
Public 遊戯王:長め
 

その男は、楽人であった。

あるグループがグループになる前、昔のさらに昔の話。
※捏造の濃度が高い。



 胸を締めるは、ひどく漠然として捉えどころのない、けれど明瞭に刻み込まれた不快感ばかり。ただ己の半身たるコトを背負い、道の輪郭もあやふやな暗闇の中、さあどこへ行こうかと。稽古場は巡回が来る頃だ。田畑はやけに響いてしまうし。ともすれば、行ける場所はただひとつ。獣らの巣食う森の中であった。例え悪神に食い荒らされるぞと大人たちに脅されていようが、こと男にとってはそれでも、家よりもずっとマシな居場所であった。
 足は森へ向かう道へと。無駄なことばかり考える頭がうるさく、けれどそれを振り払うためにも、足早に。入り口の門までたどり着けば、見張りがいる。なに、そこらの柵を飛び越えてしまおう。少し離れたそこから柵に手をかけた時であった。

 そこで何をしている? 男は不意に、呼び止められた。観念して明かりの下へと姿を現せば、ちょうど元服したぐらいの立派な大人の男が、松明を手にしていた。
 危ないだろう、こんな時間に。口をつく説教に、楽人は努めて笑った。けれど、何も答えない。見張りは怪訝な顔をした。お前、まだ子供だろう。親は? その問いにも、楽人は何ひとつ答えない。
 見張りは己の真っ赤な髪を掻いて、弱ったな、と。大人としては、こんな時間に子供を放っておくわけにもいかぬ。しかし、肝心の子供が一切口を割ろうとしない。彼の緑の混ざった髪を見るに、恐らく御珠の血族ではあるはずなのだが。かの族は厳格で閉鎖的とはいえ、何も外との関わりを一切持たぬわけではない。何故、この子は。
 あー、お前。とりあえず、こっち来い。大丈夫だ、怒んないから。その言葉にはすんなりと従い、楽人は見張りの後についた。
 お前、どこから来たんだ? 楽人は答えぬ。それ、コトだろ。御神楽の。楽人は答えぬ。それじゃあ、かなり家格は上だよな。楽人は、ただにっこり笑ったまま、何も答えぬ。いやはや、どうしたものだろう。赤髪の見張りは詰所でもある櫓まで楽人を連れてきたが、その子供はなにひとつとして答えようとはしなかった。
 ……あぁ、そうだ。見張りはポンと手を叩いては、目線を合わせた。それから自らの名を名乗り、御剣の鉄工なのだと、自らを明かした。すると、楽人はわずかに地に視線を落とし、自らの名と、御珠の楽人であるととうとう明かしたのであった。その内容自体は、既に推測していたものではあったが、ことこの子供がようやく口を開いたことに、鉄工はほっと胸を撫で下ろした。それと共に、楽人の手をそっと取っては、にぃっと笑った。
 すると、詰所の奥からまた別の大人がやって来た。青い髪の男であった。鉄工が連れた子供を見ては、どうかしたのかと。いやぁ、それが俺にもよくわかんないっていうかあぁその前に、こいつはな
 そうして、鉄工は友人たる青い髪の男こと、御鏡の商人を、楽人に紹介した。ふたりには御巫を務める妻が居り、その名を聞けば、楽人も頷いた。現代の御巫、それも鎬を削るふたりだ。彼女たちも、目の前の彼らのように、赤い髪と青い髪であった。そうして楽人が納得してる間に、鉄工と商人は顔を合わせ、肩をすくめた。こんな時間にうろついているのも、理由があってのことだろう。喋りたくないなら、喋らなくてもいい。でも、森に入るぐらいなら、ここにおいで。少なくとも、今月の見張り番は私達だからな。なに、口外はしないさ、と。

 結局その日、楽人が口を開いたのは、名と所属のみ。けれど楽人はその日から、夜は見張り櫓に向かうことにした。正直な話、どこでもよかったのだ。ただ、椅子がひとつ用意されているのなら、せっかくなら座ってみたいと、ただそれだけのことだった。