河童の皿箱
2025-12-18 09:11:15
41671文字
Public 遊戯王:長め
 

その男は、楽人であった。

あるグループがグループになる前、昔のさらに昔の話。
※捏造の濃度が高い。



 からっ風の吹く伝統の里。今日も今日とてひとりで歩き、稽古場へ。立ち合い練習では、御巫の見習いたちが顔を合わせ、所属の楽人もまた、相手方と面を向かい合わせる。長い長い階段を登り、辿り着けばもう、たくさんの見習いたちが集っていた。男もまた、自らの所属である御珠の見習いたちのもとへと。
 しかし、どうしたことか。耳に届いたコトの音に、練習にと舞う見習いら。男がじっと目を凝らせば、あぁ。そこにはコトの楽人が居た。演奏に区切りがついて、一休みのその間、男のそばに、その楽人が寄って来た。

 お前がぼくの代わりだと?

 男はにっこりと笑った。コトを背負った男を睨みつけては、忌々しい、と。コトの楽人の周りには、笛の楽人や、太鼓の楽人。どいつもこいつもおおよそ同い年で、少し体の小さな男を見下ろした。楽人の家系でもないくせに、我が物顔で演奏に参加するだなんて。それも、コトだぞ? あぁいやだいやだ。世間知らずの身の程知らず、どっか行っちまえ。そう捲し立てられては、男はにっこりと笑った。
 そのまま、何を話すでもなく、男は稽古場の隅に縮こまった。また、無駄な時間を過ごす羽目になった。風邪を引いていたのはそちらだろう、コトの楽人は他に居なかっただろう、喉元の言葉を飲み込めば、胸の霧はより深くなる。見習いの楽人の拙い演奏で、見習いの御巫たちが舞う。

 ……へたくそだな。

 楽人に求められるのは、伝統通りの演奏。間違いひとつ、許されない。音を、間を間違えれば、蛇蝎の如くに忌み嫌われて、蹴りだされるというのに。あいつはあまりにへたくそで、息をつく間もなく音を間違える。間も読めない。碌に練習をしていない。誰も言いはしないが、誰もが知っているそれを無視して、彼には賞賛の拍手が送られた。彼は、楽人の家系に産まれた、正当なるコトの後継者なのだ。それなのに。

 ……へたくそ。

 男はなお、師に浴びせかけられた言葉が喉をついたが、飲み込んだ。どうしようもないのだ。コトは練習さえすれば上手くなるかもしれないが、生まればかりは、どうしようも。

 御珠の本家からずっと離れた、遠い遠い分家。それこそが、男の産まれた家であった。そこに家格などありはしない。楽人の家系ですらもない。けれど両親は、長男が楽人となることを、そして神々から受け継いだ楽器を、コトを、望んだ。上手く取り入れば、家格が上がるから、と。男なんだから、そのぐらいしなさい。家の役に立つことをしなさい、と。

 ――それ、コトだろ。御神楽の。それじゃあ、かなり家格は上だよな。

 鉄工の言葉が蘇る。違う。ひゅ、と喉が鳴る。頭の中に無数の声が、無関心と、嫌悪と、叱責とが混ざりあって、飛び出てくる何かを必死に飲み下しては、膝に顔を埋める。背負ったままのコトは重く、けれど置き場所もない。

 男は、にっこりと笑った。