河童の皿箱
2025-12-18 09:11:15
41671文字
Public 遊戯王:長め
 

その男は、楽人であった。

あるグループがグループになる前、昔のさらに昔の話。
※捏造の濃度が高い。



 少年は学んだ。時間を目いっぱいに使って学んだ。生まれた故郷の過去を。知らぬ遠くの景色に広がる未来を。そして、自らの脚で立つ方法を。
 少年は学び続けた。老人たちは教鞭をとった。少年は次第に、全ての弾き物を、全ての吹き物を、全ての打ち物を、自らの手に馴染むように覚えていった。そして老婆もまた、少年に舞をひとつひとつ、丁寧に叩きこんでいった。この里の伝統通りであれば、許されぬようなそれも、ここは掟の外。そして、掟の外に押し出されたのだからと、誰一人として気にすることはなかった。
 少年はなお、学び続けた。日の暮れ、月の下。快晴にはもっぱら、誰にも知られぬこともなく、忘れ去られた神々の在りし場所を求めて、歩み続けた。曇天にはもっぱら、書物に世界と知識を求めた。そしてとっぷり暮れた静かな夜、眠りの底の水辺にて、少年はなお、技術を、知識を、反芻し続けた。

 そんな日々を繰り返し、繰り返し。炎天がやってきては、山が色付き、そして再び眠りについては、陽の恵みに目覚める。少年はずんずんと背を伸ばし、がっしりとした男らしい体格になった。最早家から追い出された身。元服の正しい時期など知らなかったが、老人たちは男が15になった頃、義を執り行い、ささやかながらも正式に、しかし盛大に祝った。

 その頃ともなると、男は森に入っては薪を拾い、時には丸太を割って、老婆の代わりに老人たちの食事を作るようにもなっていった。長い緑髪を結い、けれど人里に降りることもなく。
 そしてその頃ともなれば、老人たちもまた、数を減らしていた。山を登れなくなった、1日居られるわけでもなくなった、転んで怪我をしてそれきり治らなくなった。そんなことも増えていった。耕されぬ畑、ひとりきりの散歩道、埃の被った将棋盤。けれど老人たちはなお、最期の時が来るまで音を奏で、舞い続けた。

 言ったじゃろう。儂らはもう、老いぼれじゃ。それでもな……のう。お前さん。ここに来てくれてありがとうなぁ。おかげで、楽しい楽しい晩年を過ごせたわい。儂らの知り得るすべてをお前は真面目に知ろうとして、よく学び、頑張ってくれたのう。もう、悔いはない。お天道様にも、よくよく言っておくよ。お前さんを見守ってくれ、とな。

 かっと照りつける太陽の下、うだるような暑さの中、多くの老人が黒い息を吐いた。葬儀に参列できるわけもなく、男はひとり、古びた集会所の一室に居た。

 もう、お前は立派な大人だ。そして、お前はここの掟に縛られることもない。どのみち、この里には……居場所もないんだろう。

 その通りだった。否定することもなかった。もう一度凍てつく季節にもなれば、また老人たちは天への道を昇っていった。

 外へ向かえ。自由を探せ。常識の利かぬ場所じゃ。それはそれは辛いものかもしれないが、きっとお前を待つ奴がいる。お前の知識を、技を、待ち侘びている者がいる。それを、探すんじゃ。

 男は荷物を取りまとめた。老人たちがここに残した生きた証を、伝統を、生涯の記憶を鞄に詰め込んで。

 パタン。雪深い月夜。男はひとり、火を灯した。男には、里を去る前に行きたい場所があった。

 古き、忘れ去られた神々のもとへ。