【創作|馬軸】春雷 伸長- 日盛りと鶏鳴

※支部からの転載版です。内容は変わりません。四話~六話収録。



__現在


「秀吉さんの言うとおりになりましたね」

俺は独身寮の共有ルームで、ノンアルコールビール片手にほかの騎手とテレビを見ていた武内秀吉に話しかけた。

「ん? 何がよ」
「白綾が、『今はまだ芽が出なくても確実に化ける』って話です」
「迅一お前……よくそんな昔のこと覚えてんな」
「秀吉さんだって覚えてたじゃないですか。……

俺にはないものが白綾にはあるんですよ、という言葉はお茶と一緒に飲み込んだ。共有冷蔵庫を開けてみると、付箋付きのラップが引っ掛けてある焼き鳥と漬物が冷蔵庫に入っていた。武内さんが貰ってきたらしい。
白綾の文字で「食中毒になりたないならはよ食え」と書かれていたが、どうにも白綾は妙なところで面倒見の良さを発揮するな、と思う。
昨年クラシック二冠をロジェールマーニュと共に達成した白綾は、破竹の勢いと言うべきか快進撃を続けている。有馬記念はラヴウィズミーに競り負け二着となったものの、次の天皇賞・春に出走するという話で栗東トレセン内は持ち切りだった。

それだけロジェールマーニュと白綾の道行きに皆が期待し目を光らせている。俺もフジサワコネクトと天皇賞・春には出るんだけどな、と思いながら俺は焼き鳥を口に運んだ。


「ゔッッッ!!」

なぜか塗られていたわさびが強すぎて思わず顔を顰めれば生理的な涙がにじむ。その様子を見ていた秀吉さんは爆笑しながら枝豆をのんびりと食べた。

「なぁ迅一、お前后子ちゃんのことキレさせたろ。つか現在進行形でキレられてる」
……何で知ってるんですか?」
「お前の話するときめちゃくちゃ不機嫌が隠せてなかったからさぁ。ど~~せお前のことだ、『お前には才能があるから~』とか『俺の分も頑張ってくれ』とか言ったろ?」
「秀吉さんエスパーかなんかなんですか……?」

何もかも図星を突かれて俺はそんな返事をし、笑いながら秀吉さんは残っていたノンアルコールビールを飲みほして俺の焼き鳥を強奪した。この人こんだけ食って何で体重増減ほぼゼロなんだろう。

「うん、まぁなんだ……。迅一、事実お前には才能がある。つか才能の塊、って言うほうが正しい。お前は天賦の才能で馬に乗ってるだろうよ」
……ですが、その……
「けどはっきり言って后子ちゃんは才能云々の次元じゃねえんよなあれ。執念と羨望を混ぜくって、それを燃料にして走ってきた結果が今出てるだけ」
「羨望__ですか?」

驚いてしまった。白綾はあまり人をうらやむようなタイプではないと勝手に思っていたから、というのもあるが……俺自身が見ようとしなかった白綾の姿を秀吉さんが捉えている事に驚いていた。いや、当然だ。

そう。俺はきっと白綾の言うように、己の才能に胡坐をかいていたのだろう。


「うん。后子ちゃんは努力の果てに覚醒した。最初から器用にこなせてたわけじゃないはずだ。それどころかマジで才能無いって言われるレベルで不器用だったと思うよ。
だからこそ確固たる支柱があるんじゃねえの? そんだけじゃねえ。それにある意味、お前がきっと后子ちゃんに火をつけたんだろ。『あの無自覚嫌味クソ野郎に一泡ふかしたるわ』って」
「『無自覚嫌味クソ野郎』……それ俺の事ですか」
「今のところは后子ちゃんに対してだけ、だけどな。ま、気をつけろよ~~」


秀吉さんはそう言って共有ルームから出て行った。ひらひらと手を振って緩く「おやすみ~~」とだけ言い残して、俺は一人共有ルームに残る。



「けどこれ……ふは、……手の込んだ嫌がらせすんなよ、白綾……


ラップに貼られていた付箋の裏に書かれていたのは、

『わさびで寝ぼけまなこもかっぴらいたやろ。感謝せえ。天皇賞・春で腑抜けた騎乗したら許さん』

という怒りのこもったメッセージだった。白綾なりの発破なのだと俺は思って、机に張り付けていたその付箋を剝がして自分のノートに張り付けた。