【創作|馬軸】春雷 伸長- 日盛りと鶏鳴

※支部からの転載版です。内容は変わりません。四話~六話収録。


同刻__ 日本


ロンドンで白綾后子とロジェールマーニュが遊んでいるころ、栗東市は夕方の七時を回っていた。全休日の月曜といえど、俺__瀬川迅一に休みという概念はないに等しい。今日もテレビ番組の収録に駆り出され、ようやく帰路についたところだ。

栗東トレセンへ向かうタクシーの中でスマートフォンを確認し、検索エンジンに「アスコットゴールドカップ」の文字を打ち込んでみる。競馬新聞は挙って『ロジェールマーニュ ハナ差三センチで敗れる』と報道していた。だがその悔しさは実際にテレビでゴールドカップを見ていた俺たちも、戦った白綾も経験済みで最早大したことではない。
現在話題になっているのはロジェールマーニュがあの欧州の怪物的強さの名牝__スワンレイクリターンズを敗北寸前まで追い詰めた、という功績だった。

スワンレイクリターンズは現在四歳。ロジェールマーニュ、フジサワコネクトと同世代である。そして次走が既にキングジョージ六世&クイーンエリザベスステークスと明言されており、同レースに出走するフジサワコネクトと激突する。
俺は同時にゴールへ飛び込んだスワンレイクリターンズとロジェールマーニュの姿を思い返していた。二十分近い審議を経てつけられた決着。七戦七勝となったスワンレイクリターンズ。そのスワンレイクリターンズを追い詰めたロジェールマーニュ。

そして__そのロジェールマーニュに、日本ダービーで勝利したフジサワコネクト。

ならばスワンレイクリターンズにも勝てる。そう思いながらスマートフォンに映るスワンレイクリターンズの口取り写真を睨んだ。だが、一つの懸念が頭に浮かぶ。
フジサワコネクトに振り落とされた昨年末の有馬記念。もう知らない、嫌い、そんな声が聞こえる気がしたあの後ろ姿。天皇賞・春でなんとかいう事を聞いてくれたものの、フジサワコネクトの背中から伝わる俺への嫌悪感は嫌というほどに伝わる。
腑抜けた騎乗をしたら許さん、と怒った白綾からの付箋を思い返す。馬を見ていなさすぎる、己の実力に胡坐をかいていると叫んだ彼女の声を再び聞く。


(俺はお前のように__お互いに思いを通わせて、強くなるわけじゃない)

(なら、どないすんの?)

脳裏で白綾后子の声が響く。嘲笑するように。嫉妬するように。憎悪するように。
競馬学校の制服姿の后子がこちらを見ている。あの頃の白綾って凄く冷めた顔だったよな、と思う。今のように笑うことはなく、常にどこか冷めた表情で俺たちを見ていた。理由はわからない。
いや、わかっている。わかった上で目を逸らしてきた。

(どうしたいんだろうな、俺は。……流されてきたままだよ)

そんなことを彼女に言えばスリッパで引っ叩かれる気がする、と俺は思った。だが今はそれ以外の言葉が出てこないのも事実。延々フジサワコネクトとの距離感や自分のあり方に思い悩んでいる。
このままで本当に勝てるのか。どうすればいいんだ、と何度も自分自身に問いかけるが一向に答えは見つからないままだった。だが答えはすぐそばに転がっているはずなのに、掴めたと思ったら砂のようにすり抜けていく。
フジサワコネクトと共にキングジョージで勝てば、その答えに辿り着けるのか。俺は焦燥感に駆られてアスコットゴールドカップの記事を再び読み返した。スクロールしていけば、下の方に二着に入線した白綾后子のコメントが載っている。
曰く、
『気づいたら横にスワンレイクリターンズがいました。でも最後までどっちが勝ったかは、わからなかった。写真判定で漸くです。ロジェールマーニュはよく頑張ってくれていました。敗北の原因は私の技量不足です』
と書かれている。


……そうか」

ぽつりとタクシーの中で独り言つ。運転手がその声を拾い、少し不思議そうに瀬川へ視線を遣った。
俺はぼんやりと__勝つために必要な『何か』の輪郭を捉え始めていた。