【創作|馬軸】春雷 伸長- 日盛りと鶏鳴

※支部からの転載版です。内容は変わりません。四話~六話収録。




十八頭の馬が全てゴール板を通過して、ほどなくターフビジョンに『確定』の赤い文字が表示され、一着にはロジェールマーニュのゼッケン番号である「一」が表示された。二着との着差は「八」……八馬身という大差をつけられ、ロジェールマーニュの完封完勝であることを観衆と負けた騎手たちに叩きつけた。

二着には「一四」の番号が、フジサワコネクトのもの。結果ラヴウィズミーは三連覇とはならず三着まで順位を落とす結果になった。
ロジェールマーニュの勝ち時計はそれまでのレコードタイムを十秒近く更新する驚異的な数字で、観衆からも騎手からも、記者からもどよめきと困惑の声が多く上がっている。とてもではないが三二〇〇メートルの勝ち時計とは思えない数字で、ロジェールマーニュの脚の速さがどれ程恐ろしいモノかをその場にいる者へ教えた。生まれ持ったポテンシャルだけでなく、そこに加えて技巧と成長を上乗せすることで更なる能力を発揮してくる。
ラヴウィズミーの鞍上にいる柳沢俊一は、一度息を吐きだしてまだ露が残っている芝をぼんやりと眺めた。くるりと首を動かして、ラヴウィズミーは「どうした?」とでも言うように耳をせわしなく動かしている。

「完敗だ。鍛えなおしだな、これは」
(そうかぁ? 俺は結構満足だけどな)
「ラヴ、楽しそうだな。……次は勝とう」

柳沢はラヴウィズミーを帰り路へ誘導しながら優しく頭を撫でてやる。ふと柳沢の脳裏には有馬記念での白綾后子の言葉がよぎった。

『私は、嘗てシャルルを三冠馬に導いた貴方を超えて、馬が誇れる騎手になります』

その言葉通り、后子はこの舞台で柳沢の前を走り続け己に足りなかった最後の一つを拾い上げた。自分自身への信頼を取り戻した今の彼女ならば、確実に欧州へ向かってロジェールマーニュと共に最高の成績を叩き出すだろうと思う。もしかしたら一着になってしまうかもしれない。
日本馬と日本人女性ジョッキータッグ初のV。夢ではないと思ってしまう。ロジェールマーニュと白綾后子に夢を託したいと柳沢は心の底から思うのだ。
柳沢が行けなかった場所。シャルルという馬と共に向かうはずだったその場所は、手を伸ばしても遥か彼方、海を越えたその先。__もしかしたら。


『ヤナ。どうだよ、うちのロジェールマーニュは』

昨年の有馬記念でロジェールマーニュの調教師である国美道長はそんな風に言った。これに対して当時の柳沢は「強い馬。ひやひやした」と、そのように答えたがやはり今ではそんな陳腐な言葉では言い表せないと思う。
青毛の艶やかな馬体を輝かせ、芝の上を圧倒的な速度で駆け抜けていく。汗一つかかず、かっちりとしたスーツを身に纏ってスタイリッシュに仕事をこなすようなリズム感の良い走り方。

ネクタイを締めなおす動作であったり、白い手袋を嵌める動作であったりという、ちょっとした動作にドキドキしてしまうような感覚がある。
バーテンダーが冷静かつ流麗にシェイカーを振って、客に最良のカクテルを提供して酔わせるように、人を引き付ける魅力を内包しその魅力を決して隠さないのに開けっ広げにすることもない。


……強い馬だ。強くて、気品があって、まさに____〝紳士〟だね」


ならばその鞍上にいる白綾后子はそんな紳士によって更に磨かれる、永遠の淑女というわけか、と柳沢はらしくないようなロマンティックなことを考える。
だがすとんと納得した自分もいた。后子はロジェールマーニュに出逢って変化していったのだから。灰かぶりがガラスの靴を履いて舞台の主役になるように、ロジェールマーニュという馬に導かれるようにして。


(僕と同じだ。シャルルに出逢って、僕の運命は変わった。……これも青毛の血筋、かな?)

競馬はブラッドスポーツ。血統によって成績が左右される場面が多くある。ならば血が呼び合うような出逢いだって、あったっていいじゃないか。
今は唯勝利した紳士と淑女に拍手を送ろうと、柳沢はラヴウィズミーを帰り路へ導いた。