【創作|馬軸】春雷 伸長- 日盛りと鶏鳴

※支部からの転載版です。内容は変わりません。四話~六話収録。




有馬記念から月曜日を挟んでその翌日、火曜日。私はアスパラベーコンを齧りながら自宅でテレビを見ていた。画面の中ではGⅠレース『ホープフルステークス』__パドックでの映像が流れている。フルゲート十八頭、二歳牡牝限定のレースである。
瀬川は去年同様にこのレースで牝馬に騎乗していた。尾花栗毛の牝馬。可愛い馬だと思う。他の馬たちよりもかなり小さいのでぱっと見ポニーにも見えた。「ちっさ」と素面で言ってしもた私は悪くない。知らんけど。

藤澤レーシングに所属する馬は牝馬が強いことに定評がある。例えば代表馬であるフジサワコネクト。この馬も新馬戦からとんとんと勝ち進み、このホープフルステークスで勝ったことで皐月賞へ弾みをつけた。
今回出ているその小さな馬も三〇〇キログラム台の小さい体ながらも、信じられないほど速い脚で走る。新馬戦の映像を国美さんに見せてもろたけどめっちゃ速かった。前目に着けて終盤で追い上げる、という先行型の馬だが、こりゃまたすごいのが出てきたなぁと思う。来年の牝馬三冠路線優勝候補の一角やでこれは。

といっても、だ。考えるべきことは山積み。まず私のGⅠ初戦は『天皇賞・春』。それが来年恐らく最初のGⅠレースになる。ちなみに本来ならGⅠレース初戦はスノーホワイトとフェブラリーステークスに出るはずだった。しかしスノーは放牧中に暴れて怪我し療養が決定。出走見送りになったのである。いやどうやったら放牧地で怪我すんねん。

そんなわけで来年初のGⅠは天皇賞・春となった。その前に乗ってくれと頼まれた新馬戦や未勝利戦、オープン戦、GⅡ・Ⅲなどなどはあるが、やはり目下のところ一番考えるべきは天皇賞・春だろう。私は古馬がそろう四歳馬以上のGⅠレースでは今まで騎乗したことがない(というか、去年初めてあんなGⅠ出まくったわけやし)。

経験不足は事実で否めない。だがそれに二の足を踏んでいる場合ではない。経験不足は気合いで補う。それはクラシック路線の時も同じだったが、ここから先はそうもいかない。
古馬の戦場だ。天皇賞・春三連覇に挑むロジェの兄弟馬、ラヴウィズミー。それ以外にも昨年の宝塚記念の覇者や藤澤の良血馬もいる。そんな古馬たちの中、ロジェールマーニュが殴り込む。
おっと、殴り込むは紳士的やないな。

それは置いといて、当然古馬たち以外にも今年激闘を繰り広げてきた三歳馬たちも挑むわけで、これまでのように逃げさせてくれるとは到底思えない。誰もが思ったはずだ。有馬記念でラヴウィズミーにロジェールマーニュは届かなかった。その事実を目の当たりにし、「ロジェールマーニュを超えられる」という確信を持って、さらに強く速くなって勝負しに来る。

ならば私とロジェは、世代の頂点に立ったものとして己の在り様を示し続けなければならない。

〝誰もこの馬の前を走ることなど罷りならん〟

胸に抱いた誓いは私の新たな目標になった。無論幼い日に抱いた、馬が誇れる騎手になるという目標も忘れてはいない。だがその誓いは私の新しい支柱になる。この先を走る活力と、勝ちたいという純粋な勝利への欲がこの一年間で戻ってきた。
だからこそ目を背けてはならないと思う。私が蹴落とした瀬川迅一の在り様を。嘗て私が勝利できずに藻掻き、ドツボに嵌った己の姿がピタリと重なる。それは心のうちにとどめ、テレビ画面を凝視した。

スタート直後から瀬川の乗る尾花栗毛の馬は馬群に埋もれ走りづらそうにしていた。やはり周辺の馬たちは小さいながらも勝ち進んできた彼女を相当マークしているようで、前に行かせないように大きな馬たちが壁になっているように見える。
これは相当前に行くのは難しいやろなぁと思っていれば、やはり第三コーナーを超えても前に行けない。普段の瀬川の騎乗といえばどこかのタイミングで外へ逃げ外から差しに行くか、最初から最後方で様子を伺いつつ終盤で追い込んでくるのが定石。しかしどうにも今回は周辺の馬から徹底したマークを受けており抜けるところがないようだった。

結局レースはそのまま流れていき、尾花栗毛の牝馬と瀬川は五着に沈んだ。外差しが効きやすい馬場になっている、と解説者が言っていたが、まさにその通りで外から飛んできた馬が差し切って勝利を収めた。


(私がどうこう言うことではあれへんけど。……放っておくのが吉や。フジサワコネクトが来年どの路線に来るかとか知らんし、私は私のすべきことをするだけ……なんやけど)

私の口はかなり喧嘩腰な言葉を知らぬ間に紡いだ。一瞬暗くなったテレビ画面に不貞腐れた自分の顔が映り込んでいる。

「何してんねんこいつ」

瀬川迅一。〝天才〟と持て囃され、競馬学校にいた頃からその通りの才能を私に見せつけ、善意一〇〇%の嫌がらせをしてきたやつ。だが同期で中央競馬にいるのはもう、私と瀬川の二人だけ。

十四人の同期の中で、私と瀬川が中央に残り__他は地方競馬へ行ったり、調教助手になったり、辞めたものもいる。瀬川に対しては腹立つことしかないけど、それでも同期なのだ。嫌でも意識する相手。
そして今の私が最も警戒すべき相手、だが。


……勘弁してほしいわ)

私はそう思いながら、皿に残っていたアスパラベーコンを口へ放り込んだ。
自分の中でどうにも納得できない何かがずしりと重たく残る。その正体はよくわからないまま私はノンアルコールビールを飲みほした。