【創作|馬軸】春雷 伸長- 日盛りと鶏鳴

※支部からの転載版です。内容は変わりません。四話~六話収録。


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__有馬記念まで残り一ヶ月


フジサワコネクトの背で瀬川迅一は思う。以前よりも強くなった筈だと思った。だが菊花賞というクラシックの終着地で、着差以上の明確な『差』を叩きつけられた。お互いに前哨戦は使わず放牧から帰厩して、すぐに菊花賞へ直行しているわけだから__条件はイーブン。
では何の差だったのか。コネクトは強い馬だ。牝馬の身ながら、三十四年ぶりに日本ダービーを制覇した。皐月賞・菊花賞も二着。牝馬三冠路線に進んでいたならば、確実に無敗で三冠を楽勝したに違いない。

それほどの馬なのに、ロジェールマーニュには届かなかった。
ダービーを勝てた事さえ、運だったのかもしれないと思ってしまう。


……もっと巧くならなきゃな……ん?」
(ねえ迅一、早く行こうよー……。飽きたぁ……)

ふと音の方を見れば、ガリガリと地面を前脚でコネクトが引っ掻いている。乗り運動をして止まってから随分時間が経ってしまっていたらしい。瀬川はコネクトの首筋をポンポンと軽く撫でて「ごめんな、飽きたな」と声をかけ、腹を押して歩かせる。
今日はウッドチップコースを軽く走ってから坂路調教が入っている。コネクトならば余裕でこなしてくれる筈だ。
だが、体内で燻る何かが瀬川の心を焼く。心配そうにコネクトが一度片耳を瀬川の方へ向けた。


どうやって連敗の中でもモチベーションを維持していたんだろう。瀬川は答えの出ない問いを思い浮かべ、負けてもへこたれず騎乗していた白綾后子を思い浮かべた。
ギリギリ五着に入着することはあれど、勝ち馬の騎手になることは無かった后子は、己の手で「惜しい馬」と呼ばれていたロジェールマーニュと共にその呪いを打ち破った。皐月賞、菊花賞を制して__現役最強の名を手に入れた。そして、有馬が終われば次にロジェールマーニュと目指すのは天皇賞・春だと既に栗東トレセンでは噂になっている。

誰もがロジェールマーニュの次に期待をかけ、大逃げでレースを制することを期待する。天皇賞・春に挑むのは誰かからの宣戦布告を受ける形になったのか、それは后子とロジェールマーニュしか知らない。
勝つこと__それ自体に執着したことは無かった。当然の結果として受け入れるだけだと思っていたから。さらに二歳GⅠ朝日杯で騎乗した馬を十一着とまで沈めてしまった事は、彼の中でかなり尾を引いていた。

菊花賞後からレースの結果が全く振るわない。
今まで当然のように勝ってきたのに、全く馬を勝たせてやれない。
それどころか負けることを「こんなものか」と受け入れる自分自身がいるのにも慣れてしまった。

『せやけどさぁ』
『次があんで、気張りや』

菊花賞で后子はそう言った。意図された最高の嫌味をぶつけられ、一瞬怒りが心を埋め尽くしたのを覚えている。
だがもう怒る気力さえなかった。恐らく次にロジェールマーニュ・白綾后子のコンビと勝負しても勝てない__それが、驚くほど鮮明に見えている。

……__俺は、もう……きっと)

ロジェールマーニュに、追いつく騎乗ができない。
瀬川はそう思い、静かに馬装を収納するロッカーのドアを閉めた。