【創作|馬軸】春雷 伸長- 日盛りと鶏鳴

※支部からの転載版です。内容は変わりません。四話~六話収録。




アスコットゴールドカップは平均決着タイムが四分と少し、という長丁場のレースだ。
日本はこのレースが行われている時間は真夜中。深夜十二時過ぎというのにも関わらず、栗東トレセン内の独身寮__その共有スペースには多くの騎手が集まっていた。
その輪の中心にいるのは后子の同期である瀬川迅一である。后子とロジェールマーニュ同様に、七月にはフジサワコネクトと共に英国遠征をおこなう予定だ。キングジョージ六世&クイーンエリザベスステークスに挑む。過去日本馬の最高成績は二着。しかし瀬川は「フジサワコネクトなら勝てる」という確信を持っていた。
そしてそれと同じように、「ロジェールマーニュと白綾后子なら、アスコットゴールドカップを勝つ」と思っている。

……白綾」

日本語の実況でスタートしました、という声がテレビから聞こえる。瀬川は不安を紛らわすようにハイボールの封を切った。普段よく飲むはずのハイボールの味を全く感じないぐらいに瀬川も__横にいつの間にか座っている武内秀吉も、后子を慕う後輩の市村も、緊張しきっている。自分のレースよりはるかに緊張してテレビ画面を凝視していた。

「ロジェールマーニュ、前行かなかったな……怖いな……なんか、なんか怖い迅一ィ!!!!」
「ちょっ秀吉さん抱き着かないで!! い、市村!!」
「いや二人ともそう言いつつ抱き着かないでもらっていいすか!? むさいっす!!」

男二人に抱き着かれる市村は嫌がりながら抜け出そうとするが、存外に力の強い二人から抜けることは出来ない。画面の中で駆け抜けるロジェールマーニュは、馬郡の後方__その外側に位置取って、芝の比較的綺麗な場所を走っている。コース取りは相変わらず巧いなと瀬川は感心しながらテーブルの上の寿司を口へ放り込んだ。味はしない。ハイボールを流し込んで寿司をほぼ丸のみにする。
スタンド前を通過し馬たちは第一コーナーへ向かい走っていく。ロジェールマーニュは相変わらず後方の外側を走り、その内側に帯同馬のナヴィアヴェラがぴったりと伴走する形で走っているのを見た。

「后子ちゃん、徐々に上がらせる気だなこりゃぁ。ロジェールマーニュって春天じゃぶっ飛ばしてるけどよ……映像振り返るとロングスパートかけてるんだよな」
「確かにそうですね。……ロジェールマーニュの走り方というか、脚質……ですけど。本当は追い込み掛けるのが得意な馬なんじゃないんすか? 脚が速すぎて、逃げているだけで」

市村はマグロの寿司を取り皿にとって醤油をつけ、口へ運ぶ。瀬川はテレビを見ながらぼそりと呟いた。

「マルゼンスキーかよ……
「新時代のマルゼンスキーだなぁ」
……瀬川先輩、これ本当に勝っちゃうんじゃないすか? ……なんか位置……上げ始めてません?」

市村は震えながらテレビ画面を指さす。そこには、再び徐々に外側に持ち出して__前へ進出を開始するロジェールマーニュと、鞍上・白綾后子の姿がガッツリ映っている。