冬野暉/Hikari Fuyuno
2022-09-02 02:14:15
95389文字
Public
 

レプリカント・ティアーズ

※創作刀剣女士ネタ
※山姥切長義ルート


04


 十五歳まで暮らした本丸には、骨董好きの大伯父が蒐集した品々を納めた大きな蔵があった。
 白刃隊総隊長を初期刀の歌仙兼定――歌仙さん、筆頭近侍を大般若長光――大般若さんが務めていたと言えば、だれもが「さもありなん」と頷くだろう。
 初鍛刀の前田藤四郎――前田くんは総隊長と筆頭近侍の手綱を握るしっかり者だったが、何しろ加賀百万石の前田家伝来だったので財布の紐の締め具合に関してはガバガバだったらしい。
 本丸の大蔵大臣である小夜左文字――小夜くんと博多藤四郎――博多くんが早々に顕現したおかげで、大伯父は骨董道楽の末に破産せずに済んだ。大伯父や大般若さんは酒の席のたびに笑い話にしていたが、いつだったか小夜くんがこっそりと「本当は泥舟だったんだ、本丸の財政」と教えてくれた。
 あわや本丸を沈没させかけた蒐集品が眠る蔵は、幼い妾にとって格好の遊び場だった。
 歌仙さんと大般若さんの蒐集対象は茶器やら掛軸やら陶磁器やらと骨董らしい古美術品ばかりだったが、大伯父は江戸時代に焼かれた壺から二十世紀に一世を風靡した音楽グループのレコードまで、気に入った品であればジャンルを問わずなんでも購入する悪癖があった。
 古今東西の百器古物を集めた蔵は巨大な玩具箱のようで、妾の好奇心をくすぐってやまなかった。当の大伯父は孫娘のような養い子が自慢の品々に興味を持つことを大いに歓迎し、大切に扱うのであれば好きに触れてよいと気前よく蔵の鍵を与えてくれた。
 蔵の住人たちはてんでおしゃべりで、人間好きな付喪ばかりだった。
 中には偏屈で気難しいご老人もいたが、長く愛され大切に伝えられてきたかれらは、自分たちの『声』を聞くことができる幼子の善き友人でいてくれた。
 大伯父や刀剣たちには素直に打ち明けられなかった、両親と離れて暮らさなければならない寂しさも、蔵の付喪たちには話すことができた。思春期特有の悩みや葛藤にも、大勢の女主人に仕えてきた付喪たちが根気よく耳を傾けてくれた。
「すっかり蔵の姫君だね、雛罌粟ひなげしは」
 傅役だった日向正宗――日向くんは、蔵へ妾を迎えに来るたび苦笑まじりに揶揄したものだ。
 誕生花にちなんだ雛罌粟の通称とおりなは、神霊が集う本丸で真名を明かせないがための仮名だった。正式に審神者として政府に出仕するようになってからも使っていたので、本名よりもなじみ深い。
「きみは器物の精に好かれやすい性質みたいだ。雛罌粟の霊力は僕たち付喪にとってとても心地好くて、霊力を帯びた声で名を呼ばれると胸に花が咲いたような気持ちになるんだよ」
「花? 胸に花が咲くの?」
「そう。芳しい春風が吹き抜けて、名前どおり真っ赤な雛罌粟の花が咲くんだ。いくさで荒れ果てた野に咲く雛罌粟のように、モノのこころを揺さぶり奮い起こす、命の火の色をした花がね」
 金銀砂子の星屑を宿した紫藍の瞳は、いつもあたたかな慈愛を湛えて妾を見守っていた。
 妾にとっての日向くんは、清廉で頼もしいお兄ちゃんのような守り刀だった。かれと手をつないで歩くときの安心感と幸福感は、いまも強く胸に焼きついている。
「僕に先見の力はないけれど、きっときみは刀剣に愛される審神者になるって断言できるよ。きみが信愛を捧げれば、刀剣は必ず忠愛で報いてくれるはずだ」
 陽だまりのような幼年期はあっという間に行き過ぎた。
 義務教育課程の修了とともに、妾は審神者の養成機関で寄宿生活を送ることになった。十六歳の春、満開の桜の下で妾は家族に別れを告げて本丸を旅立った。
 いつでも帰っておいで、と蔵の付喪たちは言った。待っているよ、と日向くんはほほ笑んでいた。
 ……それから間もなく、本丸は時間遡行軍の襲撃を受けて落城した。
 白刃隊の奮戦により大伯父は辛くも本丸を脱出したが、ほとんどの刀剣は折れたそうだ。本丸は全域が焼失、蔵の付喪たちも炎に呑まれて灰となった。
 大伯父は一命を取り留めたものの、もともと高齢だったこともありショックで寝たきりになってしまった。政府の医療施設に駆けつけたときには、生命維持装置のおかげで息をしているだけの昏睡状態だった。
 妾は震えながら、痩せ細った枯れ枝のような大伯父の手を握りしめることしかできなかった。
 泣きたいのに涙ひとつ流れなかった。叫びたいのに声が出せなかった。
 襲撃から一年と経たず、大伯父はひっそりと息を引き取った。
 後見人も引き継ぐはずだった本丸も失った妾を拾い上げてくれたのが、やがて上司となる政府所属の審神者である三角みすみ室長だった。
 三角室長は、養成機関を卒業したら自分の下で働かないかと声をかけてきた。政府所属の審神者は特殊で危険な任務に就くことも多いが、本丸勤めより多くの歴史修正主義者の情報を――直接の復讐の機会を得やすい立場だから、と。
 かれもまた、歴史修正主義者への復讐を望んでいた。
 三角室長の奥様とお子さんは、歴史改変の影響で存在が消失してしまった観測不能者だった。かれが率いる歴史改変特異点調査室の所属メンバーにも、歴史改変や本丸襲撃などで大切なひとを奪われた過去を持つ者が多くいた。
 妾は三角室長のスカウトに応じ、養成機関の卒業と同時に政府の歴史改変特異点調査室に配属された。
 十九歳の春だった。
 そして、あのひとに出会った。
 満開の桜の下、雪解け水に散る桜花のごとく清冽な刃の持ち主と。