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冬野暉/Hikari Fuyuno
2022-09-02 02:14:15
95389文字
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レプリカント・ティアーズ
※創作刀剣女士ネタ
※山姥切長義ルート
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05
意外といえば意外だが、食糧や生活物資は本丸から定期的に補給される。
菜園と鶏舎はあるものの、二の丸内で自給自足を完結させるのは難しい。隊長くんが粘り強くこんのすけと交渉した結果、政府のガイドラインにおける『顕現した付喪神に対する、健康で文化的な最低限度の生活の保障』は確約されているそうだ。
隊長くんの手腕のおかげで、二の丸での衣食に関して困ることはほぼない。朝食にフレンチトーストを焼こうが、夜食にインスタントラーメンをすすろうが、咎めるような無粋な輩はいない。
――
眠れない。
なかなか重くならない瞼を開き、妾は嘆息して起き上がった。
真夜中の室内は青白い闇に沈んでいる。
粒子モニターを開いて現在の時刻を確認すると、午前三時を回ろうとしていた。目覚ましのアラームを設定した午前六時まで、たっぷり三時間残っている。
ワンピースタイプの寝間着を脱ぎ、枕元に用意しておいた着替えに袖を通す。
未実装の姥捨山正宗には専用の内番装束がないため、女性用の和服が何着か代用品として支給された。幼いころから和装に慣れていたせいもあり、違和感はない。
赤と黒の市松模様の紬に卯の花色の半幅帯を合わせ、太鼓結びに整える。髪はいつものようにうなじで束ねて、リボンを結んだ。
そっとドアを開けると、消灯中の廊下は当たり前だが真っ暗だった。夜目が利く打刀にしてみれば無明の闇ではない。
薄青い窓あかりを頼りに、忍び足で喫茶室を目指す。不寝番に見つかると決まりが悪い。
無事に喫茶室の前までやってくると、ドアに嵌めこまれた色硝子の小窓から光が洩れていた。
どうやら先客がいるようだ。入るか否か迷った末、ドアノブに手を伸ばした。
ドアベルの音にひやりとする。ドアの陰から室内を覗くと、カウンター席に座った隊長くんが頬杖をついていた。
「やあ姥捨山。こんな夜半にどうしたのかな?」
いくさ装束の外套と上着を脱いだ姿の隊長くんは、疲れきった表情をしていた。手元には空けられた発泡酒の缶が二本。
いつもは隙なく撫でつけられている銀髪も心なしか乱れている。連日連夜の重労働が続いて荒みきった元相棒を思いだし、微妙な気持ちになった。
「ちょっと眠れなくて
……
何か飲もうかと思って」
冬の影の色に煙る睫毛がのろりと瞬く。春の花に喩えられる刃を持っているのに、この刀は不思議と凍てつく冬の色彩を纏っている。
「睡眠はきちんと取れているのか?」
答えづらい指摘だ。曖昧な笑みでごまかそうと試みるが、隊長くんの柳眉はより険しく皺を作った。
「満足に眠れていないんだな? 道理で毎朝早いわけだ」
「まったく眠っていないわけではないの。必要最低限の睡眠時間は確保できているわ」
「何時間だ?」
「
……
二、三時間ぐらいかしら」
実際よりも数字を盛った回答に、隊長くんは冷ややかに目を眇めた。
「虚偽の報告は隊員として感心しないな、姥捨山正宗隊員」
「なぜ虚偽だと?」
「きみは嘘をついたり、何かをごまかそうとするとき視線が左右にぶれるんだ。ほんの一瞬だがね」
そんな癖は初耳だ。隊長くんは息をついて前髪を掻き上げた。
「思いがけない事態に直面すると、くちびるを噛みしめて動揺を抑えようとする。
……
こんなところまでそっくりだ」
「え?」
「いや
――
なんでもないよ。それより睡眠不足は問題だ。気を張って無理を続けていたら、必ず不調が出る」
グローブを脱いだ白らかな指が口元をなぞった。優美な印象の手は、近くで見ると意外にも男性らしく武張っている。
「しばらく日番を一時間短縮、不寝番はローテーションから外す。夜間は休息に徹するように」
「ちょっと!」
「隊長命令だよ。きみは顕現に不具合を抱えているんだ。万が一何か起こっても
――
本丸側の対応は期待できない」
妾は言葉を失った。
そう、二の丸部隊は審神者から遺棄された存在なのだ。たとえ妾が顕現困難な状態に陥ったとしても、そのまま放置されるに違いない。
「いつか出陣の機会がめぐってくるかもしれないと、言っただろう。戦わずに死ぬのは嫌だと。いまは少しでも力を蓄えておくべきではないのか?」
「
……
おっしゃるとおりです」
妾はうなだれて首肯した。
感情に流されて生存戦略を疎かにすべきではない。妾ひと振りだけならまだしも、二の丸での生活は
団体
チーム
戦なのだ
――
一蓮托生の仲間がいるということは重圧だが頼もしくもある。
姥捨山正宗は主君には恵まれなかったが、仲間には恵まれた。掃き溜めの僥倖を拳に握りこみ、妾は顔を上げた。
「ありがとう、隊長くん」
隊長くんは薄く笑った。
「気配りも隊長の仕事のうちさ。惣領になるはずの初期刀があれではね」
「
……
かれはかれなりに、がんばっていると思うわよ」
「きみにかまってほしくて周りをうろちょろしているようにしか見えないがね、俺には。初期刀の栄誉を賜りながら、当の刀はひよこ並みの器と来たものだ」
「ひよこ
……
」
白布を被った金色のひよこがぴよぴよ鳴きながらついてくる光景を想像し、思わず噴きだしそうなった。
「それなら、隊長くんは嘴でひよこをつっつく雄鶏かしら」
「なんだって?」
「初期刀くんにしてみれば、隊長くんはある意味『お父さん』でしょう?」
隊長くんの目元がひくりと震えた。
「
……
あんな不肖の息子を持った覚えはまったくないが」
「だけど隊長くんのほうが年上よね? ああ、伯仲の出来と謂われるぐらいだから、感覚的には弟なのかしら?」
伯仲には兄弟という意味もあったはずだ。優秀で自信屋な兄と、卑屈だがポテンシャルの高い弟。
うんうんと頷いていると、隊長くんの表情がたちまち剣呑になっていく。おっと、この先は地雷原だ。
「ほら、隊長くんって責任感があって頼もしいから。お兄ちゃんポジションのほうが合っているでしょう?」
「都合のいい褒め言葉は結構だよ」
「拗ねないでってば。本当にすごいと思っているのよ、妾。名ばかりだなんて言いながら、骨を折って本丸と折衝してくれてるでしょう」
山姥切長義の手抜きをしない仕事ぶりはよく知っている。山姥切国広との関係性ゆえにかれを疎んじる審神者も少なくはないが、妾は心から尊敬し信頼できる刀だと思っている。
「南泉くんが心配していたわよ。定期連絡のあとは必ず深酒をするって」
「猫殺しくんめ
……
」
隊長くんは舌打ちをこぼし、発泡酒の缶を呷った。
缶の底がカウンターを叩く。藍方石の双眸を翳らせた隊長くんは、「話が通じない相手とのやりとりは神経がすり減るよ」と呻いた。
「定期連絡は当代と直接?」
「いや、ほぼほぼ管狐とだよ。当代は多忙だそうだ」
青年の喉が皮肉げに鳴った。
「姥捨山」
「うん?」
「きみの状況を報告したら、年賀の挨拶を兼ねて当代への目通りを済ませるようお達しがあった」
ぎょっとする妾を横目で見て、隊長くんは苦笑を浮かべた。
「三箇日のどこかで俺といっしょに本丸へ行ってもらう。すまないが、拒否権は貰えなかった」
「
……
全員で、ではなくて?」
「不要だそうだ」
遠い
――
と思った。
当代は遠く離れた岸辺にいるのだ。けして手も心も届かない彼方に。
やるせない哀切は付喪神の本能によるものだろうか。感傷を飲み下し、妾は「承知したわ」と伝えた。
「ようやく会えるのね、妾の『主様』に」
われながら白々しい台詞だ。隊長くんは目元を歪めた。
「嬉しいか?」
「さあ
……
よくわからないわ。隊長くんたちに対する仕打ちを思えば、好感は持ちにくいわね」
審神者だった生前の意識が強いせいか、募るのは怒りや不信感ばかりだ。
妾なら、自分の刀剣を蔑ろになどしない。優劣をつけて差別して、人間の都合ではじまった果てなき戦争を終わらせるために力を貸してくれる神様を傷つけたりしない。
二度と帰れない家を、二度と会えない家族を想う。
お説教のときの歌仙さんの怖い顔。夕焼け空に手が届きそうな大般若さんの肩車。習い立てのたどたどしい文字を「上手だね」と褒めてくれた小夜くんのまなざし。枕辺でくり返しねだった、日向くんの寝物語。
かれらを奪ったのは、歴史修正主義者に内通していた政府の人間だった。
裏切り者の密告によって本丸の座標が敵方に漏洩し、時間遡行軍の急襲を受けたのだ。
歴史改変特異点調査室に配属されて二年余り。業務の傍ら寝る間も惜しんで事件の記録を洗い直し、同僚たちの協力の下とうとう仇敵にたどり着いた。大伯父の本丸以外にも複数の本丸襲撃事件に関与している証拠を掴み、この手で断頭台に引きずり上げた。
復讐を果たし、妾の中に残されたのは搾り滓のような安堵だった。
――
ようやく楽になれるのだ、と。
家族の無念を晴らすだなんて綺麗事だ。妾は妾自身を救済するために仇を討った。
苦しみ抜いた先には、何ひとつ取り戻せない悲嘆しかなかった。
それでよかった。喪失を抱きしめて、妾は二年ぶんの涙を流した。
今度こそは、と心に決めた。
もしも自分の本丸を持つ日が来たら、今度こそ愛そうと。報いることすらできなかった亡き家族のぶんまで、妾の許へ来てくれた神様を大切にしようと、そう決めた。
「
付喪神
わたしたち
は審神者の信愛に忠愛を以て報いるのだそうよ。はたして当代のお考えはいかなるものか、目通りすれば自ずとわかるでしょう」
「信愛と忠愛、か」
隊長くんは噛みしめるように呟いた。
「そうだな。俺たちがここにいるには理由があるはずなんだ。たとい仮初めでも命を賭して戦うに値するだけの、理由が
……
」
銀色の頭がぐらりと揺れる。
慌てて背中を支えると、肩に凭れかかってきた。
「飲みすぎよ、隊長くん」
「
……
そのようだ」
「部屋まで送るわ」
「いや
――
それには及ばないよ。水を一杯飲めば大丈夫だ」
のっそりと起き上がった隊長くんは、ちょっと舌っ足らずな口調で答えた。
眠気のせいか表情は茫洋としているが、焦点はしっかりと合っている。部屋まで担いでいく必要はなさそうだ。
「ちょっと待っていて」
薬缶を火にかけてお湯を沸かす。少し冷ました白湯に蜂蜜を大匙三、四杯混ぜる。
とろりと甘い香りを漂わせるカップを目の前に置くと、隊長くんは瞬いた。
「蜂蜜水か。よく知っているな」
「書庫のレシピ本で見かけたのよ。深酒に効くんしょう?」
本当は、大伯父の本丸で酒豪だった大般若さんに教えてもらったのだけれど。息するように嘘をつくことに慣れてしまった。
隊長くんはカップに口をつけ、「甘い」と頰をゆるめた。
「前にも、こうして作ってもらったことがあるんだ」
「妾に似ている元同僚さん?」
「うん。無性に懐かしいな。たった一年前のことなのに
……
」
藍方石の瞳が暗く翳る。
隊長くんは眉根を寄せると、無言で蜂蜜水を飲み干した。
「ごちそうさま。悪いが、後片付けは任せてしまってもいいかな」
「平気よ。気をつけて部屋に戻ってね」
立ち上がった隊長くんは、まぶしげに目を細めた。
「きみも、よく休んでくれよ」
「はいはい。おやすみなさい」
「
――
おやすみ」
横顔に覗かせた笑みはひどく切なげで。
モザイク硝子の煌めきの残像のように、いつまでもちらついて離れなかった。
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