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冬野暉/Hikari Fuyuno
2022-09-02 02:14:15
95389文字
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レプリカント・ティアーズ
※創作刀剣女士ネタ
※山姥切長義ルート
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妾は山姥切長義の案内で二の丸の中を歩いて回った。
二の丸は二階建ての瀟洒な洋館を中心に、鍛錬所・菜園・厩舎・練兵場・武器庫など小規模ながら本丸の機能を持つ立派な前線基地だった。
洋館は、妾が目を覚ました談話室をはじめ、大食堂・書庫・審神者の執務室と居住スペース・近侍の詰所・手入部屋などが集まっている本館、刀剣の居住区である別館の二棟で構成されている。二棟は上下階それぞれ渡り廊下でつながっていて自由に行き来できた。
漆喰の壁と緋色の絨毯が敷かれた床に囲われた館内は天井が低く、特に廊下は窓が少ないせいで小匣の中へ閉じこめられたような窮屈感を抱いた。天井から吊り下げられた白熱球の古めかしい灯りが薄らぼんやりと壁に影を落とし、どこからともなく聞こえてくるパイプオルガンの音色がなんとも不気味だ。
「この洋館は旧時代の音楽学校をモデルにしているんだ。建物の情報を亜空間へコピーペーストした際にオリジナルの記憶も持ちこんでしまったらしく、存在しないはずの音楽堂からパイプオルガンの旋律が聞こえてくるんだよ」
山姥切長義は肩を竦めてみせた。
「パイプオルガンの幽霊が出るのは本館だけだし、そのうち気にならなくなるよ。夜間はお行儀よく静かにしているしね」
「パイプオルガンの幽霊
……
ね」
まるでホラー小説の舞台のようだ。見取り図にも載っていない音楽堂を何度か探してみたものの、やはり見つからなかったという。
渡り廊下を抜けて別館に入ると、ふつりとパイプオルガンの音が消えた。
別館も本館と同じ内装だが、なんとなく雰囲気が違う。本館のように薄暗く濃密な空気ではなくて、かすかな光と風を感じた。
細長い廊下にずらりと並んだドア。山姥切長義はそのひとつをノックもなしに開けると、ずんずん中へ入っていく。
「別館の部屋数は暫定で二十四。二の丸で暮らしている刀剣は俺を含めて五口、きみで六口目だ。部屋は余り余っているから、好きな部屋を使ってくれ」
室内はアンティーク調の洋室だった。間取りとしては1Kに当たるのだろうか。
入ってすぐ八畳ほどの居室がガランと広がり、奥のドアのむこうには水回りがコンパクトに納まっていた。
居室にはベッド、チェストを兼ねたライディングデスクと揃いの椅子が置かれている。どちらも深い飴色をした、古風な木製の調度だ。
基本的にどの部屋も同じ家具しか置かれていないので、ソファーや本棚などが欲しい場合は本館から持ちこんでかまわないと説明された。
「隊長と初期刀以外の三口はだれなの?」
「副隊長の南泉一文字、隊員が豊前江と篭手切江。ほかに未顕現の刀剣が何口か蔵で眠っているよ」
「未顕現!?」
「ああ。俺は最初の特命調査の成功報酬、南泉
……
猫殺しくんと豊前はその前後で顕現されたが、豊前のあとは任務の報酬でも鍛刀でも顕現せず蔵に放りこまれたままだ。篭手切は同じ刀派の豊前を慕って、わざわざ二の丸まで追いかけてきた変わり種だよ」
思わず口を引き結ぶ。山姥切長義は横目で薄く笑った。
「蔵の連中が不憫かい? きみはやさしいんだな」
顕現している自分たちも似たようなものだという皮肉を察し、ますます何も言えなくなった。
むしろ、動く体と心を与えられたかれらのほうが何倍もの苦痛に苛まれているのかもしれない。
押し黙る妾の様子に多少の気まずさを覚えたのか、山姥切長義は咳払いをすると「さて、次に行こうか」と促した。
別館には刀剣部屋のほかに浴場、洗濯室、本館よりも小さな食堂、シアタールームを兼ねた娯楽室、温室がある。生活の大半が別館内で完結するため、山姥切長義以外の刀剣は本館に近寄らないらしい。
最後に訪れたのは別館の南端に位置する温室だった。
出入り口である硝子戸を開けると、光に目が眩んだ。
巨大な鳥籠を思わせる硝子張りの天蓋から陽射しが降り注いでいる。異国の樹木が緑のレリーフを形作り、濃い香りとともに生き生きと迫ってくる。
温室は円形の構造で、硝子の壁面に沿って植栽が配置されていた。開けた中央には煉瓦が敷き詰められ、蔦に覆われた
四阿
ガゼボ
が建っている。
山姥切長義は迷いのない足取りで四阿に近づいた。
蔦の葉陰が優美な模様を描く四阿の中は出入り口側を除く三方向の壁にベンチが備えつけられ、そのひとつに悠々と寝そべる青年がいた。
「起きているか、副隊長」
山姥切長義が声をかけると、ぐうっと体を伸ばした青年は気怠そうに起き上がった。
蒸栗色の猫っ毛と黒のドレスシャツに散りばめられた金色の模様、チョーカーの飾りが陽射しに瞬く。光が強いスフェーンのような黄緑の瞳が眇められ、柳眉が皺を作った。
福岡一文字の打刀、南泉一文字。山姥切長義とは尾州徳川家伝来という共通事項があったはずだ。
「化け物斬りの隊長殿がなんの用だァ? って、後ろのヤツは
……
」
「昨日やってきた姥捨山正宗だよ。ついさっき目が覚めたから、二の丸を案内していたんだ」
両腕を組んだ山姥切長義が肩越しに振り向いた。
「紹介するよ、姥捨山。かれは副隊長の南泉一文字。猫を斬ったせいで猫化の呪いをかけられた間抜けな刀だ」
「だれが間抜けだ、にゃ!」
ふしゃー! と毛を逆立てた猫よろしく威嚇する南泉一文字に、申し訳ないが「なるほど」と頷きたくなった。
山姥切長義は生温い笑顔で投げつけられる罵倒を躱している。山姥切くんもそうだったけれど、山姥切長義という刀は南泉一文字が本当に好きらしい。
ほほ笑ましさを覚えて二口のやりとりを見守っていると、決まり悪そうに口をへの字にした南泉一文字がこちらを見た。
「
……
なんだよ」
「仲がいいんだなぁと思って」
「ハァ!? コイツと仲良しなんて勘違いにもほどがある、にゃ!」
「それは俺も同意見だな、姥捨山。俺と猫殺しくんは所蔵元が同じ単なる顔見知りだよ?」
青年たちが異口同音で反論する。
元相棒も南泉一文字との思い出話を懐かしそうに語っては、ほかの同僚から「ホントちょぎくんはにゃんせん大好きっ子だね〜」とからかわれてはムキになって否定していたっけ。
妾はゆるみがちな口元を隠し、「あら、そうなのね」とおとなしく引き下がった。
これ以上の追求は間違いなく山姥切長義の機嫌を損ねてしまう。臍を曲げた山姥切長義ほど面倒臭いものはないと、二年半のバディ経験で学んだ。
「自己紹介が遅くなったわね。新入りの姥捨山正宗よ。どうぞよろしく、南泉
……
副隊長?」
「南泉でかまわねぇよ。名前だけの肩書きだしにゃあ」
南泉一文字は面倒臭そうに頭を搔いた。
「わかったわ。それじゃあ『南泉くん』でいい?」
「おう。よろしく頼むわ」
片手を差しだすと南泉一文字
――
南泉くんは、むず痒さを堪えるような顔で握手に応じてくれた。猫化の呪いによるものなのか、青年らしく骨張った手は子どもみたいに体温が高い。
握手のあいだ隣から圧を感じ、妾はちらりと山姥切長義を窺った。
藍方石の瞳が半分になってじとりと睨んでくる。
白皙のかんばせにでかでかと書かれた「面白くない」という意思に、妾は首を傾げた。
「どうかした?」
「猫殺しくんはずいぶんと親しげに呼ぶんだな」
瞬きをひとつ。南泉くんはげんなりしている。
「俺のことは山姥切
隊長
・・
なのに」
「ああ
……
それは、きみは隊長という立場に自負と責任を持っているようだったから、敬意を払うべきかと思って」
山姥切長義が納得しそうな言い訳をなんとか捻りだすと、かれは一瞬黙った。
――
本当は『山姥切くん』と呼ぶ勇気がないだけだ。
妾にとっての山姥切くんは、さよならを告げたばかりのあの
刀
ひと
だから。まだかれを過去にしたくなくて、つまらない意地を張っている。
山姥切長義がどれほど『山姥切』の号に誇りを抱いているか知っているから、『長義くん』なんて安易に呼べない。
「餓鬼じゃあるまいし、いちいち悋気を起こすなよ」
「
……
うるさいぞ、猫殺しくん」
呆れまじりの指摘に、山姥切長義はばつが悪そうに視線を逸らした。
かれだけが使う南泉くんの渾名に、はたりと思いつく。
「えっと、それなら『隊長くん』はどうかしら」
『山姥切隊長』よりは親しみを感じるのではないか。下方から覗きこんでお伺いを立てると、山姥切長義は目を瞠った。
銀細工めいた睫毛がふるりと震える。何かを言いかけ、結局口にしないまま淡く笑んだ。
「
――
ああ」
その表情に引っかかりを覚えたが、南泉くんが「へっ」と鼻を鳴らすと山姥切長義
――
隊長くんは応じるように片眉を持ち上げた。
「元エリートの霊刀サマにはお似合いなんじゃねぇの」
「きみこそやっかみかよ。今日から『副隊長くん』って呼んであげようか?」
「テメェの場合は全力で嫌味だろうが、にゃ!」
元気に応酬を再開した二口に苦笑しつつ、何気なく視線を上に向けた。
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