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冬野暉/Hikari Fuyuno
2022-09-02 02:14:15
95389文字
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レプリカント・ティアーズ
※創作刀剣女士ネタ
※山姥切長義ルート
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……
幽霊が奏でるパイプオルガンの音色が聞こえる。
どこかで聞いた覚えのある調べだ。メロディーをなぞりながら記憶を探ると、大伯父の蒐集品の中にあったアンティークのオルゴールを思いだした。
円形の台座に木馬に跨る少年と少女の陶製人形が乗っていて、曲が流れだすと台座が回転する仕掛けだった。曲名は
――
シューマンの『トロイメライ』。
間延びしたパイプオルガンの旋律も、確かに懐かしい『トロイメライ』を奏でていた。『トロイメライ』はドイツ語で『夢』を意味するのだったっけ
――
とぼんやり考えていると、ふと夢を見ているのだと自覚した。
視界はぼんやりと薄橙色の光に包まれていた。夕暮れ時のようだ。
体がふわふわと奇妙に軽い。黒のヴェールまでしっかり被った正装だが、目の前ではヴェールを脱いだ妾自身が手入部屋のベッドで眠っている。
山姥切くんと日向くんの姿は見当たらず、付き添いを交代したらしき国広くんと南泉くんがベッドサイドで話しこんでいた。不思議なことに二口の声は水中のようにくぐもって聞き取れず、聴覚はパイプオルガンの音色ばかり捉える。
二口へ呼びかけたり、目の前で手を振ったり、肩を叩いたりしてみたが、まったく気づいてもらえない。明晰夢というより幽体離脱と表現すべき状況だ。
妾は手入部屋を抜けだし、オルガンの音色が聞こえてくるほうへ爪先を向けた。
夕陽の色に染まった廊下は水彩画のように滲み、あちこち陰影が曖昧で歪んで見える。VRのシュールなホラーゲームをプレイしている気分だ。
小匣を連ねたような狭苦しい廊下を進んでいくと天井が高くなり、本館の玄関ホールにたどり着いた。
玄関から向かって正面の奥に緋色の絨毯が敷かれた階段が上階へと延びている。玄関ドア上の明かり取りから射しこむ光が階を駆けのぼり、二階の更に上方に吸いこまれていった。
パイプオルガンの音色が光の先から降り注ぐ。妾は上階を睨み据え、一段目に片脚を乗せた。
ゆっくり上っても二階まであっという間だ。本来はここで終わるはずの階段は、夕影に烟る三階へと続いていた。
妾は息を吐き、腰元の得物を確かめてから三階に上がった。
階下の閉塞感が嘘のように明るく広々とした空間に出た。存在しないはずの三階は、等間隔に並んだフランス窓から射す黄昏の光に満ちたホールになっていた。
階段を上がって正面、緋色の絨毯が敷き詰められたホールの最奥に臙脂色の革を張った重厚なドアが佇んでいる。ドアのむこうからパイプオルガンの音色が漏れだしていた。
ホールを突っ切ってドアの前に立つと、両開きのドアが内側に向かってゆっくりと開いた。
金属の太い管から放たれる重低音が腹の底まで揺さぶる。妾は眉をひそめ、開け放たれたドアをくぐった。
時代がかった
音楽堂
コンサートホール
だ。入口から下方へと半すり鉢状に布張りの座席が並び、すり鉢の底に当たる部分に舞台が設けられている。
シャンデリアが照らす舞台上には、荘厳な祭壇のごとく銀色のパイプがずらりと並んでいる。舞台の向かって右手側、木製の書き物机に似た装置がパイプオルガンの演奏台だ。
観客席を通り抜けて舞台に上がると、鳴り止まなかった『トロイメライ』の演奏がふつりと途絶えた。シャンデリアと夕陽を浴びて白々と輝くパイプの列を横目に、演奏台へ向かう。
木製の椅子を引いて腰掛けると、音声とも映像ともつかない情報の塊がわっと流れこんできた。物心ついたころから感応してきた、目覚めたばかりの付喪の呼び声だ。
呼吸を整えて日に焼けた鍵盤に触れる。身の裡に渦巻く情報の奔流を一定の方向へと導き、細く抽出されたものを言語化していく。
「妾を呼んだのは、あなたね。教えてちょうだい
――
あなたは何?」
キィンと、小さな耳鳴りが走った。
《 あるじさま 》
《 ようこそ 》
《 制御プログラムの凍結を解除 》
《 審神者認証コードの照合完了 》
《 二の丸の全権限を審神者・識別名称〈雛罌粟〉に移行 》
《 二の丸を再起動します 》
パイプオルガンの音が轟々と響き渡る。
妾を中心に青白い光の線が四方八方へと走っていく。血脈が枝分かれしながら広がっていくかのように霊力の末端が二の丸全域に伸び、瞬く間に防御結界を構築して妾が掌握する霊域を作り上げた。
《 防御結界のアップデート完了 》
《 政府との通信システム復旧完了 》
《 時空間転移装置の稼働システム復旧完了 》
《 全システム・オールグリーン 》
《 おかえりなさい 》
《 あるじさま 》
妾はバチッと両目を開いた。
視線をめぐらせると、臨戦態勢を取った国広くんと南泉くんが警戒するように周囲を見回している。
「なんだったんだにゃあ、いまのは」
「わからない。悪い感じはしなかったが
……
」
こちらを向いた国広くんと目が合う。翠玉髄のまなざしがホッとした様子で緩んだ。
「目が覚めたんだな、主」
「大丈夫かぁ?」
「
……
うん」
国広くんの手を借りて起き上がると、バタバタと廊下を駆けてくる足音が聞こえてきた。
「雛罌粟!」
ドアを蹴破る勢いで飛びこんできたのは日向くんだった。続いて山姥切くん、豊前くん、篭手切くんも息を切らして駆けこんでくる。
四振りとも妾たち三振りの無事を確かめ、一様に安堵の表情を浮かべた。
「ひとまず全員無事だな
……
」
「ああ
……
よかった」
山姥切くんの台詞に篭手切くんが胸を撫で下ろしながら同意する。
「さっきの、地震みてーな大揺れだったけど違うよな?」
豊前くんの問いに答えたのは日向くんだった。
「本丸や、それに準じる二の丸で地震はまず起こらないからね。考えられるのは時空震だけれど
……
」
日長菫青石の瞳がちらりと妾を一瞥する。心当たりがあるか否かと言外に問われ、苦笑を返した。
「心配いらないわ。二の丸のシステムが再起動した余波みたいなものだから」
「いったい何をしでかした?」
バディ時代、妾の
おいた
・・・
を咎めるときと同じ口調で山姥切くんが尋ねてくる。妾はちょっと首を捻り、右手を中空に差しのべた。
「実際に見てもらったほうがいいかも。
――
二の丸の主、雛罌粟が命じる。ナビゲーションAIを起動せよ」
《 かしこまりました あるじさま 》
《 ナビゲーションAI〈なゆたけ〉を起動します 》
夢の中で聞いた電子音声が応えると、右てのひらの上に青白い光の玉が生まれた。
男士たちのあいだに緊張が走る。光の玉はくるくると回転し、ポンッと音を立てて弾け飛んだ。
右てのひらにもふっと白い毛玉が着地する。妾が右手を下ろすと、軽やかに掛布の上へ飛び降りた。
「
……
兎?」
篭手切くんが眼鏡を持ち上げながら呟く。
毛玉はぴょこんと起き上がると、長く垂れた耳を忙しなくそよがせた。いわゆる手乗り兎と呼ばれる種と同等の大きさだが、ふわふわとした銀毛には呪術的な赤い紋様が浮かんでいる。
つぶらな黒い両眼が男士たちを見回し、最後に妾へ向き直ると前脚を揃えて深々とお辞儀をした。
「お初お目にかかります、主様。この二の丸のナビゲーションAIを務めさせていただきます、なゆたけと申します。不束者ではごさいますが、どうか末永くよろしくお願い申し上げます」
耳触りのいい、やわらかい女の子の声だ。くろのすけやこんのすけといった管狐をモチーフにしたナビゲーションAIはオス型が主流だけれど、なゆたけはメス型らしい。
ぬいぐるみのような愛らしさに思わず口元がゆるんだ。小さな頭をそっと撫でてみると、嬉しそうに垂れ耳をパタパタと動かす。
「こちらこそよろしくね、なゆたけ」
「はい。刀剣男士の皆様も、何卒よろしくお願いいたします」
なゆたけは男士たちに向かってぺこりと一礼した。
柳眉で困惑を描いた豊前くんが頭を掻く。
「あー
……
てーっと、このちっこい兎は本丸にいる管狐と同じモンってことか?」
「どうぞなゆたけとお呼びください、豊前江様」
もふもふした胸に前脚を当て、なゆたけは説明する。
「ご指摘のとおり、
型
タイプ
こそ異なりますがわたくしはこんのすけと同じくナビゲーションAI
――
政府から遣わされた、審神者様や刀剣の皆様の補佐を担う電脳式神にございます。皆様には鍛刀などで用いる『竹』の御札の絵柄で馴染み深いかと」
「言われてみれば
……
確かに、『竹』の御札の兎だにゃ」
南泉くんの台詞に、なゆたけは首肯した。
「わたくしを含め、御札に描かれている鳥獣は政府機関で働くナビゲーションAIがモデルになっております。最も普及している管狐には数で劣りますが
……
本丸襲撃などの緊急時におけるシェルターである二の丸や三の丸には、管狐とは別型のナビゲーションAIがスペアとして装備されています」
「なるほどにゃあ。んで、姥捨山がおまえを呼びだしたってことは
――
」
「はい。現在、二の丸の城主は主様
――
雛罌粟様となっています。同時に二の丸の全権限は玉葛本丸から独立し、凍結されていた制御プログラムも解除されました。ですので、こうしてわたくしが皆様の御前に出てこられたのです」
ヒュウ、と豊前くんが口笛を吹いた。
「つまり、玉葛から二の丸を盗ったってーことか?」
男士たちの視線が妙にきらきらしているのはなぜだろうか。日向くんと山姥切くんは呆れつつも「でかした」と手柄を褒める姿勢は隠していない。
そういえば二の丸部隊のメンバーは、鎌倉時代から南北朝時代という血腥い乱世に生まれ育ち、群雄割拠の戦国時代を名だたる武将の下で生き抜いてきた刀揃いだ。国盗りだとか城盗りだとか、あんがい嫌いではないのかもしれない。
大伯父の刀剣たちも旧時代の大河ドラマをよく視聴していたっけ
……
と懐古しつつ、妾は頷いた。
「うーん、まあ、そういうことになるのかしら? 二の丸の『意思』のようなものが妾を主だと定めているみたいで、夢の中で接触してきたの。で、本丸から切り離した二の丸の権限を妾に委ねてくれて
……
二の丸が再起動したのよ」
「二の丸に付喪が宿っているのか?」
山姥切くんが柳眉をひそめる。妾は「正確には、付喪になりかけている魂ね」と補足した。
「パイプオルガンの幽霊の正体よ。ずっと妾に呼びかけていたらしいの。存在しないはずの本館の三階に音楽堂があって、そこは城主しか入れない中央制御室に当たるの。妾が城主として登録されたから
――
ほら、パイプオルガンの音が聞こえないでしょう?」
「
……
本当だ」
耳を澄ませていた国広くんがぽつりと呟いた。
眉間に皺を寄せて沈思していた山姥切くんがハッと瞬いた。
「ちょっと待ってくれ。本丸から完全に独立して制御プログラムが解除されたっていうことは
――
」
「本丸に感知されずに外部との通信、時空間転移が可能となります。山姥切長義様」
なゆたけの返答に男士たちが息を呑む。主、と国広くんが困惑気味に妾を呼んだ。
「つまり、政府に直接助けを求められるということか?」
「ええ」
国広くんの頬が明るく紅潮した。妾の膝元に顔を伏せると、襤褸布を纏った肩を震わせる。
「よかった
――
よかった、本当に。今度こそ主は助かるんだな
……
」
第一に妾を思いやる初期刀の言葉が胸に迫る。
「雛罌粟」
空いている左手をそっと日向くんが取った。
ブルーヴァイオレットの瞳を高揚に燦めかせ、直ぐと見つめてくる。
「わが主」
その呼びかけで空気が変わった。
国広くんが顔を上げて目元を拭う。打刀の青年たちはきりりと表情を引きしめ、脇差の少年は迷いを振り払うかのように張り詰めたまなざしで前を向いた。
なゆたけが右腕を伝って肩の上までのぼってきた。耳朶の下をくすぐるやわらかな温みに、妾はようやく審神者としての城を得たのだと実感した。
「ご命令を」
この場に並ぶ全員が妾を
審神者
あるじ
と認め、一声を求めていた。
日向くん、国広くん、南泉くん、豊前くん、篭手切くんと、一口ずつ視線を交わす。
最後に山姥切くんを見遣ると、藍方石の双眸は静かにほほ笑んでいた。
――
自信を持て。
バディ解消の日、元相棒として贈られた激励がよみがえる。
――
きみは立派な審神者になる。俺が保証するよ。
嗚呼
……
ようやくだ。
泣きだしたいような衝動を堪え、挑発的な角度まで口端を吊り上げる。仇敵に、現実に、自分自身に負けないように。
「では、はじめましょうか。
刀剣乱舞
妾たちの物語
を」
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