冬野暉/Hikari Fuyuno
2022-09-02 02:14:15
95389文字
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レプリカント・ティアーズ

※創作刀剣女士ネタ
※山姥切長義ルート


 沈黙が落ちた。
 ぽかんとする妾に向かって豊前江が「ん?」と首を傾げる。膝を貸すとは、ええっとつまり……
「よく眠れるって篭手切に評判いーんだぜ、俺の膝枕」
「りっ、りいだあ!」
 篭手切くんがわたわたと青年の袖を引く。その顔はさっきより赤みを増していた。
「りいだあの膝枕の心地好さは確かにすばらしいですが、女性である姥捨山にすすめるのは少々憚られます」
「なんか問題あっか?」
「大ありですよ! 兄弟や親しい間柄ならまだしも、初対面の男女がいきなり膝枕をするなんて風紀が乱れます!」
 南泉くんは遠い目をして天を仰ぎ、隊長くんは深々と息を吐きだしてぐいと前髪を掻き上げた。
「篭手切の言うとおりだ、豊前。恋びとでもない女性に軽々しく膝枕を申しでるべきではないな」
 藍方石とガーネットの視線がぶつかり合った瞬間、火花が散った気がした。
 豊前江がパッと笑顔を広げ、「わりーわりー」と謝罪した。
「説教はマジ勘弁だがら前言撤回するわ。姥捨山もごめんな」
「あ、ううん。お気遣いありがとう、豊前くん」
 豊前江――豊前くんの両目が丸くなり、くしゃっと笑み崩れる。
「はは。確かに、これはこちょばいな」
 郷の二口との顔合わせも済んだところで、ひとまず別館に戻ることになった。豊前くんと篭手切くんは汗を流してくるというので浴場へ、妾たちは食堂に向かった。
 道すがら、二の丸の生活についてざっと説明を受けた。
 内番はローテーションを組み、通常の本丸と同様に行っている。炊事や洗濯、入浴時間などは各々の自由だが、最近は全員が同じ時間帯に別館の食堂に集まって食事をすることが恒例になってきているそうだ。
 ただし、自室に引きこもっている山姥切国広は含まれていない。南泉くんや郷の二口が声をかけてみても反応はなく、姿もまったくと言っていいほど見せないという。
「握り飯を作っておくとたまになくなってるから、メシは食ってるみてぇだけど。それ以外はなんもわかんねぇ、にゃ」
 肩を竦める南泉くんに、隊長が冷ややかな口調で「いっそ潔く折れればいんだよ、あんな鈍」と吐き捨てた。
「テメェはよォ、曲がりなりにも自分の写しだろうが」
「曲がりなりにも俺の写しなら、これ以上の醜態を晒す前に自刃してもらいたいね」
 辛辣を通り越して冷酷な台詞には取りつく島もない。首を横に振る南泉くんに苦笑いを返すしかなかった。
 別館の食堂はこぢんまりとした喫茶室パーラーといった趣だった。奥にカウンターを兼ねたキッチンがあり、二人掛けや四人掛けのテーブル席がいくつか置かれている。
 カウンターやテーブル席は珈琲色の木材でできており、モザイク硝子のランプシェードを透かして落ちる白熱球の灯りがなんとも味わい深い。年代物のジャズやクラシックが似合いそうな雰囲気だ。
「好きな席に座ってくれ」
 外套を脱ぎながら隊長くんがキッチンに入った。
「顕現してからこちら、何も口にしていないだろう? 軽くつまめるものを作るから腹に入れておいたほうがいい」
……ありがとう」
 指摘された途端に空腹感が押し寄せてきた。
 カウンター席のひとつに腰を下ろすと、水の入ったグラスが目の前に置かれた。
「水分も摂っておけ、にゃ」
 ウォーターピッチャーを持った南泉くんが自分のぶんのグラスに水を注ぎ、隣に座った。
「気をつけねぇと冷却水が蒸発してカラッカラに乾涸びちまうぞ」
「ふふ……そうだね。ありがとう」
 急に気が抜けて、妾はのったりと両手でグラスを包みこんだ。
 ほどよく冷えた水をひと口嚥下すると、爽やかなミントの香りが鼻腔から抜けていく。ああ、薄荷水だ。
 夏になると山姥切くんがよく飲んでいた。冬は温かいホットレモネード。以前お世話になった燭台切光忠にレシピを教えてもらったのだと、妾のぶんも作ってくれた。
「おいしい」
 声に出して呟くと、ほろ苦い薄荷水の味がじわりと涙に変わる。どうしてか、ひどく懐かしく感じた。
 ほかの二口に気づかれる前に涙を瞼の下に押し隠すと、控えめなドアベルの音。
 豊前くんたちが合流したのだろうか。顔を上げようとした刹那、南泉くんが「げっ」と呻いた。
「噂をすれば――引きこもりの偽物くんじゃあないか」
 凍てつくような隊長くんの声に驚いて振り返ると、ドアの前にくたびれた白布を被った人物が立ち尽くしていた。
 白布の隙間から金糸めいた髪と怯きった翠玉髄の瞳が見えた。逃げ惑う視線が隊長くん、南泉くん、妾を順々に捉え、はくりとくちびるを震わせる。
……よォ、国広の。メシ取りにきたのかにゃあ? 朝に作った握り飯が冷蔵庫に入ってるから、持ってっていいぜ」
 機転を利かせた南泉くんが笑顔で促すと、山姥切国広は無言で頷いた。
 俯いたままキッチンに入り、冷蔵庫からラップにくるまれたおにぎりを二個取りだす。カウンター側で調理をしている隊長くんとは背中合わせの状態だ。
 抜き身の刃が頚動脈に添えられているような緊張感に空気がひりつく。隊長くんは口元に酷薄な微笑を刻んだ。
「いいご身分だな。初期刀の責務を放棄して怠惰に朽ち果てるのを待つばかりとは」
「やめろって、化け物斬り」
「俺は事実を述べただけだが? この体たらくで霊刀山姥切の写し、堀川国広の最高傑作などと――笑えない冗談だ」
……ッ」
 白布の肩が小刻みに震えている。ギュッと強張った背中に、妾はとっさに声をかけていた。
「はじめまして――山姥切国広くん?」
 ハ、と、かすかに息を呑む気配。
「挨拶が遅れてごめんなさい。新刃の姥捨山正宗よ。どうぞよろしくね」
 山姥切国広がぎこちない動きで振り向いた。
 翠玉髄の双眸が呆然と妾を映し、頼りなく揺らいでいる。隊長くんと相似形のくちびるが声を伴わず三文字の単語を呟いた。
「なぜ……あんた、その声、は……
「妾の声? やっぱりほかの付喪神には変な風に聞こえるのかしら。気を悪くしないでちょうだいね」
「違う、違う。そうじゃない……あんたの声は、まるで――
 おにぎりが床に転がった。
 ふらふらとキッチンから出てきた山姥切国広は妾の前までやってくると、崩れるように膝をついた。
「だ、大丈夫?」
……やっぱり違う」
 白布が外れてあらわになった貌は隊長くんそっくりで、まったく似ていなかった。途方に暮れた迷子のような、絶望に荒んだ表情がくしゃくしゃに歪む。
「あんたはあのひとじゃない。なのに、どうして同じ声をしているんだ……!?」
 だれのことを指しているのかさっぱりわからない。南泉くんも同じらしく疑問符を浮かべているが、隊長くんは凝乎じっと自分の写しを見つめている。
 山姥切国広はいよいよしゃくり上げはじめた。まるで――まるで国広くんが慟哭しているように見えて、妾はたまらずかれの頬を包みこんでいた。
 涙に濡れた翠玉髄が見開かれる。そこに映る妾の姿は、見慣れない人工の女神のものだった。
「妾の声のせいで不愉快な思いをさせてしまったのなら、ごめんなさい」
「あ……ちが、ちがう。俺は、そんなことは思っていない!」
 山姥切国広は激しく頭を振った。
 むずがる子どものような仕草が胸を締めつける。手の届かない場所で愛惜に悶えるくらいなら、もっと国広くんを抱きしめてあげればよかった。
 ――きみはいま、独りで泣いていないだろうか。
「悲しいね」
 妾の呟きに山姥切国広の動きが止まる。青年の両手がスカートに縋りつき、妾の膝に突っ伏して肩をわななかせた。
「うっ、ううぅ……ッ」
 獣の仔の唸り声にも似た嗚咽の哀しさに、妾は睫毛を伏せて山姥切国広の頭を撫でた。
 掴み取った二度目の生は、あまりにもいびつで苦しいものだと思い知りながら。