冬野暉/Hikari Fuyuno
2022-09-02 02:14:15
95389文字
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レプリカント・ティアーズ

※創作刀剣女士ネタ
※山姥切長義ルート


「おまえこそ空気を読め、お邪魔虫」
 山姥切くんは一刀両断した。
 しかし、国広くんもいつにない負けん気を見せて応戦する。
「確かに付き合いはあんたのほうが長いかもしれないが、主の初期刀は俺だ。主を口説くのなら、まず俺に話を通してくれ」
「ハッ! 引きこもりで名ばかりの初期刀になんの話をしろと? 間男の真似がしたいのなら、いますぐ刀の錆にしてやるよ」
「間男? ……ああ、なるほど。誤解しないでくれ。俺は主をこの世でいちばん大事なひとだと思っているが、色恋の情はない」
 国広くんは澄んだ瞳で断言した。あまりの迷いのなさに山姥切くんが押し黙る。
「俺にとって主は……妹? いや、姉、か? とにかく、女のきょうだいというか、そういう慕わしさを覚える相手だ」
 翠玉髄の双眸が妾を映し、まぶしげな線を描く。
「憶えているか、主。初期刀を選択する儀で、未顕現のから自分を選んでほしいという思念を強く感じたという話を」
「ええ、憶えているわ」
……主の偽物に遠ざけられて、二の丸へ来てからだんだんと思いだした。主の言っていたとおり、俺自身が望んだんだ。あんたの山姥切国広になりたいと」
 夕陽に染まった青年の面が、懐かしい笑みをあえかに刻んだ。
「主をひと目見て直感した。このひとが誇れるような刀になるために、俺は打たれたのだと」
――……国広くん?」
 とっさに切国くんと口にしかけ、妾は探るように国広くんを呼んだ。
 国広くんはひとつ瞬き、不思議そうに首を傾げた。
「どうした?」
 目の前にいるのは大伯父の切国くんではない。紛れもなく妾の国広くんだ。
 同位体ゆえの偶然? それとも根源たる本霊に還った切国くんの記憶の残滓が、めぐりめぐって国広くんの中に残されていたのだろうか。
 なんて切なくて都合のいい幻想だろう。妾は頭を振った。
「ううん……なんでもないわ。国広くんの気持ちが嬉しいなと思って」
 つないだままの右手に力をこめて笑いかけると、国広くんは照れ臭そうにはにかんだ。
「妾もね、国広くんを弟みたいに思っていたの。子どものころに大伯父の本丸へ引き取られて、実の弟とはずっと離れて暮らしていたから……大きくなった弟は国広くんみたいな男の子なのかなって。ごめんね、勝手に」
「いや――
 国広くんは独りごちるように言った。
「本当に、俺と山姥切を重ねて見ていないんだな。主は」
 妾はちらりと山姥切くんを見た。
 国広くんと色違いの容姿をした青年は、寡黙なまなざしを返してくる。凪いだ海面のような青い瞳の奥で複雑にせめぎ合う共感と疑念がちらつき、眉尻を下げて苦笑した。
「妾にとって、たとえ同位体でも別の刀だっていう認識だからかな」
 折れた刀は二度と戻らない。国広くんが切国くんではないように。
「国広くんにはまだ話していなかったね。妾が育った大伯父の本丸は、時間遡行軍の襲撃を受けて落城したの」
「え?」
「妾は審神者の養成機関に入学して本丸を離れていたから無事で済んだ。大伯父も脱出して一命は取り留めたわ。……大伯父を逃がすために奮戦した白刃隊は、ほぼ壊滅。本丸も焼け落ちて、敵方に座標を捕捉されていたからそのまま放棄せざるを得なかった」
 国広くんは愕然としている。妾の復讐をだれよりも近くで見届けた山姥切くんは、つないだままの手にそっと力をこめた。
「本丸には刀剣だけでなく、いろんな骨董品の付喪がいたの。妾にとってみんな大事な家族だった。でも――燃えてしまった」
「そんな……
「審神者になって政府に仕官したのは、この手で家族の仇を討つためだった。復讐は果たしたわ。だけど、みんなは帰ってこなかった。永遠に取り戻せないのだと思い知っただけ」
 左右それぞれの手で、元相棒と初期刀の手を固く握り直した。
「だから国広くんは国広くんで、山姥切くんは山姥切くんなの。失ってしまえば二度とめぐり会えない、唯一無二の刀」
 国広くんに笑いかけると、かれはむず痒そうに口を引き結んだ。
「主の山姥切国広は、後にも先にも俺だけなのか」
 一瞬、夕焼けの下でほほ笑む金髪の青年が脳裏をよぎった。
 昔日の面影を瞼の下に隠し、伏し目がちに頷いてみせる。
「そうよ。この先もずっと、妾の山姥切国広は国広くんだけ。もしも国広くんが妾より先に折れる日が来たら――きみの思い出を抱えて戦い続ける」
……ああ、それはいいな。主が墓標になってくれるなんて、光栄だ」 
 目元を綻ばせ、国広くんは妾の右手に頬擦りした。
「未来永劫、ただひと振りの主の山姥切国広でいさせてくれ。その約束だけで、俺は満足だ」
 山姥切くんが眉をひそめ、ちらりと視線を投げて寄越した。
 幼子が無邪気に菓子をねだるような台詞は、神と神のあいだで交わされる誓約を求める内容にほかならない。妾と国広くんとでは後者の神格が圧倒的に高いため、万が一誓約を破ったら妾が代償を払う羽目に陥ると元相棒は危惧しているのだ。
 妾は山姥切くんに苦笑いで応えた。こんなにも愛おしいおねだりに絆されない審神者がいるだろうか?
「約束するわ。この世の終わりまで」
 耳元で鈴が振るわれたように空気が震えた。
 国広くんの神気が桜の花びらとなって降り注ぎ、ぱちぱちと弾けて金色の飛沫に変わる。無垢な歓喜がありのまま流れこんできて眩暈がしそうだ。
「ごうつくばりが」
 山姥切くんが舌打ちまじりにぼやいた。
 国広くんが「べっ」と舌を出した。予想外の反撃に固まる本科に、写しは鼻を鳴らしてみせた。
「山姥切こそ、名づけの呪を刻むなんてたちが悪い。脚を縄でつなぐようなものじゃないか」
 思い当たる節があるらしく、山姥切くんはふいっと顔を背けた。
 国広くんは肩を竦めた。
「俺が言うのもなんだが、主も厄介な刀に好かれたな」
「うるさい。黙れ」
「だが主が望むのなら、山姥切との仲を応援するにやぶさかではない。海のものとも山のものともつかない古刀ふるがたなに横から掻っ攫われるくらいなら、俺の本科だったら安心して任せられる」
 山姥切くんは勢いよくむせこんだ。
「おまえね……偽物くんのくせに生意気だな」
「写しは偽物とは違う。ほかの写しは知らないが、少なくとも俺は自分の本科がどんなにすばらしい刀か――その身に銘を刻んだ刀工の作刀せがれとして、断言できる」
 翠玉髄の瞳と藍方石の瞳がまっすぐ見つめ合う。やがて根負けしたらしい山姥切くんはため息をつき、銀髪を無造作に乱した。
「修行から帰ってきたような一丁前の口を利きやがって」
「俺は、正直に自分の気持ちを言葉にしただけだ。あんたには本当に感謝しているんだ、山姥切。不甲斐ない初期刀の代わりに二の丸部隊を率いて主を迎えてくれて、ありがとう」
 国広くんは両目を細め、ふんわりと笑んだ。清らかで愛らしさすら漂う表情に、山姥切くんが絶対勝てない写しだ……と直感する。
 事実、山姥切くんは片手で顔を覆って呻いていた。
 この元相棒は矜恃の高さと反比例して情が深い。基本的に慈愛のひとなのだ。
 バディ時代、酔っ払ったかれから手塩にかけて育てた幼い写しとの思い出話を延々と聞かされたものだ。当の山姥切くんは、翌朝にはきれいさっぱり忘れてしまうので身に覚えがないだろうけれど。
「それに、俺は当面修行に出る気はないぞ。少なくとも、山姥切が修行を終えて戻ってくるまでは」
「は?」
 山姥切くんはがばりと顔を上げた。妾も思わず瞠目する。
「どういう意味だ」
「そのままの意味だが? 年功序列で考えればあんたの修行が先だろう」
……余計な謙遜はやめろ。俺は実装されたばかりの刀だぞ。修行の許可が下りるまで何年かかると思っている?」
 険しい口調で咎められた国広くんは、ムッとした様子で反論する。
「謙遜しているつもりはない。修行に出るなら、まず山姥切が先に行くべきだと思ったんだ」
 そこまで言って、国広くんはちょっと眉尻を垂らした。
「だって、あんたは昔から背中で道を示してくれただろう。……あに様」
 山姥切くんは硬直し、やがて長々と嘆息した。掻き乱された前髪はすっかりぐしゃぐしゃになり、国広くんのように目元へかかっている。
「俺と変わらない図体で『あに様』と呼ばれたところで、かわいげなんて微塵も感じないからな。ックソ、本当に生意気に育ちやがって」
「あんたが育てたんだがな」
「そうだよ。夜泣きがひどくて朝まで抱いて子守唄を歌ってやったのも、たちの悪いあやかしにふらふらついていった莫迦を追いかけて取り返したのも、ぜんぶ俺だ。あんなに愛していたのに――俺のものであるはずのを名乗り、あまつさえ並び立とうとするおまえが心底疎ましい」
 歯軋りの奥から押しだされた言葉に、国広くんは口を真一文字に引き結んだ。
……知っている」
「だがおまえは、唯々諾々と譲るつもりなんてこれっぽっちもないんだろう」
 愛憎がせめぎ合う藍方石のまなざしを、翠玉髄のまなざしは真っ向から受け止める。
「ああ。もう逃げるのはやめた。嫌われても憎まれても、俺は山姥切とともに戦いたい。あんたの背を見て、感じて、主のために強くなりたい」
 山姥切くんは国広くんを睨みつけていたが、ぷいとそっぽを向いた。
 文句も出尽くしたらしい元相棒にそっと語りかける。
「国広くんを認められない、許せないことがいちばん苦しい?」
……
「妾は……きみたちの気持ちを尊重したい。山姥切くんが国広くんを受け容れがたい気持ちも、受け容れてもらえなくても山姥切くんを慕う国広くんの気持ちも、否定したくない。いまは、いまのままでいいと思う。この先、妾自身どうなるかわからないけれど……生きていれば、また、何か変わるかもしれないから」
 二口の温かな手を握りながら、生の実感を噛みしめた。
 妾は確かに生きている。人間にも神様にもなりきれない紛い物でも、望み望まれ、ここに在る。
「傲慢な願いごとかもしれない。でも、どうか妾を離さないで。妾は、もう、山姥切くんも国広くんも、失いたくない」
 山姥切くんが身動いだ。銀髪が揺れて青い瞳が振り返る前に、とっさに下を向く。
「約束する」
 国広くんが妾の右手に額を押し当てながらささやいた。
「これから何があろうと、俺たちは主のそばにいる。もう二度と離れたりするものか」
……勝手なことをべらべらと」
「山姥切こそ、主の願いを無下にできるはずもないくせに」
 山姥切くんが両手で左手を包みこむ。真綿のようにやさしく、けして振りほどけぬように。
「安心してくれ。きみが前言撤回しようと離すつもりは毛頭ない。今度こそ、その生を全うするまで守り抜いて、死んだら喜んで後追いしやる」
「山姥切……それは俗に言うストーカーというやつではないか?」
「うるさいもう黙れよおまえ」
 脱力するような応酬につられて頭をもたげると、呆れ顔の国広くんに対し山姥切くんは赤く染めた眦を吊り上げていた。
 妾の視線に気づくとばつが悪そうに眉根を寄せ、そのまま降参とばかりに苦笑をこぼす。
「お捨」
 想いをこめて呼ばれる名こそ、約束のかたちであり何よりの決意表明だった。
 帰るべき家の燈火を見つけた迷子のような心地で、妾は泣き笑いながら頷いた。