冬野暉/Hikari Fuyuno
2022-09-02 02:14:15
95389文字
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レプリカント・ティアーズ

※創作刀剣女士ネタ
※山姥切長義ルート


 硝子の天蓋のむこうは穏やかな青空だ。日当たりのいい温室で南泉くんが昼寝にいそしんでいた気持ちがよくわかる。
 ふと、今日の日付が気になった。
 最初の特命調査の成功報酬として本丸にやってきたという隊長くんの台詞と、二の丸部隊が結成されて一ヶ月半という情報から推測するに、妾が本丸に着任した日からそれほど時間経過していない……はず。
「あの。ちょっと確認したいのだけれど――
 まだ続いていた口喧嘩を制止して尋ねると、隊長くんが「十二月二十日だよ」と教えてくれた。
 西暦まで確かめ、妾の本丸着任から一ヶ月半過ぎている事が判明した。
 一ヶ月半。主である審神者が代替わりし、隊長くんたちが二の丸へ追いやられたころと同時期だ。……偶然だろうか?
もう・・一ヶ月半なのか、まだ・・一ヶ月半なのか、にゃあ。このままじゃ錆まみれの鈍になっちまうぜ」
 自嘲気味の南泉くんの発言に、妾と隊長くんは顔を見合わせた。隊長くんが真顔で頷く。
「南泉くん。ちょっと見てもらいたいものがあるの」
「ア?」
 怪訝そうな南泉くんの目の前で刀身を鞘から抜くと、スフェーンの瞳が真ん丸になった。
「見てのとおり、妾は斬れない刀なの。この先、出陣の機会がめぐってくることもあるかもしれないから、情報共有しておくわね」
「これ……どうしたんだ、にゃ?」
「原因ははっきりとはわからないの。顕現がうまくできなかった不具合かもしれないし、妾の来歴による可能性もあるわ」
 正宗の偽銘刀という身の上を説明すると、しららかな眉間に皺が渓谷を作った。
「つまり、『正宗』の呪いってことか?」
……そうね。そう言えるかもしれない。不相応な高名と引き替えに呪われたのかも」
 呪いとはまた言い得て妙だ。思わず苦笑すると、ガシッと両肩を掴まれた。
「まさか、呪い仲間さんがこんなトコにいたなんて……!」
 何やら感激している様子の南泉くんは、「お互い苦労するにゃあ」としきりに頷いている。
「顕現したばっかりなら、ほかにも呪いの弊害が出てくるかもしれないぜ。同病の誼だ、何かあったら遠慮なく頼れよ?」
「あ、ありがとう」 
 念押しに気圧されつつ、下心のない好意は嬉しい。素直に頷くと、南泉くんは犬歯を覗かせて笑った。
「任せとけ――って、痛ェ!」
 急に飛び上がったかと思えば、慌てて妾から距離を取る。
 隊長くんにつねられて赤くなった手を振りながら、批難の声を上げた。
「こんの陰険、いきなり何するにゃ!」
「初対面の女性に対して馴れ馴れしすぎだよ、猫殺しくんは」
 当の犯人は悪びれた様子もなく、不機嫌を隠さず睨んでくる。
「姥捨山も姥捨山だ。仮にも部隊で唯一の女士なんだから、節度ある振る舞いを心がけてほしいね」
 妾は首を捻った。
「南泉くんの仲良しの座を奪うつもりなんてないわよ?」
……は?」
 隊長くんと、なぜか南泉くんまで固まっている。妾は青年たちを見比べ、肩を竦めてみせた。
「呼び名にこだわったり距離感を気にしたり、妾が南泉くんに取り入るんじゃないかって心配しているんでしょう?」
「いやいや、なんでそうなるにゃ!?」
 先に自由を取り戻した南泉くんが叫んだ。
「違うの? てっきりどこの馬の骨とも知れない女が南泉くんに近づくことが気に入らないのかと……
「絶ッ対に違うにゃ! いままでの会話を踏まえて、どうしたらそんな考えに飛躍するんだよ!?」
 南泉くんは「うにゃー!」と声を上げながら頭を掻き回している。
 隊長くんはというと、頭痛でもするのかしきりにこめかみを揉んでいた。
「二口とも大丈夫?」
「ああ、うん、心配はいらないよ。きみの思考回路が予想外すぎて驚いただけで……
 さらりとこき下ろされていないだろうか。隊長くんは妾を見遣り、ふっと表情をゆるめた。
「懐かしいな。昔、こんなやりとりを毎日のようにしていたよ」
「え?」
「政府の刀剣だったころ、バディを組んでいた同僚がきみに似ているんだ。突飛な行動によく振り回されたものだよ」
 どきりとした。
 宮仕えの経験があると話していたが、つまり隊長くんにも相棒である審神者がいたということだ。一般的な主従関係とは違う、任務では互いのみを頼りとする背中合わせの運命共同体が。
 完全なビジネスライクに徹するバディもいたが、信頼関係を築く過程で相手を単なる仕事仲間だと分別するのはなかなか難しい。隊長くんの表情や言葉の端々から、元相棒を大切に想っているのだと感じ取れた。
 瑠璃色のまなざしが妾の向こう側を見つめるように遠く煙る。
「本当に――よく似ている。……すまない。こんな話は気分を悪くするね」
「ううん」
 妾は首を横に振り、いまにも溢れだしそうな惜別を押しこむように胸に両手を添えた。
「つらい境遇だからこそ思い出が心の支えになるはずよ。きっとその同僚の方も、隊長くんのことを忘れずに想っているわ」
 隊長くんの表情が凍りついた。
 一瞬で変わった空気に息を呑む。思わず気圧されて立ち竦むと、隊長くんは顔を背けてクツリと喉を鳴らした。
「残念だが、彼女は俺のことなんてきれいさっぱり忘れたらしい」
「え――
「猫殺しくんの紹介も済んだことだし、次は江の二口ところへ案内するよ」
 踵を返して歩きだす隊長くんを慌てて追いかける。南泉くんを振り返ると、やれやれと言わんばかりに肩を竦めて隣に並んだ。
 スフェーンの瞳は「いまは何も訊くな」と雄弁に訴えてきた。
 妾は困惑しながらも頷き、足早に前を行く隊長くんを窺った。
 ひたすらに前を向く背中は、ひび割れていまにも崩れ落ちてしまいそうな氷細工のようだった。