冬野暉/Hikari Fuyuno
2022-09-02 02:14:15
95389文字
Public
 

レプリカント・ティアーズ

※創作刀剣女士ネタ
※山姥切長義ルート


 別館の食堂――喫茶室のドアを開けると、すっかり見慣れた後ろ姿がカウンター席にあった。
 ドアベルの音に振り向いた山姥切国広――初期刀くんが妾の姿を認め、ホッとした様子で肩の強張りを解く。
「おはよう、初期刀くん」
……おはよう」
 白布を被り直しながら、小声だが挨拶を返してくれる。律儀だなぁと思いながら頬をゆるめると、ふいっとそっぽを向かれてしまった。
「昨夜はよく眠れた?」
……あまり」
「そっか。今朝はフレトーにしようかと思うんだけど、食べられそう?」
「ふれ……?」
 調理の邪魔にならないよう、大般若さんよろしく髪をリボンで束ねる。ブラウスの袖をまくって手を洗い、冷蔵庫からタッパーを取りだす。
 溶き玉子と牛乳を混ぜ合わせた液に食パンをひと晩浸しておいたものだ。フライパンにバターを敷き、両面に軽く焦げ目がつくまで焼けばフレンチトーストの完成である。
 食べやすくカットしてから皿に乗せてカウンターに置く。初期刀くんはカフェインに弱いので蜂蜜入りのホットミルク、妾はインスタントのホットコーヒーだ。
「召し上がれ。フレンチトーストよ」
 初期刀くんは翠玉髄の瞳を真ん丸にして唾を飲みこんだ。
……いただきます」
 白くすらりとした指がフォークを取り、そろそろと黄金色のトーストに突き刺す。
 あ、と開いた口が玉子と牛乳が染みこんだパンにかじりつくと、前髪に隠れがちな目元がぽぽっと紅潮した。
……!」
「おいしい?」
 確信を得ながら尋ねれば、全力で首肯が返ってきた。初期刀くんはゆっくりとした速度で咀嚼しながら、フレンチトーストを味わっていった。
 冷めないうちに妾もいただこう。初期刀くんの隣の席に座る。
 うん、上出来だ。砂糖が控えめなので甘さも素朴だが、こってりした味つけよりはこちらが好みなのだ。
 初期刀くんも妾と似たような舌の持ち主らしいので、喜んでくれると思っていた。ただし、玉子焼きは甘い派である。
「ごちそうさま」
 トースト二枚ぶん完食し、初期刀くんは空になった食器を持ってキッチンに入った。さりげなく妾の皿も回収するあたり、堀川国広と兄弟だなぁと感じる。
「ありがとう、初期刀くん」
「別に、自分の皿を洗うついでだ」
「フライパンとかも片付けてくれているじゃない」
……いつも馳走になっている礼だ」
 洗い終わった食器を水切り籠に並べながら、初期刀くんはもごもごと言い訳する。追求すると無言になってしまうので、ほほ笑むに留める。
「明日は何が食べたい?」
 頬杖をついて白布の内側を覗きこむと、かれは困ったように眉根を寄せた。
……なんでもいい」
「出た、作る側がいちばん嫌な回答」
「そっ、そうなのか?」
「なんでもいいって言いながら、もっと違うのが食べたかったって文句をつけられるのがいちばん嫌がられるらしいわよ」
 あいにく妾は恋人いない歴イコール年齢という侘しい人生を送っていたので、そんな経験はないのだけれど。
 初期刀くんは金色の睫毛をはためかせ、むうと口を尖らせた。
「俺は、あんたが作ってくれた食事ならなんでもうまいと感じるから……
「ふふ、そうよね。初期刀くんが嫌味を言うなんて思えないもの」
 ほのぼのしながら頷くと、不満そうな視線が突き刺さる。
「莫迦にしていないか」
「していないわよ。性根が好ましいなと思っただけ」
 ぱくんと口をつぐみ、初期刀くんは赤らんだ顔を隠すように俯いた。
 ずいぶん懐かれたなぁと、われながらしみじみ感じ入ってしまった。
 引きこもりがちな初期刀くんが自発的に部屋の外へ出るようになって一週間が経とうとしている。暦の上では間もなく大晦日だ。
 とはいえ、本丸から切り離された二の丸の日常は単調だ。景趣は春のまま固定されているし、あいかわらず出陣命令は下されない。
 しかし、初期刀くんの変化によって二の丸部隊には波紋が広がった。
 最も顕著に反応したのは言わずもがな隊長くんで、喜ぶどころか警戒と威嚇を見せる始末だ。
 本科山姥切とその写しのあいだに生まれてしまった溝はおそろしく深く、南泉くんすら「お手上げ」らしい。
 自室から出るようになった初期刀くんはおそるおそる内番のローテーションに加わった。隊長くん以外のメンバーは純粋に歓迎しているし、隊長くんといっしょにならないよう南泉くんがこっそり取り計らっているので問題は発生していないが、本科と写しで手合せしようものなら間違いなく刃傷沙汰である。下手をしたら写しが刀剣破壊まで追いこまれる。
 当の二口も積極的に関わろうとはせず一定の距離を保っている。つまり、お互いに避け合っている。
 ――ある時間帯を除いて。
 カララン、と再びドアベルが鳴った。
 初期刀くんがびくりと震える。下を向いて固まってしまった。
……これはこれは。朝から最悪だな」
 隊長くんか不機嫌そうにぼやきながらカウンター席までやってきた。
「おはよう、隊長くん」
「おはよう、姥捨山。……今朝も甲斐甲斐しくそこの偽物くんに餌付けしていたのかな?」
「餌付けしているつもりはないのだけれど、ね。フレトーを焼いたから、味見をしてもらったの」
 棘にまみれた発言は軽く流し、妾は肩を竦めてみせた。
「隊長くんこそ、妾に餌付けされにきていない?」
……別に」
 あ、その顔と口調は初期刀くんと同じだなと思ったが、指摘しようものなら両者から殺意を飛ばされるので言葉にはしない。
「きみの料理は、俺の口に合うんだ」
「それって褒め言葉?」
 笑いながら腰を上げ、再びキッチンに立つ。
「初期刀くん。よかったらおかわりのココアはいかが? そっちの怖いお兄さんはホットのブラックでいいかしら?」
……貰う」
「だれが怖いお兄さんだって? コーヒーはいただくよ」
 初期刀くんは隊長くんから一席離れたところにおとなしく座った。
 反対方向に顔を背けている隊長くんにホットコーヒーを、初期刀くんには小鍋で簡単に作ったココアを出す。
 二口が黙っているあいだに追加のフレンチトーストを焼く。隊長くんは朝は少食らしいので、トースト一枚ぶん。
「はい、どうぞ」
……いただきます」
 隊長くんはきちんと手を合わせてからフォークを持った。パンを口に運ぶ仕草や咀嚼の速度は初期刀くんと同じだ。
 山姥切くんも食事に時間をかけて堪能するタイプだった。大伯父の山姥切国広は早食いだったから、最初は意外に思った。
「あまり甘くないんだな」
「甘いほうが好み?」
「いや――これくらいがちょうどいいよ。甘さを足したければメープルシロップやシナモンシュガーをかければいいし」
「カロリーがすごそうね……
「宮仕えしていたころの徹夜明けによく食べていたんだ。六連勤明けはホイップ大盛りで」
 隊長くんも元相棒と同じく、疲労が臨界点を突破すると極度の甘党になるらしい。普段は無糖派なくせに、振り幅が広すぎる。
「明日はパンケーキか、シナモンシュガートーストかしら」
 話しているうちに食べたくなってきた。バターとメープルシロップがとろけるふわふわのパンケーキ。カリッと香ばしいシナモンシュガートースト。
「パンケーキ……
 沈黙していた初期刀くんがぽつりと呟いた。途端に隊長くんの眉が跳ね上がる。
「初期刀くんはパンケーキが食べたい?」
「いや……『パン』で『ケーキ』とはどういう代物だろうかと、気になっただけだ」
 隊長くんから発せられる冷気を感じ取ったのか、初期刀くんは消え入りそうな声で答えた。
「ちなみに、隊長くんのリクエストは?」
「俺はなんでもかまわないよ」
「それがいちばん困るんだってば! じゃあ、あいだを取ってシナモン風味のパンケーキに決定!」
 パンと手を叩いて話題を強制終了する。隊長くんは不服そうにコーヒーをすすっているが、異存はないらしい。
 なぜか三口で朝食を摂るようになって一週間。絶賛冷戦中の隊長くんと初期刀くんだが、妾をあいだに挟むとひとまず平和だ。
 初日は隊長くんが罵詈雑言のマシンガンを撃ちまくり、初期刀くんがつたないながらも的確に相手を煽る反撃を浴びせて収拾がつかない事態に陥った。最終的に妾の堪忍袋の緒が切れて「それ以上余計な口を開いたら出禁にするわよ!」と怒鳴ったら、ぴたりと止まったけれど。
 隊長くんに言ったとおり、餌付けのつもりなんてまったくなかったのだ。
 早朝に目が覚めてしまったのでひと足先に朝食を食べようと喫茶室で調理していたら、そこへ二口がやってきた。口論のあとで、なんとなくいっしょに食べる流れになった。
 ちなみに初日に作ったのは件の甘い玉子焼きと、豆腐とわかめの味噌汁だ。なんてことはないメニューである。
 二口は黙々と完食し、その日はお開きになった。
 翌朝、やはり早い時間帯に喫茶室に来ると、すでに初期刀くんが待ちかまえていた。遅れて隊長くんもやってきた。
 ――あんたの料理が食べたい。
 ――たまには違った味つけも気分転換にいいと思ってね。
 片や直球、片や言い訳っぽくひねくれた台詞で。相違の色彩に染まった瞳に、同一の焦燥と渇望を滲ませながら。
 ……これは妾のエゴだ。
 妾にだれかを重ねているかれらを受け容れるふりをして、かれらを会えないひとたちに重ねている。山姥切くんとの懐かしい語らいを、国広くんとのまだ見ぬ食卓を夢想して、かれらの上から輪郭をなぞっている。
 お互い様と割り切るには独りよがりで都合のいい真実を、苦々しく噛み潰す。
「ごちそうさま」
 隊長くんの食後の挨拶にはたりと瞬く。さっさと立ち上がったかれは自分の食器と使用したままの調理器具を洗いはじめた。
「あ……ありがとう」
「どういたしまして。偽物くんのカップまで洗ってあげる義理はないけれどね」
……写しは偽物とは違う。カップは自分でちゃんと片付ける」
 ムッとした口調で言い返す初期刀くんに対し、隊長くんはあからさまに鼻で笑った。何回戦目かも不明な言語による殴り合い開始のゴングが鳴り響く前に、「そこまでにしておかないと明日のパンケーキにありつけなくなるわよ」と釘を刺す。
「隊長くんは本丸との定期連絡、初期刀くんは豊前くんと馬当番でしょう? ぐずぐずしていたら始業までに間に合わないわよ」
「定期連絡と言ったところで、毎回形式どおりのやりとりで終了なんだがね。こちらからのお伺いはことごとく梨の礫だし」
「音信不通よりはましよ。今回は妾の報告も兼ねているのよね?」 
「ああ。もしかしたら途中参加で簡単な挨拶をしてもらうかもしれない。姥捨山は……畑当番だったか?」
「そう、南泉くんと。呼びだしがあったら途中で抜けるかもって伝えておくわ」
「頼んだよ」
 三口で片付けを行うのもすっかりお約束になった。
 照明を落として喫茶室をあとにする。うららかな春の陽が射しこむ廊下で別れ、隊長くんは本館に、初期刀くんは厩舎に、妾は菜園にそれぞれ向かう。
――姥捨山」
 ずっと黙っていた初期刀くんが口を開いた。
 偽りの春の輝きを纏ったその姿は、遥か遠い過去へと旅立つ暇乞いのように眩く厳かだった。
「いってくる」
……いってらっしゃい。今日も一日、がんばろうね」
 妾の言葉を噛みしめる表情に胸が苦しくなりながら、せめて笑顔は心からかれに向けたものだと見えるように願った。
 今日も二の丸に、朝が来た。