冬野暉/Hikari Fuyuno
2022-09-02 02:14:15
95389文字
Public
 

レプリカント・ティアーズ

※創作刀剣女士ネタ
※山姥切長義ルート

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 どこまでも大地が燃えている。
 一面の赤、赤、赤――野火のごとく地平を覆い尽くしているのは真っ赤な花の群生だった。
 わたしは足元に視線を落とした。
 風もないのに揺れている赤い花は雛罌粟コクリコだ。
 延々と広がる雛罌粟の花畑。空は不思議な乳白色に仄光り、赤い大地がいっそう鮮烈に浮き上がって見える。
 ――ここは死後の世界だろうか。
 わたしは無意識に首を撫でさすった。荒縄で絞められたかのように首回りの皮膚がヒリヒリと疼く。
 とうてい現世とは思えない光景を前に、漠然と自分は死んだのだろうと考えた。胸の裡に戸惑いや悲しみは見当たらず、虚脱感にも似た諦観が無造作に転がっている。
 しかし、わたしはなぜ死んだのだろう。
 改めて身形を確認すると、白衣に緋袴という巫女の出で立ちだった。髪は短く、顎の下あたりで切り揃えている。
 違和感が頭をもたげる。
 わたしが常ひごろ身に纏っていたのは黒やグレーのレディーススーツだったはずだ。白足袋に赤い鼻緒の草履ではなく、ソックスタイプのストッキングにローヒールのパンプスを履いていた。
 胸元を探る。いつも首から提げていた職員証のカードがない。
 どうしよう、紛失したら始末書どころでは済まされないのに。
 どこかに落ちていないかと花を掻き分けていると、背後から声をかけられた。

「  」

 手を止めて振り返ると、少し離れたところに人影が佇んでいた。
 シルエットから察するに女性――いや、少女だろうか。身長はわたしと変わらず平均的だ。
 黒いレースのヴェールを被り、ポピーレッドの懸帯を肩にかけている。フリルのたっぷりした白のドレスシャツに黒のリボンタイ、深緋のベスト。
 ふわりと膨らんだフレアスカートは膝の上で波打ち、裾に向かって黒から灰色、ポピーレッドへと濃淡がかっている。黒いリボンで強調された腰は折れそうに細い。
 ダークグレーのストッキングに包まれた両脚は脛の半ばまで黒の編み上げブーツに覆われている。黒いグローブを嵌めた右手、深緋の籠手を着けた左手。
 腰に巻いた黒い剣帯には、ひと振りの打刀を提げていた。赤錆色の拵に下緒の色は白。
 刀――もしや、刀剣の付喪神ではないか?
 わたしは審神者だ。ただし、本丸勤めではなく政府機関の職員として働いている。
 政府直属の審神者は――在籍する部署にもよるが――刀剣男士とバディを組んで行動するケースが多い。かくいうわたしの相棒も刀剣男士だ。
 刀剣の付喪神の男女比は前者が圧倒的多数を占める。刀剣女士は存在そのものだけでなく顕現数も少なく、ひとつの本丸に一口いれば万々歳というのが常識だ。
 稀少であるからこそ、顕現が確認されている刀剣女士の情報はすべて把握している。しかし、少女のような付喪神には見覚えがない。
「あなたは刀剣女士なの? ここがどこか知っているの?」

「    、       」

 声は聞こえる。だが、何を言っているのか理解できない。
 少女が発した言葉がバラバラに分解され、意味を成さない塊になって余韻だけを響かせる。モザイクめいた不協和音に顔をしかめると、少女は困ったように首を傾げた。

「          」

 再び少女が声を出した。口の動きを読もうとしても、すっぽりと被ったヴェールが口元まで覆い隠してしまっている。
 少女が右手を差しだした。
 首から提げる紐が付いた薄っぺらいカード――職員証だ。どうやら拾ってくれたらしい。
「ああ、よかった。探していたの。どうもありがとう」
 安堵して手を伸ばすと、手首を掴まれた。
 職員証が花の中に落ちる。あ、と間抜けな声が洩れた。
 少女が腕を引き、わたしは糸が切れたマリオネットのように膝から崩れ落ちた。
 視界が赤い花に埋もれる。少女の両手がわたしの頬を捕らえた。
 まるで少女がわたしを花の下へ沈めようとする体勢だ。戸惑っていると、少女が顔を覗きこんできた。

「      」

 ふわりとヴェールが広がる。その奥には――何もなかった。
 わたしは悲鳴を上げた。
 あるのはのっぺりとした黒い闇、人の顔の輪郭をした暗闇だった。
 接吻するかのごとく少女が顔を寄せてくる。押し退けたいのに体が動かない。
 鼻先に氷のような闇が触れ、視界を覆い尽くす。
 闇がわたしを呑みこんでいく。接触した部分から自分という存在が溶け崩れ、認識できなくなる。
 いやだ――消えたくない消えたくない死にたくない!
 嗚呼。わたしは、生きたいのだ。
 いまさら気づいたところで何ができる。頬を流れ落ちる涙すら闇に吸いこまれてしまうのに。
 少女の両腕がやさしく――大切なものを守るようにわたしを抱きしめた。

「     。   、     」

 かすかな花の香りを最後に、わたしの意識はふつりと途絶えた。