冬野暉/Hikari Fuyuno
2022-09-02 02:14:15
95389文字
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レプリカント・ティアーズ

※創作刀剣女士ネタ
※山姥切長義ルート

06


 年明けて三箇日の最終日。ようやく本丸からお呼びがかかった。
「まったく。悠長なものだ」
 隊長くんが苛立ちを隠さず吐き捨てる。きっちりと着込んだいくさ装束は、いつものように乱れも隙もない。
 支度を調えて喫茶室の前で落ち合った妾たちは、本館の玄関を抜けた先にある正門――二の丸と外界をつなぐ時空間転移装置ゲートを目指していた。
 隊長くんが把握している限り、使用可能な出入り口は正門のみだそうだ。ただし、使用の権限は本丸側にあるのだが。
 敷地の周囲に張り巡らされた石垣をたどって洋館の裏手に回ると、小さな潜り戸がひっそりとある。こちらは仮に裏門と呼んでいるが、時空間転移装置の機能は完全に停止しているらしい。
「いまからそんなにカリカリしていたら堪忍袋の緒が保たないわよ」
「ずいぶんな余裕だな」
「隊長くんが妾のぶんまで怒ってくれるから、それほど気にならないの」
 隊長くんは眉間に皺を寄せて黙りこんだ。
 並んで歩くかれは妾より十センチメートル以上背が高い。歩幅もそれなりの差があるはずなのだが、歩調がずれるということはまったくない。
 これはほかの仲間も同様で、部隊でいちばん小柄な妾にペースを合わせてくれているのだ。南泉くんと豊前くんは何食わぬ顔で。篭手切くんはさりげない気遣いを示し、初期刀くんは何度も横目で妾の歩調を確かめながら。
 隊長くんは基本的にポーカーフェイスだが、時折強い視線を感じる。初期刀くんとの違いは、けして目を合わせないことだ。
 うちの刀はみんな紳士だなあとほのぼのと思っていると、「姥捨山は」と隊長くんが口を開いた。
「本当にたちが悪い」
「えっ。どこに責められる要素が?」
「思わせぶりな態度は感心しないな。特に豊前のような、気のいい刀を誑かす言動は慎んでくれ」
 いきなり飛びだした名前に両目を瞬かせる。妾が豊前くんを誑かした?
「身に覚えはまったくないのだけれど、どうしてそんな疑いが?」
「豊前に打ち明けたそうじゃないか。兄弟のことを」
 どうやら畑での一件を耳に挟んだらしい。妾は首を傾げた。
「別に不埒な意図は微塵もないわよ? たまたま兄弟刀の話題になって、顕現する前の記憶が少し戻ったから話しただけで」
 妾の言い分を聞く隊長くんの表情は硬いままだ。
 さて、どうしたものか。
「本当に大した内容ではないの。昔は大勢の兄様に囲まれて暮らしていたとか、ずっと会っていない弟がいるとか、そんな身の上話よ」
……きみは架空の刀だ」
 ずいぶん意地悪な指摘だ。妾は片頬を歪めて笑った。
「架空の刀だから? 妾の記憶も、所詮は作り話の中の偽物に過ぎないって?」
「俺は、別に」
「隊長くんから見れば偽物なのかもしれない。でもね、妾にとっては紛れもなく本物よ」
 隊長くんが脚を止めた。
 妾を睨む藍方石の瞳は張り詰めた薄氷のようだった。気高く清冽なこの刀が時折覗かせる、癇の強い子どもみたいな脆さ。
 ――山姥切くんを思いだしてしまう。
 憤りよりも悲しみが胸を切り刻む。
 心底莫迦な女だ。妾こそが、どこまでも目の前のかれを身代わり偽物に貶めている。
 耐えきれなくなって視線を伏せると、隊長くんが細く息を吐きだした。
「すまない。さっきの発言は八つ当たりだ」
 前髪を掻き上げようとした手が、当代へのご機嫌伺いが控えていることを思いだして苦々しそうに拳を作る。
「どうやら気が昂ぶっていたらしい。当代や本丸の連中と顔を合わせるのかと思うと……気持ちに余裕がなくなってしまって」
……そう。そうよね」
 妾は慌てて「もう気にしていないわ」と続けた。
「情けないところを見せてしまったな」
 隊長くんはちょっと疲れた顔に苦笑いを浮かべている。
 銀色の睫毛がふるりと揺らぎ、窓あかりに透ける青空を弾く。
「まだ話していなかったな。俺がバディだった同僚が、いまどうしているのか」
「え?」
「彼女は俺たちの主だ」
 ドクリ、心臓が嫌な音を立てた。
 無意識に依代の柄を握りしめる。
「隊長くんの元相棒が……亡くなった先代から本丸を引き継いだ?」
「ああ。先代の刀自とじはここ数年は病がちだったそうだ。更には霊力の減退、戦績の低迷……当然のごとく政府から勇退勧告が出されてしまった」
 そこで当代に白羽の矢が立ち、ひとまず見習いとして本丸に入った。
「だが当代が入城して間を置かずに先代の容態が急変して、結局そのまま――
「隊長くんは、最初から当代の本丸だと知っていたの?」
 銀色の頭が小さく首肯した。
「彼女は再会を喜んでくれるはずだと、疑いもせず自惚れていたよ。これからは彼女の刀として戦えるのだと……莫迦みたいだ」
「何があったの?」
 藍方石のまなざしが妾を捉える。隊長くんは片側の口端を持ち上げた。
「わからない」
「わからない、って」
「本当に、理由がわからないんだ。初期刀の偽物くんですから把握できていない。跡目を継いだ途端、てのひらを返したように拒絶されたと言っていたよ」
 人が変わったような――まるで別人にすり替わって・・・・・・・・・しまったかのような所業だ。
 鼓膜の奥で心臓が駆け足になっていく。
 勇退勧告を受けた老齢の審神者。本丸の引き継ぎを命じられた元役人の見習い。
 見習いのバディだった山姥切長義。初期刀の山姥切国広。
 一ヶ月半前という着任時期。符合だらけの事実に、首を絞められているかのように息が苦しくなる。
「隊長くん。先代の……当代が襲名した通称はなんというの?」
 本丸の引き継ぎでは、先代の通称を襲名することが一般的だ。大伯父の本丸が襲撃を受けなければ、いずれ妾は本丸とともに『矢車やぐるま』の通称を継ぐはずだった。
 通例どおり、当代が先代の通称を引き継いでいるとしたら――
「『玉葛たまかずら』だ」
 刹那、視界が真っ赤に染まった。
 赤い花びらの群舞。ひりつくような喉笛の疼き。
 甘く掠れた少女の声がささやく。
 
 ――あたしの名は、姥捨山正宗です。
 ――だいじょうぶ。主様は、妾が守るから。

 死にゆく妾の魂を抱き留め、己が肉体を器として差しだした彼女・・
 はっきりと思いだした。
『姥捨山正宗』は政府勤めだったころに妾が鍛刀した刀だ。呼び声に応えてくれたのに力不足で顕現してあげられなかった刀剣女士。
 そして玉葛は、妾が本丸とともに引き継ぐはずだった審神者の通称だ。
 この二の丸を含めた本丸は、妾が見習いとしてやってきた本丸なのだ。そこで妾は不慮の死を遂げ――おそらく何者かの手で殺害された――肉体を奪われた。
 犯人は堂々と妾に成り代わり、審神者・玉葛の地位と本丸を手に入れた。先代の急死も犯人による凶行の可能性もある。
 歴史修正主義者の秘密工作? 戦争とは無関係の妖異の仕業?
「姥捨山?」
 怪訝そうな声に意識を引き戻される。
 仄白い窓あかりを背に、銀髪の青年が眉宇を曇らせていた。
 偽物の玉葛を妾だと信じて傷ついているかれは……山姥切くんだ。
 いまにも泣き叫びそうになり、妾は顔を両手で覆った。
「どうした? 気分が悪いのか?」
 気遣わしげな問いに頭を振ることしかできない。
 もういちど会いたかった。だけど、こんな再会はあんまりだ。
 かれの相棒だった雛罌粟わたしは、もう死んでいるのに。
……こんのすけに連絡をして、日を改めてもらおうか」
 山姥切くんの言葉にぐっと肩に力が入る。
 いま逃げたら、二度と立ち上がれない気がした。何も為せないまま『姥捨山正宗』の献身を無駄にしてしまう。
 妾は再び首を横に振った。
「ごめんなさい。大丈夫よ――妾は、大丈夫」
 自分に言い聞かせながら笑ってみせると、山姥切くんは口を引き結んだ。
 事実を目の当たりにすれば、どうしてまったく気がつかなかったのか不思議でならない。別れの日から変わらないまま、かれはこんなにもまばゆいのに。
 黒いグローブを纏った手が差しのべられる。
「無理はするなよ」
「うん」
 そっとてのひらを預けると、予想以上に強い力で握られた。胸の奥まで泣きたい気持ちでいっぱいになる。
 山姥切くんに手を引かれて本館を抜け、正門に続く表庭に出た。
 石畳で舗装された前庭には車回しの植栽があり、板張りの大きな門扉が向こう側に見え隠れしている。
 山姥切くんの脚が止まった。剣呑な視線の先には、四口の刀剣男士が門扉の前で待ちかまえていた。
「おっ! よーやく来た来た!」
 こちらに気づいた豊前くんがぶんぶん手を振っている。かれを含めた全員が出陣前のように武装していた。
「あんまり来ねーから様子見に行くかーって話してたとこだったんだぜ」
……単なる見送りじゃあなさそうだな」
 山姥切くんがちらりと南泉くんを見遣る。隊長の不機嫌を察知した副隊長は、面倒臭そうに頭を掻いた。
「一応止めたんだけどにゃあ。国広が聞かねぇんだよ」
「偽物くんが?」
 山姥切くんの声が一気に冷えた。
 初期刀くん――国広くんは襤褸布の端をぐっと握りしめていた。翠玉髄の瞳が揺らぎながら、明確な意志を持って山姥切くんと相対する。
「本丸には、全員で行くべきだ」
「何を勝手なことを言っている。当代の意向に逆らって不興を買いたいのか?」
「違う。門前払いを食らったら、おとなしく本丸の外で待機する。ただ、態度で示すべきだと思ったんだ」
 国広くんは懸命に言葉を探しながら山姥切くんへ訴えた。
「主へ年賀の挨拶を行いことは、刀剣なら当たり前だ。来るなと言われたまま本丸へ足を向けなければ、当然の勤めを放棄したと見なされてもおかしくはない。本丸の連中は、ますます俺たちを見下すだろう。……受け容れてもらえなくても、二の丸部隊全員が主の刀なんだと、堂々と態度で示していくべきだ」
 山姥切国広という刀は、けして卑屈でひねくれ者なだけではない。
 国広第一の傑作、その誉れにふさわしい矜恃とつよさを持つ武神だ。ここぞという場面で潔く散る桜花のような勇気を見せる。
 妾の初期刀は、こんなにも頼もしくていとおしい。
「山姥切くん」
 つないだままの手が震えた。息を呑んだ山姥切くんが勢いよく振り向く。
 驚愕に染まった青い瞳にほほ笑む。
「国広くんの提案は一理あると思う。入城できるのは妾ときみだけだとしても、本丸には二の丸のみんなで行くべきよ。妾たちは戦うためにこの清庭に馳せ参じた刀なのだと、胸を張りましょう」
 国広くんが不意打ちを食らった顔で妾を凝視している。一瞥を向けると、翠色の双眸がくしゃりと滲んだ。
 妾は心を決めた。
 姥捨山正宗であると同時に、審神者の雛罌粟として在り続けることを
「カチコミかぁ。まあ悪くねぇんじゃねーの?」
 頭の後ろで腕を組んだ南泉くんが笑った。
「イイコチャンに引きこもってるのに飽きたし、これ以上なめられねぇようにメンチ切っとくのもありだと思うぜ」
「おい、猫殺しくん」
「テメェだってそろそろ鬱憤が溜まってんだろ。化け物斬りよォ」
 スフェーンの双眸が冷ややかに光る。
「腹ァ括れよ、隊長殿。曲がりなりにもオレたちの惣領を名乗ろうってんなら、主相手にだって刃を鈍らせるな。先陣切って諫臣になれ」
 部隊最年長の叱責に、山姥切くんの眉根と口元がぎりりと引き絞られた。
「山姥切。どうか……頼む」
 国広くんの懇願に、山姥切くんは深々と嘆息した。
「豊前と篭手切も同じ意見か?」
 江の二口が顔を見合わせた。豊前くんがにやりと笑って、篭手切くんは真摯な面持ちで力強く首肯する。 
「いつまでも引きこもりじゃあ、せっかくの体が鈍っちまって仕方がねーよ」
「たとえ主にお目通りが叶わなくても、想いを伝えることをあきらめたくない。……私たちは、あのお方の刀なんだ」
 篭手切くんの台詞は切実だった。本当なら妾こそが主と呼ばれるはずだったのだと思うと、きりきりと胸が締めつけられる。
 ……結果的にやさしい神様たちを傷つけるのだとしても、このまま終わらせるわけにはいかない。
 つないだ手を痛いほど握りこまれた。
 ハッとして山姥切くんを見ると、青年は不遜な表情を己の写しに向けていた。
「いいだろう、おまえの提案に乗ってやる。ただし、本丸側から入城を断られたら黙って従え。そこまで啖呵を切ったんだから、安い挑発に乗せられたりするなよ」
「わ、わかった」
「お目付け役は任せたぞ、副隊長」
「へいへい」
 飄々と肩を竦める南泉くんに鼻を鳴らし、山姥切くんは「では」と口調を切り替えた。
「行こう」
 さながら出陣のごとく凛然と。白布を翻して歩きだす。
 手を引かれる妾の横に国広くんが並ぶ。真一文字に引き結ばれた口元は、歓声を堪える子どものように映った。
 そして、正門がゆっくりと開いた。