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「もう紡ぐべきでもない記憶でしかないの」

擬:0:Undeath



朝から夕方までひたすらあの人を求めて走りまわっていたが、結局会えたのは偶然マンションに帰ってきたところに遭遇してであった。
それももうすぐ夜になりそうな時間。
これといって何か明確な用事があるとかではないが、とりあえず「顔を見せておく」のが大事なのだ。

先輩はなぜか再会してからずっと「名前なんだっけ?」「ごめん誰だか思い出せない」と毎度毎度ふざけて記憶喪失のフリをする。
最初はきまぐれに話しかけてきただけの出会いだったのでしょうがないとして、それ以降はそんなはずはない。
学校では必ず先輩の教室にダッシュで突撃し、隙あらばお邪魔していたし。
高校では俺が2年生、先輩が3年生だったので卒業前に行われた修学旅行も自費で無理やりお供した。
当然、後で教師達には散々叱られたが別に反省はしない。
とにかく強烈に記憶が残るようにしてやっているというのにまーだ知らんぷりを続けるのは我慢比べを仕掛けられているとしか思えない。

先輩に無理やり扉を閉められて今日は店じまいと追い出された訳だが、さてどうしよう。

そろそろ夜がやってくる。

夜がやってくると急激に具合が悪くなるのですぐ部屋に戻った方がいいのだが。
まだ少し日が見えている夕暮れ時なのでそこまで酷くないが、前兆がやってきている。
黒いもやに覆われるような眩暈と頭痛。そしてうす暗い思考の渦だ。
理性を飲み込もうとする「そいつ」がやってくると、俺の意識はいずれ奪われてしまうんじゃないかという恐怖が強くなる。
だからひたすら夜はこいつに耐えるしかない。
多分、きっと、よくわからないけど。こいつに飲まれたら「俺」は消えてしまう。
病気なら診てもらった方がいいのかもしれないけどなんとなく行く気にはなれない、というか行かないほうがいい気がする。
先輩に会いに行く理由だって自分の為であった。
一緒にいる時は「自分」を強く持てる、自信が強くなるのだ。

初対面の時、あの人は見ず知らずの悩める俺に対して「信念」というものを説いてくれた。
例えそれがきまぐれで実は適当に考えて喋っただけのことだったとしてもはじめて俺自身と向き合ってくれたから。
だから俺はこの人をこの世で一番信用するし、執着する。

「今日はおとなしく家に戻るか……。また明日でも明後日でも会えますもんね先輩」

焼けるような赤が黒に押し潰されていく空を眺めている。
なんとも感じない風が俺を無視して吹き抜けていく。
俺は息を吸い込んで、吐き出した。


「見てろー!絶対に俺のこともう一生忘れられない位、嫌な思い出でも良い思い出でもそこにいて脳みそに焼き付けてやる!」

「引きこもりのクワガタめ!聞いてるか!俺の名はクニサダ!1億回でも教えてやるから覚えろよな!」

近所迷惑とか気にせず我が名を叫ぶ。
世界の誰からも忘れられても、先輩だけには「俺」を忘れないでほしいから。