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「もう紡ぐべきでもない記憶でしかないの」

O SPRING -1


なんとなくお邪魔してしまったのだけれど良かったのだろうか。
というか一人からだけ視線が痛すぎる。

「ほら~ハヅキ、運命でしょ~」
「ええ運命だわ。こんにち好きです」
「はは……。」

それはそれは双子のようにそっくりな二人の女性が目の前に並んで座っている訳だけれど。
『ハヅキ』と呼ばれた方は俺のことをまばたきもせずに煌めいた瞳で見ている。
運命ってなに……

「は!そうでした素敵な殿方、お名前を聞いてませんでした!教えてください」
「えっ。ああ……お、オウイチロウだよ……
「有難う御座います。今、心臓に刻みました。なんなら今からほんとに刻むわ」
「や、やめてくれ!怖いって!」

ジョークを交えたつもりなどない、たったひとつ本気で俺のことを好きということだけがわかる声のトーンが恐ろしくてたまらなかった。
確かにバイクに轢かれそうになったのを助けたのは事実だがそんな瞬間的にここまで盲目になれるものなのか?理解できない。

「ところでお母さんオウイチロウさんと知り合いだったの?」
「そうよ。この子ね、私が仕事行く道でよくすれ違うから次第にこうやって家に呼んだりするくらい仲良しになったのよ」
「抜け駆けってこと?許せないわ」
「お母さんにはお父さんがいるのよ」
「不倫ってやつね」
「お母さんが生涯かけても愛してるのはお父さんよ」
「よかったわ、じゃあオウイチロウさんは私がもらっていいのね」
「いやいやいやいや。俺抜きで勝手に話進めないでくれ」

いやだわ、この子ほっとくと勝手に俺と婚姻したとか言い出しそうで怖いわ。
助けてくれたお礼にせめて夕食をごちそうしたいって言われたから来ただけなのに……
食事する気分じゃなくなって滅茶苦茶帰りたくなってきた。

「そーだ!オウイチロウ君!今日は好きなもの作ってあげるわよー何がいい?リクエスト聞くわよ!もちろんハヅキもリクエストしていいのよ!」
「えっほんと!やったあ!どうしようかな!」
「俺の好きなものと急に言われると困ったな……

二人ともしばし思い思いに考えていたが、偶然同じタイミングで口を開いた。

「お母さんの作ってくれるものならなんでも食べたいけどな~」
「お母さんが作ってくれるごはんなんでも美味しいからなあ」


それも同じような言葉で。

それに気づいた二人は顔を見合わせて固まった。

「ディスティニー……!?」
「違います」
「うふふ。そうなのね。じゃあお母さんが食べたいもの作っちゃおうかな。作ってくるから仲良くしててね」

ハヅキに幼い子供へ言い聞かせるように言った後、嬉しそうに台所で準備を始めた。

「あ、そうだ。ハヅキ……ちゃん?はなんでここに引っ越してきたんだ?話に聞いてると思うがまともじゃないのに。この場所。」
…………
「あれ?なんかまずいこと聞いたかな」

ずうぅんと重い効果音が聞こえそうな程暗い顔にしてうつむいてしまった。
もしや一発目で地雷を踏んでしまったか。マインスイーパーだったならあまりにも、なミスだろう。

「その……が悪くて」
「ん?」
「成績が悪くて……ここしかないって言われたの……

自嘲しながら小声で理由を話す。
勉強が誰よりも苦手らしく成績があまりにも悪くサルでも受かれるような受験先の候補はここしかない、と言い切られたのだそうだ。
ハヅキも粘って他の受験先も希望し挑戦してみたがひどい点数の山に埋もれ結局流れ着いたのがここ。
いや自分が通っていた高校をサルでも受かれると言われると少し、いやかなり悲しいかもしれない。

「そ、そっか。大変だったんだな。」
「ええ、ええ。そりゃもう大変でしたとも。鼻血が出るんじゃないかってくらい勉強したつもりだったのにこのザマよ。」
「え、えっと……ま、まあ俺が通ってた記憶の限りでは普通の学校だから安心してくれ。きっと楽しいぞ!な!」
「通ってたんですか」
「うん。俺は学校にこだわりもないしとりあえず近場で済ませようと思って偏差値とか気にせず受験したんだけどな。
別に建物もきれいな方だし、学食とかもあるしこの町特有の変な雰囲気とかそういうのないし3年間楽しく高校生活過ごしたよ」
「オウイチロウさんの残った気配を感じる為に行くか……
「俺じゃなくて学校に希望を持ってくれないかな」
「オウイチロウさんと同じ制服を着れるのね……楽しみだわ……
「ああこれな」
……これ?」

己が着ている服に目を向けるとハヅキも釣られて見る。
多分ハヅキはこう思ったのだろう、「あれ?今あなた3年間楽しかったって言ったってことは高校卒業してるよね?え?ってか制服着てる?え?」と。

「なんで制服着てるんですか?」
「着心地がよくて」
「そういう問題なんですか?卒業したんですよね?なんでさよならしてないんですか?」
「別に卒業したから制服着たらダメなんてことはないだろ?」
「いや、えっと……うん?うん……。」

ハヅキはハテナを並べて理解に至らぬ様子だった。

「よく考えたらあったかい部屋にいるのにマフラーも巻いたままだし……。ああ、いやいやダメよ。試練よ、すべてを受け入れるべきなの」
「いいって別に……周りからも変人扱いされてるから今更気にしてないし」
「やっぱりそうなのね」
「やっぱりってなんだよ!」

暫くハヅキと学校についてやら俺についてやら話していると、ご飯ができあがったようでテーブルに1品ずつ並び始めた。
ハヅキのお帰り会も兼ねてか母の作った料理を堪能した後にこっそり用意されていたハヅキが好きだったらしいいちごタルトがでてきたりもした。
この場の誰もがその時間を喜びと共に過ごした。


・ ・ ・


「オウイチロウくん、今日は有難う。また明日ね」
「明日も会えるの!?」
「え、俺が送り迎えするって話伝えてなかったんですか?」
「オギャアアアアアアアアアアアアアアアア」
「なに!?何故悲鳴が!こんな夜に叫んだら勘違いされる!」
「3年間お付き合いよろしくお願いします」
「この子喋っててわかったけどめっちゃ怖いんで辞退させてもらっていいですか?」
「だめに決まってるでしょ。あなたが決めたんだから守りなさい。よろしくね」
「はい……責任をもって任務を遂行させていただきます……。」

愉快な家族に別れを告げて、まだ肌寒く暗い月夜の道を歩き少しずつあの家から離れていく。
ひとたび外に出れば静かな世界だった。あったまった心を急激に冷やしていく程。

「と思っているってことね。やだ~おセンチになっちゃってオウイチロウくん」
「1
「警察呼んでも来るわけないでしょ機能死んでんだからこの町」

思考を読み取る「フリ」をする変な男が気づくと後ろからついてきていて。
わざわざ顔を向けると死んだ瞳が、何ら感情を持たぬような表情で俺を見つめていた。

「変なのはお前もだろうがなすりつけてんじゃねえよ」
「少なくとも格好くらいだよ変なのは」
「いいこと?お前には気づけず他人にしか感じられないんだよ、本当の「変」という感覚は」
「そうですか」
「寂しそうなオウイチロウ君に対してやさしーナカイさんがお迎えにきてあげたっていうのに何その反応は」
「いらないです」
「つめたすぎにゃ~ん」

隣に並んでしょうもないことをひたすら並べてくるのに返事するのも面倒になってきた。
まあ別に返事しなくてもいいんだけど。勝手に喋ってるから。

「そうだ。今度はちゃんと守ってあげるんですよ~」
……
「ハヅキちゃん元気そうだけどお母さんがああしないとダメってことは完全とは言えなさそうだよね」
「ああするって?」
「あの家の開かずの部屋。知ってる?」
「なにそれ知らない」
「俺は何が閉まってあるのか知ってるから言えるんだけど、今の彼女は死んでも知らない方が幸せかもしれない。そんなもの」
「他人の家の事情把握してるのまじでストーカー行為だし気持ち悪すぎるんでやめた方がいいですよ」
「うるせえな別に俺だって興味ねえけど知っちゃうんだよ」
「はあ……。」

別に。

誰かに言われなくたって勿論そうする。
俺の罪が洗われることがなかろうとも、もう二度と失って後悔しない為に。
この身がどれだけ無様に引き裂かれ血肉の塊になろうがそれでも。

———そう、これが俺にとっての『エゴ』なのだから。