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「もう紡ぐべきでもない記憶でしかないの」
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H SPRING -7
私は今、青い朝を一人走っている。
誰よりも早く教室を目指し、ただひた走る。
朝一番のランニングだと考えたらまた良い気分だ。
「うおおおお私が一番だあああああああ」
桜木の側で舞い落ち固まって眠る花びら達も私が走った後には目を覚まして私の風になって舞っていた。
私は今、一直線の春の暴風となっているのだろう。文字通り。
校門は早い時間なのにもう開いていた。
学校と道路の境をゴールテープを切るように抜けた。
ぜえはあ荒い息を少しずつ落ち着かせながら周囲を見渡すがもちろんひと気はなく、鳥のさえずりや車が通りすぎる音がどこか遠く聞こえるくらいだ。
「よぉし
……
後は教室をのーんびり目指しますか~」
下駄箱で履きなれた外靴からまだ1度くらいしか足を預けていない上履きへと替える。
1階には職員室がある。そこから職員たちの談笑が聞こえてくる。
一応教員に見つかるとあれこれ言われそうな予感がした私は、そのまま4階へと静かに向かった。
私が通う彩町高校は4階が1年生の教室だ。
3階が2年で、2階が3年。逆じゃない?って思うけど意図してのことだろう。
自分の足音がやたらと響く階段を登り切る。さらに上の屋上へ続く階段にはバリケードとしてぐちゃぐちゃと机と椅子が並べられていて
黒いテープで拘束されていた。出入り禁止なのが一目瞭然だ。
もちろん私はかしこいので勝手に入ったりなんてしないけど。
各教室へ続く廊下を壁越しから注意深く見てみる。
どうやら私が一番で大丈夫そう。だって声も音も聞こえないから。
階段にすぐ近い教室が自分がこれから所属するクラスなのでそのまま私は派手に引き戸を開けてみせる。
「せーの、おはようございまーす!」
誰からも返答なんてくるはずがないのだ。
だからこそ私は今日一番の笑顔と共に挨拶してみせた。
「
……
ん?」
違和感。
誰かからおはよう!って返ってきた訳ではないが人が動いた感じがする。
窓際に立つ誰かがゆっくりとこちらを向いた。
電気を点けていない所為か少し黒く姿がシルエット化していて見えづらい。
先客がいた。一番は私ではなかった。
私はその人としっかり目が合った。
金色に輝き揺らめく機械仕掛けの無機質な瞳は私をしっかりと目に映している。
「
……
」
「あ、えっと。おはよー」
「
……
」
その人は無口なのか知らないけど私が言葉を交わそうとしても無反応。
困った。誰だろう。この間の入学式で見た記憶も、自己紹介とかを聞いた記憶もない。
私は顔を覚えるのは得意な方だけど今日初めて見た。
だってこんなに吸い込まれるような瞳の人知らないもの。
相手の立つすぐ近くが私の席だから近づく。
この子、男にも女にも見える程中性的な顔つきをしているのだな。
どれだけ近づいても相手は微動だにせずほんとに機械なのかもしれないって感じで私を目で追っかけている。
「あの、私この席だから。」
「
……
あなたがハヅキ、ですか」
やっと声を出したことに少しドキッとした。
聞いた感じは男の子に近い
……
と私は思う。
「そうだよ!私はハヅキ!あなたもこのクラスの子だよね?これからよろしくね~」
気さくなつもりで握手を求めてみるが、手を出す素振りすら見せない。
「え、あの
……
握手
……
」
「アクシュ?」
首をかしげてよくわかってないみたいな顔をしている。
この年齢まで握手を経験したことがない、知らない人なんているのだろうか。
まさかな。
「こうですか?」
相手は私の真似をして同じ方向の手を差し出す。
「いや、それじゃ手繋げないでしょ」
「握手とは手を繋ぐんですか?」
「
………………
」
まじなんだろうか。これは。
ネタでなくて、まじなんだとしたら私は本当に言葉を失う。
「ギャグよねそれ?」
「ギャグ、ギャグって反対のアレですか」
「それは逆」
「アア~。」
私はこの人のやばさに段々芯から恐怖を感じ始めている。
この反応は本当に、天然なんだと思う。
握手もギャグもわからない、天然の人。信じられないし理解できない。
今朝実験用の白い部屋から出れたんですか?って聞きたい気持ちをぐっとこらえる。
「顔が見れたので任務を完了しました」
「え?任務?ちょ、ちょっと始業式はー!?」
名前も知らないまま、彼は部屋を出て行った。
よくわかったことは「不思議ちゃん」という種族なんだろうってこと。
「結局誰だったんだ今の人」
教室一番乗りも奪われたし、変な人だし。さっきまでの良い気分は一気に冷めた。
スカートのポケットに入れていた携帯が急に震えだす。
おそらく着信の連絡だろう。
取り出して開くとオウイチロウさんからWIRE経由で電話が来ていた。
人もいないし、そのまま出る。
[ハヅキ!お前どこにいるんだ!]
「あ、先輩おはよう御座います」
[おはよう御座いますじゃなくて!今日も途中までは一緒に行こうって言ってただろ!]
「え、えへへ
……
その。起きた時、思い立って学校に一番乗りしたくなっちゃって」
[はああ?どういうことだよ
……
]
「まじのまじ思いつきってことです!」
[
……
じゃあ今学校にいるの?]
「はい!無事に学校の教室にいます!誰もいないので電話でてまーす」
[ああ
……
そう
……
。どんだけチャイム鳴らしてもいないから本気で心配したんだぞこっちは]
「オウイチロウさんが私のこと想ってくれてたなんて嬉しいです~」
[呑気な
……
もういい、じゃあな]
「あ、オウイチロウさっ
……
切られた。怒らせちゃったかしら」
雑に切られてツーツーと電話終了の音だけが鳴っている。
やがて自動的に二人の会話が繰り広げられているやり取りの画面へと戻った。
一応「オウイチロウさんごめんね!明日は一緒に行きましょうね!」って送ったけど。
少し返信待ちをしてみるも、もう携帯を開いてないのか既読はつかない。
「まじで怒らせてしまったようだわ
……
」
私がどうやらこの朝得られたものはランニングの時間だけだったようだ。
机に突っ伏すと、木の香りがする。
左側にこするように顔を動かして、窓から見える雲一つない澄んだ空を眺める。
そういえば
——
……
今日こそは隣の席の人はやってくるんだろうか?
まずはやっぱり隣の席と交流していくのが初歩というものだが、いなければ無意味だ。
来てくれるといいのだけど。
なんて考えてた私だったが、来なかったことを先に記しておく。
学校すら始まってないのに何が嫌なのか、何があったのか不思議で仕方ない。
それからたった一人、みんなが来るまで携帯をいじって待ち続けていた。
とーっても退屈であった。
ついでにオウイチロウさんは私のメッセージへ返信しないまま始業式のプログラムは終わっていった。
入学式は1年生だけだったけど、今日は全体で新学期の挨拶を聞き、私達は簡単に4限までの初めての授業を行う。
最初なので大体が科目の紹介や先生のトークばかりだったけど、少しだけこれから習う内容についての簡単な予習もしたかな。
楽だからこそ昼に時間が近づく程眠くて仕方なかったし多分時々意識を飛ばしていたんだろう。
一番前の席だからよく目につくし、化学の時間のおじいちゃん先生が少し私を見る目が険しかったから多分。
帰りの礼を済ませて外に出る。一番早く終わったみたいで他のクラスはまだ話をしている最中のようだ。
(ナヲ君、待ってあげようかな)
と、少し近くで待っていると担任の先生が私に近づいてきた。
先生はミヅコと言うらしく、化粧がちょっとけばけばしい女の人だ。
「お~ハヅキ。なあなあ、隣の席のやつ知ってるか?」
「えっと、アオセさん、ですよね。知らないです」
「そっかあ。私もよく知らんのだが資料とか色々渡したいのにこうも不登校だとさ、困ったなあ~」
そういえば
……
クラスの人達を改めて見たけどやっぱり今朝の人物は入学式にいなかったと確信した。
となるとあの人が
……
。
「ねえ先生。アオセさんの顔写真とかってありません?」
「顔写真?まあ、職員室行きゃ名簿にあるだろうけど
……
」
「ちょっと確認したいことがあるんですけど、お願いできませんか?」
「ふむ。ならちょっとついてきてくれるか」
ミヅコ先生に連れられて名簿を持ってくるまで待っててほしいと職員室の前で待つことになった。
昼ということもあり朝とは正反対に廊下の人々は騒がしく、忙しい。
他の学年は午後も授業があるのか友達と一緒にどこか昼ごはんを食べに移動している様子だし
同じ学年の子達はもう仲良くなった友達と並んだり、黙々と一人で帰る人とそれぞれに行動している。
「あ、ハヅキ~何してるの?」
職員室の前で立つ私に気づいたクラスの子達が寄ってきた。
「いやさちょっと用事があって。」
「まさか、もうなんかやらかした!?ヤンキーやってるね~!」
「ちょっとそんな訳ないでしょ!」
「あははっ冗談だって~」
「あ、そうだ。ねえ。アオセさんって見たことある?」
「ううん。私は聞いたこともないけど?」
「私も~ここに住んでるのに聞いたことないよね?」
この市内で小学校や中学校なんて限られてるのにみんな顔を見合わせて知らない様子である。
ますます謎が深まるばかりだ。
職員室の扉が開き、ミヅコ先生がなにやら書類をもって出てきた。
「あーっ。こら~お前たちは用事がないなら早く帰れ~!」
「えーひどくなーい?」
「私はハヅキと喋る用事があったので喋ってました~」
「私も~」
「それは用事とは言わんのだ、暇を持て余しているというのだ」
あははは!と女の子達の笑い声が交わされた。
「ハヅキはこれ。顔写真持ってきたぞ」
先生からひらりと見せられた証明写真。
他の子も私にのしかからんとばかりに一時の興味を満たしに見に来る。
「え~誰これ?」「美人だね~」「ね~」
「やっぱり
……
」
写真に映っていたのはやはりあの子だった。
この特徴的な機械の目を見間違えるなんてありえない。
「先生私、この子朝見たかもしれません」
「ほんとか
……
って今朝ぁ
……
?」
「私も混乱してるんだけど、朝いたんです。でも気が済んだからって帰っちゃったみたいで」
「ええええっ気が済んだ?登校したから!?なんだそれ~」
先生は頭を抱えて左右に首を振っている。
当然だろう。私にも意味がわからんのだから。
「よし。ハヅキ、お前この資料アオセに渡してくれ」
「え?なんで私なの?」
「これもなんかの縁だ。私の勘がお前ならアオセにこいつを渡せると言っている」
「はあ!?んな訳ないじゃない!先生なら保護者呼ぶとかいくらでもあるでしょ」
「私はめんどくさいからお前に任せる」
「言ったわね!?めんどくさいからって言ったわね今!先生としてどうかしてるわ!」
「ハヅキの言う通りだよ、先生無茶ぶりだってそれは
……
」
周りの子も先生の発言にさすがに引いていた。
さっきも言ったけど先生なら本人の家に直接訪ねるとか保護者に任せるとかできるはずだ。
それなのに、なぜ
……
っ。私には顔以上の情報なんてない。
「任せたからな!じゃ先生は先生でやることてんこもりで忙しいから~」
逃げるように、というか先生はダッシュで逃げていった。
「
………………
」
「ハヅキ、どんまい」
「じゃ、私らは帰るわ。また明日ね」
薄情なことに苦笑いと共に私を取り残していく。
どこからか冷たい風が少し吹いた気がした。
「今日ひょっとして私、あんまりついてないのかも
……
」
なんとなく携帯で調べた星座占いはなんと1位であった。
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