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「もう紡ぐべきでもない記憶でしかないの」

H SPRING -5


入学式も無事終わって午後は自由時間だ!
式の間は退屈すぎて半分寝ていたので割愛。
その後は教科書とか色々学校で使うものを受け取って今は帰り道にいる。

「オウイチロウさん!この荷物置いたら後の時間は一緒に遊びませんか!」
「まあ別に予定もないし、いいけど~……
「やったあ!だったら猛スピードで帰って着替えてきます!」
「こらこら勝手に一人で行くな」

今すぐ走りだそうとする私を重い荷物を持ってくれてるオウイチロウさんが制服の襟をつかんで止める。

「わー新品の制服が!」
「のんびり戻ろうよ……俺走れないよこの状態で」
「すみません……1秒がもったいなくて……

逸る気持ちを抑えて私は歩く速度を改めて合わせる。
確かにゆっくり帰るのもまたいいかもしれない。

「ねえ!そこの人ちょっと待って!」

誰かが息を荒くして走ってきた。あの男の子だ。

「あ、ほらこの子だよ。どうしたの?」
「いや、学校で挨拶しようと思ってたんだけど何だかなかなか会えなかったから……
「そりゃクラス違うしね。私と。でもちょうどいいや私も挨拶するつもりだったから」
「えっハヅキちゃんが僕に挨拶を……?」
「ん?私名前教えたっけ?」
「あ、い、いや。お、お母さんから話は聞いてるから知ってて」

走ってきてまだ呼吸が整ってないのか歯切れの悪い言葉が多い。それに顔も赤い。

「あなたはナヲ君だよね?さっき廊下で見かけた時聞こえたけど」
「う、うん。そうだよ」
「よーしこの学校での友達100人計画の一人目にあなたを任命しよう!よろしくね」

私はナヲ君に対して握手の意を込めた手を差し伸べる。
何故だかナヲ君は差し伸べられた手を見つめて固まっている。

「嫌だった?」
「そんな!違うよ!友達になれるなら光栄だなって思ってるよ!も、もちろんよろしく!」
「やったぁ!クラスは違えど会える機会があったら話そうね!」
「うん……!」

この子、笑うとまた可愛いな。
なんだか既視感があるけど、きっと俳優かなにかに似た人がいるのかも。
あんだけ人気者なんだものありうる。

「じゃあさよかったらナヲ君も一緒に俺達と出かけ」
「それはだめ!」
「「えっ」」

二人とも私の切り落とすような静止に対して何故!?という言葉もぴったり聞こえそうな程驚いていた。

「ごめんねナヲ君、私オウイチロウさんとこれからデートなのよ」
「デぇ………………?」
「ちょっと!デートじゃないって!俺は保護者としてついていくだけで……!」
「とにかく二人きりじゃないと駄目だからナヲ君とはまた今度!ほんとごめん!」
「デート…………

せっかく友達になれたのに私が切り捨てたことがショックなのかナヲ君はうつむいて落ち込んでしまった。
でもやっぱり譲れない。

「あ、そ、そうだ携帯持ってる!?WIREあるなら交換しようよ!」
「持ってるしあるけど……
「ほら、これがあればいつでも私とメッセージのやり取りできるでしょ!?」
「いつでも……?あ、そっか。ああ……!うん、それなら。わかった」

ナヲ君は何も装飾されていない黒い携帯を取り出す。
私がWIREのQRコードをみせるとナヲ君がそれを読み取り、申請ボタンを押してくれたようだ。

「これで私達ワイ友だね~」
「すぐに返せなかったりするけど、僕からも時々メッセージ送るね」
「あー全然いいよいいよ。お互い好きな時に送って返信しよ!」
「うん。ありがとう」

やっとまた優しく笑ってくれた。
それでもまだ寂しそうな雰囲気を纏っていたが、ナヲ君は私に手を振り別の道へと消えていった。

「あれ?ナヲ君って隣の家じゃなかったのかな」
「さあ?」

その後、家についた私は音速で服を着替えてオウイチロウさんを引きずって外へと駆け出した。

「ねえねえ、なんかここらへんで良い店とか知ってたりしますか?」
「え、うーん。俺本屋とかしか知らないな」
「本屋……はっ!思い出した!買いたいものがあるので行きましょう!」
「ん?ならいいけど」

オウイチロウさんに導かれるままに本屋さんへと連れて行ってもらう。
教えてもらった本屋さんはうちから10分以上は歩いた先にある大通りで様々並ぶお店の一つとしてあった。
他の町じゃ車が何台も連なって走行してるイメージだけど、渋滞とかそういうのは気にすることはないだろう道路の車の行き交いが少なく感じた。
聞くと今日は入学式だったからかこれでも多い方らしい。
本屋さん自体はどこかで聞いたことある書店の一つ。ただし、規模は小さめだし看板を見るとまあまあ年数は経ってる風に感じる。
小さめの書店だと肝心の欲しい本が取り扱ってないだとか欲しい巻だけ置いてないなんて悲劇もあるがどうだろうか。

「ええっと、○○コミックのコーナー……
「あ、それならこっちだよ」
「お!さすが常連さん!」

オウイチロウさんは私が探していたところへすぐに案内してくれた。
そこには私の探していたものがあった。

「あったわ!ポロロンの最新刊!」
「よかったね~」
「コミックス派だから続きが気になっててしょうがなかったのよね……

【ポロロン】とは子供向けの少年漫画だ。
獣人達が住む世界で、犬と人間のハーフである主人公が世界を旅して自分とはなんなのか真実を仲間やライバル、色んなキャラクター達とともに追及していく冒険ファンタジー漫画だ。
私は王道な少年漫画らしい熱い心と正義感を持った主人公が好きで読んでいるのだけど正直、実はライバルキャラもまたクールでかっこよくどっちを応援するか迷ってしまう時がある。
子供向けとは言ったが、大人にも人気があるらしくてアニメも大好評で放送され続けている。映画もやってるし。
今日発売日だったのを思い出せてよかった。

「今のファントムムーン編、前回はライバルのブルースがポロを庇ってファントムの力を受けてしまったんだけどダークムーンとして覚醒するところで終わったのよね~……
「うんうん」
「これでポロと衝突したブルースがそのままいい感じで退場するとかだったら嫌なんだけど!二人は永遠のライバルじゃない!」
「そうだな」
「どんな決着でも私は受け止めるけどね!帰って読むのが楽しみだわ!……ってあれオウイチロウさんなんか買ったの?」

私が一人で語っている内にオウイチロウさんはいつの間にか本を買ったのかこのお店の袋を持っていた。

「いやー俺もそういえば欲しい本あったなって」
「何買ったの?」
「俺たちがどう生きるのかを示す本」
「さすがオウイチロウさん、博識なのね」
「そうそう、そうなのー。ハヅキちゃんもそれ買っておいでよ」
「うん!」

目的のものを買った後はすぐ隣にあった喫茶店に入ることにした。
アンティーク調な家具達で雰囲気をまとめて整えられた、こぢんまりとした癒しの空間。
店内BGMも全く知らないが女性がボーカルのおしゃれなジャズ?みたいなのが流れている。

「何頼もうかな」
「俺は飲み物だけでいいや。君は好きなもの頼みなよ」
「オウイチロウさんも好きなもの頼んでいいのよ?」
「あー食欲ないからさ。アイスカフェラテでいいよ」
「そう?んじゃ私もおんなじ飲み物といちごパンケーキってやつをたのも!」
「コーヒー飲めるの?」
「甘ければ大丈夫!コーヒー牛乳は好きよ?」
「だいぶ甘いなあ……

若い女性店員さんを呼ぶ。
黄色い髪の可愛いウェイトレスの女の子がやってきた。
チェック柄でパステルカラーの制服がかわいい。私も着てみたい。

「ご注文お決まりですか~?」
「アイスカフェラテ2つと、このいちごパンケーキを1つください」
「は~い。かしこまりました~!注文はいりまーす」

ぱたぱたとウェイトレスさんはメモを持ってカウンターのおじさんのところへと走っていった。
あれ、あの女の子同じクラスで見た気がするけど……まさかね?

「こういうところあんま来ないんだけどたまにはいいもんだね」
「そうでしょ?」
「お前もはじめてだろう、常連面しないの」
「あ、ねえオウイチロウさんって今更だけど社会人?それともまだ学生?」
「大学生だよ」
「あ、そうなんだ!え、大学にそれで……?」
「もういいでしょその話は……
「思ったよりも年離れて無くてよかったわ!高校生と大学生のカップルなら全然ありよね」
「お前本当に、勝手に俺と付き合ってる設定にしようとするよねすぐ」
「未来は確定してますから」
「してません。」

正面からゆっくりとオウイチロウさんを眺めるのはこれで2度目だ。
頬杖をついてけだるそうな態度をして、眠たげな目は窓から遠い景色を眺めている。あ、隈がある。寝不足なのかな。
あの頭の角も相変わらず時々微かに揺れている。無意識だろうけどすげえな。
私がじっと観察してると突然こちらに瞳が動く。
その瞳に捕らえられると、心臓がひと際過剰にドキッとする。

「なに?」
「いえ……ただ……かっこいい~って思ってみてました」
「あはは……
「ひょっとして、こういう風に褒められるの得意じゃないんですか?」
「え、あ。まあね」
「なんか毎度そうやって笑って誤魔化すからなんでかと思ったんですけどやっぱり」
「こないだも言ったけど俺あんまり自分に自信ない方だからさ……客観的に褒められても実感持てないんだよね。だって俺自分が好きじゃないから」
「そんな悲しいこと言わないでくださいよ」
「色々あるとね、大人になるにつれて人は荒んじゃうんだよ。俺が例」
「私、オウイチロウさんのことまだあんまり知らないからよくわからないです。ただかっこいいということしか」
「その内嫌でもわかるさ、人間の嫌な部分からは逃げられないからな」
「それは、そうですね」

服とか……って思ったけどそろそろしつこいと思って言うのはやめた。
話しているオウイチロウさんはいつもより鋭い目つきというか、ちょっと怖い目をしている。
だって昼なのに夜みたいに暗い瞳で私を見ていたから。
いや、私なんか見てなかったかも。何も見てない。確かに正面を向いているけど私の知らないものを見ている目だった。
彼の色々を私は何も知らないけど。私には大変だったんだろうって一言で済ますくらいしかできない。

「でも多分、私しつこいタイプだからどれだけ嫌なことがあってもオウイチロウさんのことは好きな自信ありますよ」
「なんで?」
「どれだけ嫌な部分を見つけたところで私が好きなあなたはいなくならないもの。」
「お前――……

「お話し中失礼します!ご注文のカフェラテといちごパンケーキです~!ご注文は以上でよろしいでしょうか?」

「え、あ、はい」
「かしこまりました。引き続きごゆっくりどうぞ~。」

ウェイトレスさんは元気そうにものを置いたらすたすた去って行って店主の人と談笑しに戻っていった。

「わー!おいしそ……っ!いちごカラーのパンケーキかわいい!形までいちごだ!クリームとソースがまたいいわね~これは写真撮らなきゃ!!友達におくろ~」
「ほら砂糖、自分でコーヒー牛乳くらい甘くするんだぞ」
「あ、うん。置いといてー」

私が写真に撮るのに夢中になっていると、オウイチロウさんはふっと笑っていた。
とっても柔らかくて、あったかい気持ちにさせてくれるような。

パンケーキを撮るフリをしてついでにそれも撮っておいた。

これも私の春の思い出になるから。