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「もう紡ぐべきでもない記憶でしかないの」

O SPRING -2



「本当に泊まっていかないんですか!?大歓迎なのに!」
「悪いけど今日はうち帰らないとなんだよねー」
「お母さん!いい感じに止めて!」
「無茶言わないの」

喫茶店で優雅なお茶会を楽しんだ後の夕方、ハヅキを家に連れて帰り母親が帰ってくるまでと決めてのんびりお邪魔していたところである。
しかし、母が帰ってきたのだから俺はお疲れ様ということで帰ろうとしたら駄々をこねてこうして延々泊まっていけと言われている。
掴んでる手を優しく振りほどこうにも不思議なことにうんともすんとも言わない。なんならちょっと強く握られているのだがまあまあ痛い。

「学校が本格的に始まったら少なくとも朝はいっぱい会えるだろ?」
「でもオウイチロウさんも学校あったら来れない日もあるかもじゃないですか」
「俺は9時始まりだから君を送るくらいはできるよ」
「あ、そうなんですか?やったー!朝は独り占め!」
「だから今日は一旦お別れ、わかったか?」
「ううう……じゃあ後でまたWIREでメッセージ送ります!絶対すぐ返してくださいね!」
「あー、うん」

すぐ確認して返信する保証はないがとりあえずこの場を凌ぐ為にも適当に返事する。
でないと俺は一生解放してもらえないだろう。
俺が見えなくなるまで手を振るハヅキだったが、さすがに見えなくなったら名残惜しそうに諦めドアを閉めた。
さて俺は俺の用事を帰ってやらねば。あの時本屋で買った本を確認する。

「最新刊、読まねば……!!」

念のためカバーをつけてもらっていたが中身はハヅキが買ったものと同じだった。
なんとなく同じものを買ったのがバレるのが恥ずかしくて隙を見て買わせてもらった。
本来は式が終わった後ハヅキを家まで送ってから一人で買いに行こうと思ってたのだが、まあいい。

俺の家は結構年季の入ったマンションの一室だ。彼女らの家からは徒歩なら10分位はかかる場所にある。
他人に渡された部屋なので家主は本当は俺ではないが、渡した本人はどっか行って以来暫く見ない。
家賃については特に連絡がないところを見るに一応払われているということだろうけど。
会いたくもない存在なのでどこで何してようがどうでもいいが。
階段をあがり、エントランスで一応郵便ボックスを確認してからエレベーターのボタンを押す。

…………。あれ、壊れてる?」

ガランとしたマンションなのに上の階にいるらしいエレベーターが全然降りてこない。

「めんどくせーなあ……。階段であがるか」

背を向けて階段の方に行こうとしたところで後ろからエレベーターが開く音がした。

「ああああああああっ!先輩!こんなところにいやがったか!」
「あー……?なんだ君か……
「なんだとは失礼な!あんたの可愛い後輩がきてやったんだぞ」

和服で包帯だらけの変な男は、静かなマンション中に響く大きな声で喋ってくる。
頭痛持ちだったら確実に頭が余計痛くなるだろう。
これがこの人の常なので声を抑えるということを知らないのだろうが。
可愛いとは言えないいかつさでどの面下げて可愛い後輩などと。

「何の用ですかー」
「朝ご挨拶に伺ったのですがいらっしゃらなかったので!探してました」
「挨拶しにきただけ?」
「日中であれば外出される先輩の行き先へお供したかったのですが……。」
「うんうん、わかった。じゃあね」
「ちょっと!もうすぐ学校でまた会えるとは思いますが、やはり先輩がいないと気持ちが締まらないんですよこっちは!」
「それはそちらの事情でしょう」
「なぁんで俺にはそんな塩なんですか!」
「めんどくさいから」
「ズバッと正直に言うな!!」

この人はこの調子でなぜか永遠に元気で、疲れてる時であろうがなんだろうが気にせず突撃してくる。
元気なことはいいことだが……。本当にずっっっっっとついてくるのが問題だ。
俺は残念ながら一人の時間が必ず必要なタイプだ。しかし……
犬を飼った覚えはないのにまるで生えているかのように過剰に尻尾を振り喜んでついてくる。
適当に日ごろから心証を悪くする言葉を敢えて言いまくってるのだがそれが逆効果で、褒めても貶してもめげない。
そして何が何でも俺を見つけにくるド根性まで備わっているらしい。
多分今日とか一日中俺のこと探し回っていたんだろうな。
つまりこの人は俺に対しておおよそ無敵のストーカーなのであった。
なんでこんな懐かれてるのか俺には未だよくわからない。

「ところで今日はどこ行ってたんですか?」
「君に教える必要ある?」
「あります」
「ないよ……
「んー。先輩のいそうな場所は大方行ったのに会えなかったということは普段行かない場所に行ったはず……

なにやら考察を始めたので知らん顔でエレベーターに乗り、目的の階を押す。

「あ!ちょっと置いていかな——

相手が気づいた時には扉は閉まって上昇しはじめる。
なんなのだあのかまってちゃんは……
一息つけたと思ったら何故か先ほどと同じ光景がそのまま出てきた。

「ふ、ふふふ……舐めてもらっちゃあ困りますね、先輩!」
「階段全速力であがってきたの?」
「もちろん」
「そっか頑張ったね」
「お褒めいただき有難う御座います……ってそうじゃない!人が話してる時に置いていくんじゃねえよ!」
「置いていくってことはそういうことなんだけどわかるかな」
「急に頭が悪くなったのでわかりません。」

なんとしても俺の会話キャンセルを受け付けないらしい。
早く部屋に戻って静かに漫画読みたいんだけど……

「もう十分楽しいお喋りはしたでしょ~挨拶しにきただけならもういいじゃ~ん」
「それはそうですけど……ほんとにどこ行ってたのかだけ気になります」
「知り合いの子が高校の入学式だったから保護者代理として参加してただけだよ」
「あっなるほど!高校とは盲点でした!」
「仮にわかったとしても知り合いがいるから今のテンションで近づかないでね」
「どうして?」
「君がなんでもかんでもすぐ嫌って威嚇するからだよ」

配慮などせず言うがこの人は友達がいない。
人間不信なのか単に交流が下手なのか、俺以外には気に食わないとやたら噛みつく悪い癖がある。
せめて後ろでおとなしくしててくれればいいものの。
俺が心底困った顔で何度もそう言っているのに相変わらずあまり伝わっていないから困り者なのだ。

「まともな人相手なら俺だって礼儀位は弁えます!でも、周りに卑怯な奴らが多いから直接やり返してるだけです」
「おとなしく無視する方がかしこいよ」
「いいえ。言わせておくだけじゃ駄目なんです!ああいう輩はほっとけば天狗になりやがるんですから!どこだろうと俺はこの姿勢は崩しません」
「なんでもいいけど俺以外にあんまし迷惑かけないでね。じゃあね」

喋りながら鍵を開けておいた自室へのドアを開いて彼と世界を別けるようにドアを閉めた。
なんだかまだ喋ってたような気がするけど間もなく声は消えていった。
やっと己だけの静寂に帰れたことに安心した。
ずっと漫画を早く読みたいという気持ちばかりで急いでて今更思ったけど……


そういえばさっきの子の名前、なんだったっけ?


「毎日顔見せないと先輩に認知してもらえないから意地でもやって来たっていうのに、また忘れられてた気がする……

そんな、扉の前の小さな嘆きは俺へと聞こえはしなかった。