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「もう紡ぐべきでもない記憶でしかないの」

O SPRING -3



こっそりとハヅキの部屋を覗いたが本当に眠ってしまったようだ。
ベッドにダイブしたまま寝たのだろう雑な体勢が彼女が限界だったことを物語る。
別の道からこの家まで渡ろうとしてた時。
ぶつかりそうになるのも気にならないとひたすら走るハヅキを見かけてただならぬ嫌な予感がしたのだ。

(なにがあったのか聞くなって本人に言われたから聞けないけど、昨日も出かけてる最中に具合悪くなったって言ってたし……
それなのに心配するなって方が無理がある)

ナカイから昨日のことは聞いていた。
俺しか使えないだろうと思ってたあの方法で落ち着かせたらしいけど。
『あれ』ははっきり言って魔法なんかじゃない、呪文だ。
元々「嫌なことがあった時にもゲームみたいに簡単に記憶を消せたらいいのに」ということからできたものだった。
普通に考えて無理なんだけど、不思議なことに効果もある人間もいるのだ。
出来たらあんなもの使わないほうがいいけど……
ハヅキの場合はそれくらいしないと耐えられないこともあるのだ。

「嫌な記憶に苛まれながらここで暮らさなきゃいけないなんて可哀想だろ……。ここは起爆剤だらけだってのに」

なんて、どれだけ哀れんでも所詮俺は部外者なのだが。
ハヅキが俺に好き好き言ってるのに少し自惚れて、簡単にコントロールできそうだと思っていた。
でも肝心な時にこうして俺にも耳を貸してくれないってことは好感度が高いように見えてもまだ他人なんだということだ。
お母さんが相手だったら、お父さんが相手だったら。おそらくもう少し甘えてくれたかもしれない。

俺は罪を償う為にここへ来たのではなかったのか?
「近所の優しいお兄さん」のフリをして側にいるだけが罪を償うことになるのだろうか。
否。そうそう簡単に罪なんて洗われない。
犯した闇は永久に絡みついて償え、償えと呪い続ける。
だからこそ罪悪感っていうのは心の片隅に住み続けて時折呼び起こされるんだ。

ハヅキは起きてくるまでそっとしておくとして、1階に戻りリビングの方で暫く無計画に待機することにした。
リビングとキッチンを仕切るように置かれたキッチンカウンターの前にはソファが置いてあり、そこへ脱力してもたれかかる。
首に巻いたままのマフラーは擦れてずれ、口元まで覆う。

ほんとに。ずっとずっとあの子のことを心配してた。
最悪な時は夢に出てくる程後悔の塊になっていた。
だから多分、もう一つ理由があるなら元気な姿を見て安心していたいんだ。
これもまた自分勝手なことだけど。
俺も、少し眠ろう。瞼が重くても満足に眠れないから疲れだけはいくらでも抱え込んで生きているし。
今のうちに数秒でも……

ピンポーン
「あ……?誰だろ」

突然チャイムの音が聞こえる。
ドアホンのモニターを確認することにした。
全く。音なんか鳴らしたらあの子が起きてしまうだろう。
モニターには誰も映ってなどいない。
いたずらか?だったら……

ピンポーン

再度鳴る。
なんとまあ、しつこい。
モニターに映らないことをいいことに遊んでいるならタイミングも質も悪い。
俺は家主代理の顔をして玄関のドアを開けて門の前まで出向いてやることにした。

「おーい!誰だ!人んちのチャイム鳴らしまくってるのは!」
「あ!やったー!先輩!」
「コンニチワ?」
「うわ……っ」

知らない少年?とストーカーがお出ましてしまった。

「お前は子供じゃないんだからチャイムで遊ばないでくれ」
「遊んでねえよ!ちゃんと用事があるから押したんですってば!」
「じゃあ用件をどうぞ」
「いやね、実はこいつとそこで出会ったんですけどなんかここにいるらしい友達に謝りたいとか言ってて」
「ハヅキはここにいるです?ゲーム機壊してしまったの謝ると返してあげたいです」
「ゲーム機?」

少年は両手に真っ二つの機械を持っている。
注視してみると、見覚えのあるシールが貼られていた。

「それ、あの子に返そうとしてたの?」
「はい。なんですが。さっき渡そうとしたら怒られて、その時これコワレマシタ。」
「そっかそっか、でも壊れたままじゃ多分ハヅキも嬉しくないと思うよ?」
「これ。修理に出したら新品に交換かもってハヅキが言ってました。新しいものでもいいんでしょうか?」
……新品にするかどうか以前の問題なんだけども」
「問題ってなんですか?」
「さあ。まあハヅキに会いたいって言うなら今は絶対に無理だよ。体調崩して寝てるから」
「だってよ。明日とか改めた方がいいんじゃねえか?」
「わかりました。では」
「あ、そうだ。ちょっと待て。俺がそれ直しといてやろう」
「え、君そんなことできるの?」
「へへーん!実は実はクニサダさんはとってもできるやつなんですよ!」

ふんぞり返って俺に自慢してくる。あんまり興味ない。
そういえば、今思い出したけどこの人って高校の頃は美術部とか入ってて賞受賞してた気がする。
多彩というか、天才肌というやつか。

「ホントにこれ直してくれるんですか?」
「今日は夜引きこもる予定だからいいぜ、貸してみな」
「アリガトーゴザイマス」

ぺこりと律儀に深く礼をしてから持っていた機械を手渡す。

「直ったやつどこ持っていけばいいんだ?」
「明日も明後日も明々後日も弥明後日も五明後日もここからすぐ近くの公園にいます。朝からずっといますので」
「朝からずっとォ?そこでなにするんだよ」
「椅子に座ってぼーっとします」
……先輩、こいつ頭大丈夫だと思います?」
「失礼だろ」

さすがの変人もさらなる変人を前に危ぶむようだ。

「えっと、君まだ学生くらいの年に見えるけど学校は……?」
「高校に今日行ったのでもう行かないです。もう目的は果たしましたから」
「まじでこいつ頭がおかしいんだと思いますよ先輩」
……

さっきからところどころ言動が怪しいと思っていたが、かなり不思議な子だ。
なんというか……まだ言葉を学習中の人間になりたてな宇宙人みたいな。
学校を1日行ったからもう行かないと言うしとにかくどこか一般的なルールや知識が足りてないんだろう。

「一応教えてあげるけど、学校って言うのは決まった期間毎日行くものなんだよ?好き勝手に行くものじゃないの」
「ホホー。はじめて知りました」
「お前高校生なんじゃねえの……?小中通ってるはずだよな?」
「ショーチュー?ってなんですか?あ。お酒と聞いたことがあります」
「もう俺こいつと話すのやめます。後は任せました」

俺の背中側にまわりこんで隠れるように会話を拒絶しはじめた。話が通じづらい煩わしいタイプが苦手なようだ。
正直俺も喋ってると相手が無知すぎて話が進まないばかりで堪らない気分である。
後いい加減家の中に戻りたいし。

「あーうん、そうだね。わかった。じゃあ君たちはまた明日そこの公園で会おうねじゃあ俺は戻るから」
「はい、バイバイです」
「俺置いて逃げようとしないでくださいっ!!」

少年はぺこりと頭を下げ、言われたとおりに去っていくがもう一人は家に入っていく俺についてきてしまった。

「こら!野良犬がお家まで入ってきちゃダメでしょ!」
「誰が野良犬じゃぼけっ!!」
「しーっ!大声出さない!2階で人寝てるんだから」
「あっごめんなさい……

静かにすること、他人の家なので礼儀を守ることを条件にとりあえずそのままついてくるのを放置することにした。
多分追い出しても逆にごねる為に騒がしくして悪影響出そうだから。
よその家なんだけどなあ……

「あ、後その機械。上の階で寝てる子が起きてきたら見せないようにしてね」
「どうしてですか?」
「頼む。そうしてくれ」
「ううむむむ……了解っす」

袴についてるらしいポケットの中に忍ばせる。どんだけ中は深いんだろう。

「じゃあ俺は寝るからおとなしくしてるんだよ」
「子供か犬みたいに扱わないでください!」

さっきと同じソファを一人陣取り俺は寝る体制を取る。
マフラーの所為で相変わらず眠りづらいのだけど、1~2時間の仮眠程度ならむしろ寝づらい方が都合がいいかもしれない。
あっちは床に胡坐をかいて座り、俺の様子を見ている。
多分寝かせるつもりはないんだろう。

「ここってひょっとして最近やたら入り浸ってる例の知り合いの子のとこですか?」
「守秘」
「ここまで来て守秘もなんもないっしょ。今日も授業終わって午後暇ってわかった途端こんなとこまで行っちゃうし」
「まさか大学からずっとつけてきた?」
「はい!俺も暇だったのでお供しに参りました!」
「お供じゃなくてそれはストーキングだよ」
「それはどうでもいいんすけど。どういう関係なんですか?ここの人とは」
「母親の仕事が夜まで忙しいから隙間見て様子見てあげてるだけだよ。娘はあんまりここの治安とか詳しくないから」
「つまり慣れるまでは今みたいにするってことですか?」
「慣れるまでというか、ってかなんでお前に俺の事情話さなきゃいけないの?お前は完全に無関係だろ」
「付きまとう身としてはやはり色々把握しておくと動きやすいです」
「うぜー」

堂々と発言をし続けるのは自覚してか無自覚か、判別しづらいが本人の中では悪いことだとは思ってないのだろう。
めんどくさくなったところで俺はソファの背もたれの方を向いて改めて目を瞑る。
この人に反応してたらキリがない。というか話さなくていいことを根掘り葉掘り聞いてくるだろう。

「ん?なんか音がしたぞ。外か?なあ~先輩、先輩ってば~」

知らん知らん、スルー。

「うー……しょうがねえなぁ~。タヌキの代わりに俺が確認してこよ」

後ろにいた気配がどこかへと消えていく。
あいつどこ行く気だ?音がしたとか言ってたけど―――……


「きゃあああああああ誰よあんたぁ!?不法侵入!強盗!オウイチロウさん!オウイチロウさああああああん!」
「うるっせえなああああ!テメエこそ誰だよ!?会った瞬間絶叫しやがって失礼だろ!」
「ここは私の家よ!馬鹿!不審者あああああああああ!」

あー。うるさ。