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「もう紡ぐべきでもない記憶でしかないの」
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SPRING-6 sideB
ハヅキちゃんはある事件から精神状態が不安定になってしまった。
彼女の発作は必ずトラウマを刺激することから始まる。
僕はてっきりハヅキちゃんがこっちに戻ってこられる程安定してるのかと思っていたけど。
ここでのことをほぼほぼ忘れていることからもわかるが、これは、ただ記憶に蓋をしてるだけだ。
治った訳じゃない。蓋をして開けないようにしてるだけなんていつ起爆するかわからない爆弾と変わらない。
多分、彼女のトラウマの大部分は相変わらずアレなのだろうが
……
。
病院であんな姿を見ていたのに。
彼女の傷が深い理由は僕の所為でもあるのに。
それなのに僕はまた過ちを犯してしまった。
「ハヅキちゃん、どこかで落ち着こう。大丈夫。怖いものなんてなんにもいないから泣かないで」
「ああ
……
ああ
……
!!いるわ
……
!いるの!あいつが!私を殺そうと
……
」
「よしよし、大丈夫。ここには今は僕しかいないよ」
ひたすら耳をふさいで何かに怯えるハヅキちゃんを抱きしめたり頭を優しく撫でたりして慰めた。
それでも、僕じゃ落ち着けないのはわかってる。むしろ誘因になることだって
——
……
。
「あらあら、子供が泣いてるじゃありませんかー」
知らない男の声が聞こえる。
ハヅキちゃんだけを集中して目の中に入れていた所為か前を向くと緑髪の変なお兄さんが立っていた。
「その子どしたん?」
「え、えっと
……
ちょっと嫌なことを思い出しちゃったみたいで」
「ほおほお。よーし、お兄さんに任せてみな。少し離れててくれる?」
「え
……
?」
謎のお兄さんは蹲ってうわ言を言い続けるハヅキちゃんの前に嫌な顔とか不思議な顔とかせずに目線が合うようにかがむ。
「ハヅキ」
「あ、あう
……
」
『いいか。お兄ちゃんの言うことをよーく聞くんだ』
「お、お兄ちゃ
……
ん?」
『前に嫌なことを忘れるおまじない、教えただろ?思い出して。』
「あ、頭の中をか、か、からっぽにして、リセットす、る?」
『そう。ちゃんとできるか?』
「わたし、できるよ
……
とくいだから
……
」
『よし。俺がカウントダウンしたらすぐ忘れるんだぞ。3、2
……
1』
「あっ。
………………
」
ハヅキちゃんはぷつんと糸が途切れた人形みたいな様子で虚ろな瞳が地面を暫し見つめている。
さっきまでの元気な彼女を見ていた所為か、その姿は通りかかる人には酷く不気味だったろう。
僕には二人のやりとりがよく聞こえなかったけど、お兄さんがハヅキちゃんに何かを施したことだけは確かだ。
「ちょっと!ハヅキちゃんになにしたんですか
……
!?」
「見てて」
「は?何を
……
っ」
「あれ?私何してたんだっけ?」
「ほら治った~」
「うわ、だ、誰この人!?」
「ハヅキちゃん
……
僕はわかる
……
?」
「あ、ナヲ君。え、えっと私まじでなんで床に座ってんの?」
どうやらハヅキちゃんはちゃんと正気に戻ったようだ。
ひとまず僕は安堵した。けれど
……
。
「どうやってハヅキちゃんをもとに戻したんですか?」
「企業秘密ですよーってか君には使えない方法だし?」
「なんで僕じゃ駄目だって言い切れるんだよ」
「だって、事件の原因の一部なんだろ。君には無理だよ」
「は
……
?」
何故、知っているんだ。
いや。かまをかけているだけかもしれない。
するとお兄さんは耳元で嘲笑うように囁いた。
「
―――
君が今までも、これからも抱えてること、すべて俺は知ってるからね」
その悪魔の言葉に強烈な不快感を感じ、すぐさま突き飛ばした。
「なんなんですかあなた
……
っ!」
「とりあえず今日は君のピンチを救った恩人だね」
「??なになに。まじで何事?」
「ハヅキちゃん!行こう!」
「ちょっと~。助けた人にお礼はない訳~?ケチだなあ~」
「ああ、ハヅキちゃんを助けてくれて有難う御座いました!それだけです!」
僕はハヅキちゃんの手を引っ張ってお兄さんからどんどん距離を取る。
お兄さんは追ってこなかった。
ただ突っ立って僕らを眺めている。
すべて知ってるって?
事件のことも、僕が何をしてるのかも全部全部あの人には筒抜けだと?
僕だけのものが誰かに無断で共有されていることに、吐き気がする。
あの人は、あの人は何かがおかしい。
きっと関わってはいけない。
「おーい!ナヲくーん!?ねえ聞いてる!?」
「あっ」
ハヅキちゃんの呼び声でやっと現実に戻ってきた。
「ちょっと、さっきの人怖かったからなるべく逃げたくて
……
ごめん
……
」
「腕、痛いから離してほしいかも」
「うう、ごめん
……
」
無理やり引っ張ったことに少し立腹なハヅキちゃんも可愛い。
と、そんな場合ではない。掴んでいた腕を放す。
「なんか、お互い雰囲気悪くなっちゃったわね」
「え!そんなことないよ!」
「そう?私も何分か記憶ないし
……
なんかやらかした気しかしないんだけど」
「ぼ、僕は全然気にしてないよ。むしろ僕が悪いし
……
」
「「うーん
……
」」
互いにこのぎこちなさに困ってしまう。
このままおひらきとかは絶対に嫌なんだけれど。
せっかく二人でデー
……
おでかけしてるっていうのに。
どうにか挽回できないだろうか。
「あ!ねえねえ、あそこの雑貨屋さん見ていい?」
「うん、いいけど」
「一緒にいこ!」
今度はハヅキちゃんが僕の手を引いてくれる。
若干痛いがこの状況の多幸感には勝てない。
ハヅキちゃんが目指したお店はマスコット系のグッズを多く取り扱うお店のようだ。
壁や床はピンクや水色と春らしいパステルカラーにオリジナルなのであろう愛らしいキャラクターがデザインされていて、
そこに白色でまとまったアンティークな商品棚が並ぶ。
隅に置かれたテントの中ではぬいぐるみが秘密のお茶会をしていたり部屋の真ん中には動物たちが暮らすドールハウスが置かれてあったりと
店主の趣味というか楽しめる工夫が垣間見える部分もあって、ハヅキちゃんは特に楽しそうに店の中を歩き回っていた。
僕にはこれといってハヅキちゃん以外の興味がないので大好きなハヅキちゃんだけ追尾する監視カメラみたいに追いかけていた。
「きゃーっこのぬいぐるみかわいい!」
「ほんとだね」
「つぶらな瞳が私を見つめているわ
……
みんな連れて帰ってほしそう」
彼女は両腕で抱けるほどのサイズの猫のぬいぐるみをもって愛おしそうに見つめる。
ぬいぐるみに意思なんかないし、そんなわけないとは思う。
「うっ結構高いわね
……
で、でもなあ~あの子可愛いしこの子も可愛い
……
」
「一緒に帰りたそうなら1匹くらい買ってもいいんじゃない?」
「実は、前にこの調子でぬいぐるみとか買って時期があってお父さんに「なんでもかんでも理由をつけて買ってたら部屋でぬいぐるみの洪水が起きちゃうだろ!お小遣いも有限なんだから自制しろ!」って言われたことがあって
……
」
「あはは、お父さん厳しいね」
「でもね!ぬいぐるみって1匹1匹違うのよ!?ほらよく見て!この子とあの子じゃ違うわ!」
全然わからない。一見して全く同じ顔が色違いで大量に並んでるだけだった。
などと考えてはいるが声にだしたらハヅキちゃんに幻滅されそうなので自分を殺す。
「
……
じゃあさ、僕とハヅキちゃんで1匹ずつ買うのはどう?これは今日の思い出ってことならいいんじゃない?」
「いいわねそれ!この猫ちゃん達も私達みたいにお友達ってことね!」
「せっかくなら買ったものを交換するのはどう?もっと記念になると思うんだ」
「うんうん!そうしましょ!じゃあ私この子をナヲ君に預けるわ。寂しがりやみたいだから優しくお世話してあげてね!」
「僕はこの子にしようかな。ハヅキちゃんにはこの子はどんな風に見える?」
「うんと~
……
ちょっと変わり者かしら。でもとっても良い子よ」
「そうなんだ、じゃあハヅキちゃんはこの子を大切にしてあげてね」
そう言って決めた2匹を購入して渡しあう。
「今日から毎日私と一緒だからね!寂しい想いはさせないわ!」
(ぬいぐるみはいいなあ、ハヅキちゃんに簡単に愛してもらえて
……
)
ハヅキちゃんが袋越しに抱きしめるぬいぐるみに軽く嫉妬しながら店を出る。
その後はお腹が減ったからと立ち寄ったファーストフード店で偶然ハヅキちゃんが好きらしい漫画とコラボしたセットが出ていて
ハヅキちゃんがそれの付属品みたいなおもちゃが欲しいとか言い始め、僕がそれに付き合ったり。
結局二人で買ってハヅキちゃんが一番好きなキャラのおもちゃはでなかったみたいだが。
なので、ハヅキちゃんはさらにお持ち帰りを買いなおしていた。
「それで被ったらどうするの?」
「それはね、出るまで買い続けるのよ」
「お金あるの?」
「お母さんに強請るわ」
「もしかして毎日ハンバーガー食べるつもり
……
?」
「うん」
「そ、そっか
……
頑張ってね
……
」
熱意というか少しはみ出た理解できない狂気には僕から言えることはなく、さっさと出ることを祈るのみだった。
「じゃあ今日はこの辺で!あんまり遅くなると危ないから早めに帰ってきなさいって言われてるのよね」
「ちょっと残念だけど
……
そういうことなら仕方ないね。じゃあまた明日」
「うん!ナヲ君の暇が合ったらまた今日みたいに遊ぼうねー!じゃあねー」
ハヅキちゃんはそのまま来た道を走って家へと全速ダッシュしていった。
見送ったら僕も今日は安全に帰らないと。
だって今日は一つ、大事なものをもらったから。
ハヅキちゃんからもらったぬいぐるみ。
別にこれは彼女自身ではないけれど彼女から託されたものならば分身といえるのではないだろうか?
「なんとも感じなかったけどちょっと可愛く見えてきたな。いや、すごく可愛いかも。君も僕が守ってあげるからね」
今日はしくじってしまった。彼女のこと守るって言ったのに。決めてたのに。
彼女のどこまでが「あの人」に繋がっているかわからないから下手に過去の記憶のまま踏み込むと今日みたいにまた事故を起こしてしまうだろう。
ああ、憎たらしいな
……
。呪縛という形になってまでも彼女の中にずっといて残り続けるんだな。
僕にとって彼女がすべてでも、僕は彼女の記憶から消える程何にもなれないことが悔しい。
「あんな人より僕の方がハヅキちゃんのこといっぱい考えてるのになあ
……
」
子どもっぽく「あの人」に嫉妬をする僕もまた、同じく過去の茨に縛られている。
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