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「もう紡ぐべきでもない記憶でしかないの」

知:Unknown -1



時刻はもうすぐ22時前。
今宵は青白く輝く上弦の月が腐れたこの地を照らすのだろう。

「俺達が特殊だからってこんな時間出歩かないほうがいいというのに」
「どうすればあいつの機嫌を治せるんだ……クソ、あいつの溺愛っぷりならあれで治ると思ったのに!」
「お兄ちゃ~ん。妹はお前と離れてる間に成長してんだよ。昔の記憶で物語ってると痛い目見るよ」
「俺には昔の記憶しかないもん!」
「前を見ろ、前を」

歪に点滅する小さな街灯が弱弱しく道を示す狭い道路。
白線で区切られ辛うじて歩行者と自動車の境界があるけれど結局障害物が一つ置かれるだけで無意味になるのだ。
そんな道を頭を抱えてそれはそれは困っている様子の「お兄ちゃん」と、それに対してあくまで事実のつもりで返す付き添いが呑気に歩いている。
昼と打って変わり漂うほぼ完全たる静寂が人に危機感を妄想させるし、逆に根拠のない余裕すら生んでしまうだろう。

まあ俺は人が近づいてきたら遠くてもすぐわかるのだけど。

今のところ、人はこの辺にはいなさそう。
死臭、腐臭。とにかく不快な臭いを纏ったゾンビみたいなものなら相変わらず歩いているか。
四六時中年中無休で徘徊してるけど精神壊れてるにしたって疲れないのだろうかなんてちょっと考えてみる。
まあそっちの道は俺たちは使わない。急いでる訳でもないのにわざわざ地獄の道を行く馬鹿はそうそういない。

「ってかお前なんでついてくるんだよ。お前の仮家は俺とは別の道だろ」
「今日はオウイチロウ君にお家泊めてもらおうかな~って」
「げ。他人の家で飯食ったうえで俺の家を宿に使おうなんて烏滸がましいにも程があるぞ」
「勝手に入って勝手にベッド占領するからいいよ」
「ぐすん。俺は地べたで寝るしかないのかぁ~」

理不尽に振り回される俺可哀想でしょう?とここには誰も慰めてくれる者などいないのにわざとらしくめそめそするのがオウイチロウである。
かと言って俺は長らくこいつのこのわざとらしシリーズを見守っているのでそろそろもう慰めるのとか無駄だと感じている。
相手も普段はこちらに好き放題そっけなくしたり侮辱してくる訳だし。おあいこであろう。
それにこの人どうせ家帰ったら4時とか5時まで延々と同じ作品のアニメの録画を無限に周回しはじめるからベッド占領されても別に問題はあまりない。
そうして冷たく放置されるベッドを俺が代わりに使って温めてあげるのだからもし家具に命があるなら俺の方を選ぶであろう。

……本当なら俺だって、あの家で眠れるはずなのに」
「オセンチタロウでた」
「うるさいな。お前は家族とかいないから俺の気持ちは理解できないかもしれないけど、俺だって家族ともっと過ごしたかったんだよ」
「寂しいの?」
「時々、な。俺は別に化け物に生まれ変わった訳じゃないし依然として人の形をしていて人並の心すらあるんだからどんだけ慣れたフリしてもボロがでてくる。はああ……まじで、町も俺もどうしてこんなことに……あの日まではあんなに平和だったのになあ」

俯くオウイチロウはその名の仮面を外して、死んだものとして己の孤独を吐露する。
彼の言う通り決定的な日を境にこの町で生きるものの人生は急速に狂い始め、多くは篩い落とされていった。
ここは今、正気を試す地だ。もしくは、狂人の為の遊技場かもしれない。
今も尚生き続けている生存者が強く確実に正気なのではない。人の持つ狂気を試し、適合できてしまった為に形を保っているだけ。
少年少女がたった一人で危険の潜む道を歩いて登校していたって誰も「危ない」なんてわざわざ正義ぶって言わないのは、自分が大事で見慣れてしまったから。「助けてくれ」なんて望まないほうがいい。正義の味方はこの町にはもう、いない。増えるのは悪役ばかりだ。
それでいて事故や事件があれば他人事として「怖いね」と言うのがこの町の普通だ。
明日は我が身かもしれないのになんと呑気だろうか、と俺は嘲笑っている。
この蔓延したウイルスはいずれ止むのだろうか、それとも永久に蝕み続けるのだろうか。それはわからない。


「ぎゃあああ!?なんなんだお前らはーーー!!」


突然誰かが路地裏から叫んでいるのが聞こえる。
あれ。人の気配しなかったのに。
……ってああ、聞き慣れた声だった。あいつか。

「ねえなんか今人の声聞こえたよね?」
「気のせいだよ早く帰ろうぜ」
「なんて薄情なの?」
「俺にだけ言わないで」

大勢の足音が聞こえる。団体ならば余計に気にせず帰った方がいい。
そんなことお前もわかってるはずだろう。
と、思っていたらオウイチロウも嫌な気配を察知して逃げようとアイコンタクトで合図する。
それに頷いて巻き込まれる前に走り出した。
今日はいっぱいマラソン大会をするなあ。
逃げながらちらっと後ろを見ると遠くに真っ黒な服を着た集団に襲われている例の和服男がいる。名前は忘れた。
奴も目が鋭いのか、慌てながらもこちらに気づいたが俺はすぐに視線を外して見なかったことにした。

「ちょっと!そこの二人共!置いていかないで~!」
「やばい、巻き込まれるぞ」
「ひとまず家まで逃げ切ろう!!」

オウイチロウのマンションまで約200m。
似たような道が続くのだが、どこかに隠れられる場所はないだろうか。

「もー!なんで人が困ってるのに置いていくんですか!」
「「うああああ!?いつの間に!」」

俺達は揃って悲鳴をあげた。
さっきまでさらに遠くにいたはずの奴がもう真後ろにいた。
夕方の時も感じたがやはりこいつ、なにかがおかしい気がする。勘だけど。
人間が最速で200mを19~20秒程度使って走ってるというのにこいつはきっと半分以下の秒数で突っ走れるだろう。
本当に足が異様に速いだけの卵という可能性もあるから極論では言い切れないけど。
風の抵抗とかそういう細かいことを無視してでもできる瞬間的な速度なのだから仮装リレー世界一があったら簡単に取れる。

「後ろからついてきてる人何ー!?」
「わかんないっすよ~。裏道から帰ろうと思ったら命をよこせ~って脅されたんす~!うわ~ん!」
「可愛くないぞお前の泣き声……
「先輩だって泣く真似するくせに」

オウイチロウが走りながら必死に会話してる中、異常な奴は表情を変える余裕さえあるらしい。
基本省エネの俺も走りながら会話ならできるけれど。
俺にはあの団体が何かわかるけれど、簡潔に言えば【関わってはいけないレベルで踏み外した人たちの集まり】ということだ。
彼らの活動は陰湿で惨たらしく、言葉にするのも憚られる程気持ちの悪いものだったから。
操っている側の趣味を洗脳する形で植え付けられているから彼らも被害者なのだが。

「うう……頭、痛くなってきた~……
「君ん家どこか知らないけど耐えて!」
「よーし!こうなったら俺も先輩の家まで行きます!」
「うわあ、もう……緊急事態だからしょうがないなあ!」

あららー相変わらずのお人よし~。

「そうだ、ちょっと撒く為に俺についてきてください!」
「えっ」

俺達の腕を後ろ手に掴み引っ張っていく。
どこへ向かうつもりだろうか。
奴らとは距離を離し、目的地であるマンションが目前に迫ったところだというのに敢えて無視して建物の裏側にある明かりのないゴミ捨て場の方へと進む。
ゴミ捨て場の周りは何年も整理されておらず、伸びきった雑草たちや投げ捨てられたゴミに囲まれ鬱蒼としている。
ストーカーの人がゴミストッカーを開いてくれる。

「先輩たちは少しここに隠れててください!俺がなんとかしますから!」
「元はと言えば巻き込んだのお前なんだけどな」
「いいから!暫く入っててください!んと、5分くらいしたら出てっていいですよ」

足音が近づいてくる。俺達は迷ってる暇もなく入ることにした。
当然中は嘔吐物のような嫌な臭いがこびりついていてあんまり長居はしたくない空間である。
ストッカーが閉じられると、小さな穴から微かに外は見える。

「大丈夫です!先輩は俺が絶対に助けますから!」

そう言い残して彼はどこかへと行ってしまう。

「おいテメエら!こっちだよ!」

どうやら挑発し、引き付けているようだ。
見えないところで行われているから声以外はなにもわからない。
次第に彼らの声も足音も少しずつ離れていく。


…………


暫く、外は何も聞こえなくなった。
5分位で片付けると言っていたがどうなったのだろうか。

……うん。今ちょうど5分経ったな」
「暇だからって数えてたの」
「外の様子どう?」
「あいつらの気配は全くしないけど、後輩の人はどうなったんだかわかんない」
「じゃあ出るか」

オウイチロウはなるべく音を立てないように蓋を開けてゆっくりと出る。

「家帰ったら服洗わないとな……
「俺のもよろしく~」
「はいはい……

二人共一時的な緊張が抜けていつも通りの調子が戻ってきた。
玄関のある正面へと出ていこうとすると、俺は遠くでゆらりと未知の人影を感じた。

「あれ……なに?」
「は?えっ……

ぞわりとした知らない恐怖からついオウイチロウに話しかけてしまう。
基本的に俺は大概のことには驚かない。
けれど、あれは。
真っ赤なのに真っ黒な「何か」がふらふらと漂うように歩いてきている。
二人して得体の知れなさを感じているのだろう、固まってしまう。

……早く行こう」
「う、うん」

俺達は目を合わせないように、急いでるとバレないように、でも速やかに。オウイチロウの部屋まで逃げ帰った。
真っ黒なドアを閉める。鍵をかける。
あれがこちらに気づいてないと信じて。

「ナカイ、お前にもわからないのかあれ?」
「わ、わかんない。考えることとか伝わってこなかったし幽霊なんじゃないかな……?」
「ゾンビじゃなくて幽霊か……幽霊なんて全然見たことなかったのに……
「も、もういいじゃん。着替えて寝ようよ」
「そうだな……

俺達はドアの外すら見ずに電気を点けたリビングへとまだドキドキする心臓を宥めながら進む。
すると。
ドアを壊さんと何かが殴りつけてくる。
何度も。何度も何度も。鼓膜に突き刺さる派手な音が響き渡った。

「「ひぃ!?」」

俺達はお互いの手を取り合って悲鳴をあげた。
幸いドアは壊されなかったが、ボコボコと殴られた跡だけ残る。
これが霊障?成仏してほしい。俺達は同じく思った。
静まり返った後、突然ピンポーンとチャイムが鳴る。

「ね、ねえオウイチロウ。ドアホン見てよ……
「出たら殺されないかこれ?」
「見なきゃわかんないよ」
「お前も道連れだからな!」

リビングの近くの方にあるモニターを確認することにした。
モニターは、ドアの前の何かを映しだそうとしている。
けれど……

「誰もいない……

ホラーの定番のようにチャイムを連打し始める。
ノイローゼになりそうだしボタンが壊れるんじゃないかってレベルで押された。

「うわあああ勘弁してくれー!頼むから!帰ってくれぇええ!」

散々抵抗して喚いてるとぴたっとチャイムも止んだ。
その時微かに外で聞こえた気がするんだ。

「ドウシテ」

と。

「や、やっぱり霊だああああ!」
「ユカリ!玄関に塩撒くぞ!」
「わかった!悪霊退散だね!」

二人でキッチンにあった小さな振るタイプの塩のケースを奪うように持ってきて入口に塩を盛り、暫く手を合わせた。
これが俺達が体験した本当に遭った春の怖い話です。