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「もう紡ぐべきでもない記憶でしかないの」

H SPRING -8



さて、帰り道なのだが。
オウイチロウさんに【お迎えきてください(はぁと)】と送ってるのにまだ怒っているらしい。

「あああもう!なんなのよ!私が危険に遭ってもいいって言うの!?」

今の私は先生からのお願いに短気らしくイラついているところがある。
冷静になればオウイチロウさんはなにも悪くないし嫌な件には関係ないが画面の前で八つ当たりしてしまった。
そういえばナヲ君も結局気づいたらいなくなってたし。
私がせっかく待ってあげようとしてたのに……友達よりハーレム作りか……寂しいものね。

「それもこれも、あのアオセとかいうやつの所為だわ!よし!根源はお前に決めた!」

最悪の決めセリフを言いながら私はゾウのように足に力を込めて道を歩いた。
ってか、今更だけど先生ってばアオセに関する情報なんにもくれてないではないか。
せめて「住所はここだから」とかそれくらいは教えてくれてもよかったのでは?
これでは裸で外に放り出されたも同然だ。

……。なーんかもういいや。運よく会うことが会ったらいつか渡してやるわよこんなもの」

やる気もなくなり、そのまま家に帰ることにした。
もうなにも考えたくない。なににも遭遇したくない。
道端の木のように、静かに明日を待ちたい。
本日は私宛のトラブルの持ち込みはこれにて終了しました。

ぐるぐるイライラしながら家まで後もう少し。
目の前には見慣れた風景。住宅が立ち並ぶ中には、小さくて少し錆びれた公園があって。
多分小さな頃はここで遊んだこともあったろうな……
公園を通り過ぎながら中の様子をチラ見した。
おや、珍しい。一人知らない人がベンチに座っている。
青いジャージを着たマゼンタカラーの髪を持つ眼鏡少年だ。

……あれ?あれあれ?いや、待て。なんか見覚えがある。
どこで見たんだっけ。ん-。んー?

……なんですか?」

気づくと私はかなり接近してこの誰だろなクイズを解決しようとしてしまっていたようだ。
相手がこちらを向いてくれた瞬間――スカッと頭の中の霧は晴れた。

「あああああああっ!お前は!アオセ!?」
「はい。私がアオセですがどうしましたか?」
「テメエエエエエエエ!!」

晴れたと同時に火山は大爆発と共に噴火し、怒りの怪物は相手のネックを掴みかかる。

「あんたなんで今日帰ったのよ!あんたの所為で私はどこの誰かも知らない名前だけのやつ宛てのものを預けられたのよ!」
「スイマセン?」
「すいませんじゃないのよ!意味不明なこと言って帰ってなんのつもり!?」
「スイマセン」
「謝ればいいって訳じゃないって……あーもう。これ!渡すから!明日からちゃんと来てよね!あんたがいないと私に押しつけられるのよ!」
「そうなんですか?押しつけられるとハヅキは困りますか?」
「当たり前でしょ!」
「ですが……私にはあそこはもう何の意味もありません」
「は……?」
「私の目的はただひとつ――あなたに会うことです」
「なに?新手のナンパ?それで機嫌取ろうとするなんて下手にも程があるわ。不思議ちゃんはタイプじゃないの」
「ナンパ?がなにか知りませんが、私は事実を述べただけです」

アオセは一つも表情を変えない。ただまばたきをするだけ。
冗談だったとしてもわかるはずがない。
だからこそ、彼は口頭で本心だと伝えてくれているのだろう。

「あんた……まじで何?私の記憶にないわよ」
「私には、微かにあります。脳に埋め込まれたチップに小さなあなたの姿がノイズ混じり残っているのです」

本人も機械設定でいくつもりのようだ。人形っぽいしお似合いね。
などと心の中で茶化しているが、相手の至極真面目な様子に私もふざけている場合ではなくなってきた。
小さな私の姿……もちろんそれは昔に会ったことがあると言いたいのだ。
けれど私は彼を知らない。ううん、違う。
私にも『ノイズがかかっていて見えないしわからない』のだ。
幼い頃のことを思い起こそうとすると狂ったビデオテープのように思い出せる部分が時折あるがそれ以外は大音量の迷惑な音と目に悪いぐちゃぐちゃの映像だけだ。


私は、何を忘れているのだろうか。
そしてこれは思い出すべきことなのか?


……っ!」

頭が痛みだす。私を守ろうとする警告音を幻聴する。

「そうだ。ハヅキこれ」

アオセは私にさっきまでいじっていたコンパクトな機械を差し出してきた。
ゲーム機のようだ。

「約束でしたから。これ、あなたに返します」

二画面型のゲーム機は外側に「ツ」と書かれた赤丸のシールが貼られていた。

受け取ってはいけない。
それを忘れたままでいるべきだ。
それは、私の禁忌に触れる。

私の知らないどこかの私が心の奥から叫んでいる。
鼓動が、やかましくなってきた。どくんと震える度体中に響くから。

「知らない、知らないわ!」
「え?でも。これはハヅキの――

「私のものじゃないわ!!」

バシッと強めに差し出されたゲーム機を吹き飛ばしてしまった。
想像以上に遠くまで弧を描き派手に落ち。当然、ぽっきりと画面は半分こされて土にまみれた機械は壊れた。

「あ……

さっきまで表情一つ変えなかったアオセが、目を丸くして声を漏らした。
ベンチから立つとガラクタになったものを急いで拾い上げにいく。
その様子ですぐわかる、大切なものだったのだ。
私は壊したことに特に罪悪感を感じた。
私のでないなら彼のものだし。なら器物破損ということになる。

「ご、ごめん。違うの、怒ってたけどだからって壊したかった訳じゃ」

わかりやすく動揺して弁解しようとする私。
アオセは私に向き直ることもなくただ壊れたものを見つめているだけ。
やがていつも通りにゲーム機をつけてみようとしたりするが、画面は真っ暗のまま。

「もしかして、このゲーム機は壊れてしまったんですか?壊れたものは、もう直りませんか?」
……えっと。修理に出せば直るかもしれないわね」
「本当ですか?」
「でも、それくらい壊れてたら新品に交換かな……さすがに」
「新品に交換されたら新品とこれは同じものですか?私は、これをハヅキに返さなければなりませんが……

新品に交換されたら型番とかは一緒でも当然別物だ。

「べ、別に新品でもいいじゃない。ゲームなんだから遊べなきゃ意味ないでしょ?」
「なるほど。ハヅキも新品をあげた方が嬉しいですか?」
「いやだから私のじゃないのよ」
「いいえ、ハヅキのものです。私はあなたがどこかへ行く前に託されましたから。私の代わりにって」
……そう、そうなの。あくまでもそれを私のものだって言いたいのねあんたは」
「アクマもなにも。正真正銘あなたのものですから。借りたものを持ち主に返すのは当然です」
「あっそう。直るといいわねそれ。もう行くわ私……
「え、どこへ?ハヅキ?」

私は、その場から逃げ出した。
アオセが私を呼んでた気がしたけど無視してまで逃げた。
少しずつ少しずつ、速度を上げて。
脳みそがこれ以上あの子の話を聞いちゃいけないって言うんだもの。
耳を塞いで、足元ばかり見ながら家まで一心不乱に走った。
鍵を開けるのにもたつく。
早く開いて!開けてよ!開けなさい!
自分の震える手に息を荒くしながらガチャガチャする。

「ハヅキ!」

誰かが私を大声で呼んで無理やりドアから引きはがした。
オウイチロウさんだった。

「様子変だぞお前、どうしたんだ?」

オウイチロウさんは心配した顔で私を見つめてくれている。

「なんでこんな時にいるのよ」
「いや俺も今日から大学の授業始まったんだけど……。さっき終わったから一応様子見に来たんだよ」
「嬉しいけど。今は……少しほっといてほしいの、一人でも大丈夫だから」
「大丈夫って……そんな顔色悪いのにどこが?」
「今言ったわ。ほっといてって。理由も聞かず、なにも聞かず。私を安静に休ませてほしいの」
「ほっとける訳ないだろ……

通常の私ならオウイチロウさんが親身になってくれることにそれはそれは喜んだだろう。
けれど今は頭の中は荒れ狂う波の中だ。
波に飲まれると呼吸ができなくなるから1秒でも早くベッドに入って休みたかった。

……わかったよ。今は何も聞かない。だけど具合の悪いお前を放置して帰れないから一旦家に入ろう」

オウイチロウさんは鍵を挿したままのドアを丁寧に開け、先に私を家の中に入れその後に彼も続いて入りしっかり鍵を閉めた音がする。

「部屋行ってろ。もし何かあったら俺がいるから」
「余計なお世話よ」
「ぐちぐち言ってると後でどうせ後悔するぞ」

機嫌の悪い猫らしくオウイチロウさんの冗談に返事もせず2階の自室へと戻った。
自分の部屋はやはり落ち着くようで、少し波が落ち着いた。
けれど脳みそが破裂するんじゃないかって位痛い。
無理をしてしまったようだ。

「アオセ……全然知らない。あいつだけじゃない、私は。私は――何も知らない。思い出さない」

それが今の私が生きる為にも守ってくれる盾だったから。
制服がしわくちゃになることも気にせず、ベッドに身を預ける。
ふんわりと受け入れてくれた掛け布団の暖かさに私は、安心を求めて眠りに落ちた。