_
Public C:E
 

c : e

「もう紡ぐべきでもない記憶でしかないの」

H SPRING -3



夕暮れ時の夢だ。
空は血のように真っ赤で、私はなんで空なんか見上げてしまったんだろうって後悔して震える。
朧げに浮かぶ暗い夜を呼ぶ月すら赤黒く蠢いている。
それが何故だか瞳に見えて私をじっと見つめている気がした。
気持ち悪くて仕方なくて逃げ出したいのに、私の体は動かなかった。
金縛りってこういうことなのかもしれない。
どうやら私は今いる家の中にいるみたいだが辺りは塗りつぶしたように真っ黒。
なのにどこに何が置いてあるのかはわかるのだ。
辺りの状況を確かめていると急にドアをドンドン叩く音がする。
私の隣の部屋だ。何度も何度も破壊しようと殴り続けている。
心臓がバクバク響き始めて私に危険を知らせる。
けれど、動けなかったはずの体は縄から解き放たれたようにゆっくりと動いて好奇心のままドアへ向かった。
開けてはいけない。

そこには何もないわ。

昨日お母さんの言葉が急に思い出された。
そうだよね。でも、なら、何故私の心臓はこんなにこの先を恐れているの?
手を伸ばせば開ける。ここには誰もいない。
私は、ノブに手をかけた。そして———……


【見てはいけないものを見た】


「はっ!」

まだ夢のまま心臓が暴れている。息は荒い。
でも、カーテン越しから真っ白な光が差し込んでる。
朝だ。正常な朝。
目が覚めたのだとやっと全身が理解すると落ち着く。
夢の中の内容が少し頭をめぐるけれど、すでに思い出せない。
絶対に恐ろしいものをみたのだが……

「今何時だろ……

今日は入学式。
9時集合と言われているのだが、携帯をつけてデジタル時計を見るとまだ6時になりたてだった。
二度寝しようにもあんな夢を見た後に眠りたいとは思えなかった。
気を紛らわそうと一旦起き1階にある洗面所へ行くことにした。
降りると、ちょうど仕事用のスーツを着た母が玄関で靴を履いているところであった。

「あら、ハヅキおはよう。まだ6時よ?」
「おはよーお母さんこそ。もう仕事行くの?」
「ええ。ってかもう遅刻しそうだから行くわね!」
「遅刻……?」

母はそのままバタバタと鍵も閉めずに出て行ってしまった。

「そっか、お母さん仕事だからオウイチロウさんに頼んだのね」

2重についた鍵をパチパチっと閉めながらそう呟く。
当然家には私以外誰もいなくなったのだから、喋れば独り言なのだ。
いくら喋っても誰にもなにも言われないけれどその代わり孤独だった。
当初の目的に戻り、洗面所でどこかふわふわした思考の頭を冷たい水で驚かせてみる。
顔を上げ大きな鏡に映る自分と目が合った。なにやら少しだけ不満そうな顔をしている。

……これから入学式なんだから、そんな顔しなさんな」

他人事みたいに慰めてみると、鏡の自分は困り顔で笑っていた。
壁にかかったふんわりしたタオルで滴る水を拭いたら少しはさっぱりした気持ちになった。

「せっかく早起きしたんだし、ご飯食べて暫くのんびりしよ」

リビングに立ち寄ると母が出かける前に用意してくれたであろう、まだ少し暖かい朝ご飯がダイニングテーブルの上には置いてあった。
レンジで少しだけ温めてから改めて席に座る。
机の上にはテレビのリモコンや新聞なんかがそのまま置かれていたのでリモコンでテレビをつけなおす。

『朝の星座占い!あなたの運命はいかに!?』
「は!運命!?頼んだぞ私の星座!」

ちょうど始まった星座占いに私は今日の全ての命運をかけた。
これからオウイチロウさんと共に入学式へ行くわけで終わったらフリータイムだ。
であればそのまま二人でデートもありうる……いける!
今日は私がオウイチロウさんを独り占めできる一日なのだからここは縁起よい結果を出してもらわねば。

『第8位は獅子座のあなた!注意不足でトラブルに発展してしまうかも!そんなあなたのラッキーアイテムはメリケンサック!』
「何言ってんのよ持ってる訳ないでしょ!!!」

なんとも言えない結果と変なアイテムに私は憤慨した。
思わぬトラブルってなに!?注意不足って!?メリケンサックって今から調達できるの!?
うわああああああああ私はどうすれば!?

ぴんぽーん

突然チャイムが鳴った。オウイチロウさんが来たのだろうか?
私はドアホンも見ずになんにも考えず玄関のドアを開けて出てしまった。

「はいはいどなたですかー?」
「あっ!」

知らない男の子が立っていた。私とおんなじ年くらいに見える。
金色の髪に青い瞳、整った顔立ちが綺麗ででも幼さが残ってるのか可愛い子だ、というのが初対面の印象。

「え、えっと」
「?あの、うちに何の用ですか?」
「あれっ……
「はい?」
…………

私の様子を見て男の子はずっと驚いた顔をしたまま暫く固まってしまった。
初対面なのになんだろう?回覧板とか?

「すみません。隣の家と間違えてしまったみたいです」
「そうなんですか。じゃあもういいですか?」
「は、はい……次から気を付けます」

家を間違えたのが相当ショックだったのか、申し訳なさそうにしたまま立っていた。
私はその様子を横目に、そのまま冷たくドアを閉めた。

(こんな時間に宅配でもないとなると隣の家の子なのかな?せっかくなら知り合いになっておけばよかったなー)

ドアの先でまだ立ちすくむ男の子のことなど知らぬ私はそのままリビングに戻った。
つけっぱなしだったテレビで流れるワイドショーはニュースコーナーに移っていた。
『彩町市の連続殺人鬼、未だ捕まらず。被害者続出中』そんな見出しで物騒な話をしている。

「いや、今から出かける人にこんなニュース流さないでよ!?一気に出かけたくなくなってきたわ!」

どうやらとあるコンビニの周辺で毎晩無残な死体が発見されているらしい。
私は誓った。そこには絶対近づかないぞ。
携帯でとりあえずどのへんか調べよう……と思ったら上に置いてきてしまったのだった。
ご飯を食べ終えてから洗うのは後にして携帯を取りに戻る。
すると数分前にオウイチロウさんからメッセージの通知がきている。

【起きてる?そろそろそっちへ行こうと思うから待っててね】
「いつでも来てくださってオッケーです!!!!!!I LOVE YOU!!!!!」
と返信した。

それから間もなくしてオウイチロウさんはうちにやってきてくれた。