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「もう紡ぐべきでもない記憶でしかないの」

H SPRING -2



「へえ、そんなことがあったの~」
「そんなことって!お母さんは興味ないの!?私の運命の相手なのよ!娘の未来よ!」
「そうねえ……

【運命の人】に道案内してもらい、家についた私は荷物の整理などはともかく一旦久しぶりに会った母と一息ついていた。
最初は私をこれでもかと嬉しそうに抱きしめ様々心配してくれた母だったが、今は桃の香りのするお茶を飲みながらありえないくらい落ち着いている。

「ところでその人の名前聞いたの?運命の人なのよね?」
「ん?名前?」
「うん、名前。好きなんでしょう?ならまずは名前くらいは知りたいはずよね?」
「ふむ」

ひたすら告白していたのに肝心なことを聞くのを忘れてしまった。
だって笑顔が素敵だもの。ずっと顔を見て話していた。
何をしゃべってたかは思い出せないけどとりあえず好きであることはいっぱい伝えておいた。
「ありがとう」って言ってたからもしかすると私たちが両想いになるのも時間はかからない可能性が高い(私調べ)。

「何も言わないってことは聞かなかったのね」
……そうとは言ってないわ」
「なんとも言わないということはそうなのね」
「はい、忘れました」
「ならいいわ」

母は呆れた顔をしてお茶を一口。
私も続くようにジュースを一口飲んだ。
甘ったるいのに少しだけすっぱいオレンジジュース。やっぱり定番はおいしい。

「一応事前に電話で話はしてたけど、あっちの生活はどうだった?」
「ん?別に、仲良くお父さんと普通に過ごしてたよ」
「あらそう?でもあっちでの生活も大変なんじゃないの?なんかテレビとかで見たけど宇宙人とか出るんでしょう?」
「え!?そうなの!?」
「なんでそんな無知なのあなた」

父は仕事の関係で遠くで暮らしている。そして私はこの間まで父が暮らす地域で過ごしていたのだが色々と訳があってあまり詳しくない。
まずあまり家から出ないようにとか規制されていたし、学校の行き来も父の送り迎えが必須。買い物であろうが私は連れて行ってもらえなかったし……ひたすらに不自由。
それに、一番の問題はなぜか時々記憶が途切れたように思い出せないことがビックリするほど多いことだ。
だから『確かに私はそこで暮らしていた』のに『私にはそこでの思い出も情報も語れない』なんて奇妙な状態になっていた。
まあ簡潔に言えば都合が良い記憶しか思い出せないって感じだ。
父とはそういうことで喧嘩したりもしたが、それでも仲は良かったし別れるのが名残惜しい大事な友達だっていて楽しい思い出がなかった訳ではない。
そういえば電車乗って町を見てる時なんか見えた気がするけど、なんだったんだろう?

「ハヅキあなた、この町のことは?ちゃんと事前に調べたりした?」
「いいえ!なんかあるの?」
「いいえじゃないのよ元気よく言うところじゃないのよ」
「市役所行った時に色々教えられた気がするけど難しすぎて理解するの諦めてひたすらチェック埋めてたわ」
「性格診断じゃないんだから適当に埋めていいものじゃないの!ああ、もう……私が教えるわ……

母は私と話せば話すほどずきずき痛みだす頭を抱えて深い溜息をつく。

「あっちではお父さんが保護してくれてたかもしれないけど、ここでは自分の身は自分で守ってもらわないといけないわ」
「え?何?私今からサバイバルするの?故郷に帰ってきてウキウキ生活が始まるんじゃないの?」
「いいえ、残念だけど入場規制がかかってるということは問題があるってことなのよ」
「まさか私地獄に帰ってきた?」
「ハヅキにとってはそうかもしれないわね」
「今からあっちに帰ろうかな」
「とにかく話すから逃げずに聞きなさい」

それからは母はここで起きてることを話してくれた。
どうやら毎日やばいくらい市内が荒れてて治安が終わっているらしい。もうその時点で先行き不安というかもはや帰りたいのだけど。
さっきバイクに轢かれそうになったのも所謂洗礼というものだったのかもしれない。母の話を聞く限りでは可能性は高い。
狭く、人の通らない路地にはゾンビのように徘徊する人がいたり一人で歩こうものなら運悪く事故や事件に巻き込まれるのは日常茶飯事となってるそうだ。
私も急激に頭が痛くなってきた。

「で、でもじゃあ!私学校!明日には高校まで通わないといけないのよ!?お母さんが送り迎えしてくれるの?」
「暫くはそのつもりよ」
……ええと。まさかこの町の子供ってみんな親同伴が普通だったり?」
「そうでもないわね。わりとみんな一人で登校してるわ」
「えーなんでよ!?危ないのに!」
「ずーっと暮らしてたらみんな慣れちゃったんじゃない?変な話よね、私も一人で歩いてるし」
「よくお母さん生きてこれたわね……。護身術とか身に着けてるの?」
「あるとするなら、運ね。人生なんとかなるで生きてるわ」
「お母さんは私のことこれから馬鹿にしちゃだめだからね」
「あら~そんなこと言うんだったらハヅキが喜ぶこと考えてたのにやーめよ」
「え?なによ」
「教えてあげな~い。ほら、自分の部屋の整理でもしてきたら?」
「なによ~~!気になるじゃない!寝れなくなったら責任取ってよね!」

母は私の訴えを無視してちょうど聞こえた洗濯が完了した音の方へと逃げて行った。
滅茶苦茶気になるが、別に夕食の時間にまたゆっくり話せるだろうし久しぶりの自室に行ってみることにした。

2階にある自分の部屋へと入ると母がこまめに掃除をしてくれていたのかホコリを被った様子はなかった。
ベッドや棚、勉強机など最低限のものがあるけれど幼少期の思い出らしいものはあんまり見当たらない。
何故だか胸が苦しくて少しだけ寂しい気持ちになる。
あの話の後で未来に不安が強くなってきたが、ここに住む以上新しい私のもので彩っていこう。

「ってかまたネット通販で買い物する日々になるのか……。そりゃ楽だけどやっぱ悲しいわ……。」

家で固まるより外で活動する方が好きな私には家籠りは苦痛であった。
だから体育の時間は誰よりも過剰に動き回ってたし、お父さんが帰ってくるまでこっそりお父さんの使ってるトレーニング器具みたいなやつで時々遊んだりしてた。
……まあ、体育ははしゃぎすぎて先生を困らせ器具を勝手に使ってるのがバレて父には怒られていたのだが。でも体育は成績よしだったので結果オーライだ。
そういえば父がどんな仕事をしてるのかよく知らない。「悪人を退治する、警察みたいなもんだよ」って自分より大きい鞄を背負って出かけていた。
父がヒーローみたいに滅茶苦茶かっこいい仕事しているのだろうということだけは理解しているつもり。
しかし、忙しすぎるのかどれだけ待っても帰ってこない日もあって正直とても寂しい時間もあった。
母に会えないことでさえ電話を繋いで終わった時ぶわっと奥底にあったものがあふれ出すようにつらかったのに。
父と母は離れ離れで全然会わずにいるけれど、寂しいと思わないのだろうか?1日でもダメな私には耐えられない。
3人で暮らせたらいいのに……

……3人?

そういえば……

私は自分の部屋から出てすぐ近くにある扉の前へと思い立ってやってきた。
ドアも開けず、その先を想像するように見つめる。

「この部屋、なんだろう?お母さんとお父さんの部屋は別にあるし……。」

昔暮らしていたならば知っているはずなのに思い出せない謎の扉。
そもそもなんで父と暮らすようになったのかも思い出せないのだけど。
確かに私は、昔はここで母と暮らしていたことがある。

「開けてみる方が早いか!よし開けご……
「ハヅキ!!」

寸前でやってきた母が私の手を強く握りしめ、引っ張る。少し痛い。

「な、なによ?」
……お客さん来てるから一階に降りてきて」
「え?」
「それと、そこは空き部屋よ。何もないわ。ほら行きましょ」

母はそのまま私を強引に一階へと連れて行く。
どうしたのだろう。一瞬、母の表情は何かを恐れてるようだった。
あの扉に一体なにがあるの?
やっぱり私、戻ってこないほうが良かったんじゃないだろうか。