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「もう紡ぐべきでもない記憶でしかないの」

O SPRING -5



「殺されるかと思ったわ」
「俺もだよ……

お互いにどこか話が食い違うのに同じ感想を言い合う。
どうにか誤解を解いて拳銃とドライバーを懐に収めてもらい、彼らを帰すことに成功はした。
アオセの方はハヅキに言われた通り帰ってくれたんだが。
ストーカーの方はてこでも帰らねえとか言い続けるから大変であった。
で。また俺はハヅキの家にいる訳だが。

「ところで先輩は毎日知り合いをうちに連れこむんですね」
「連れてきたくて連れてきてる訳じゃないんだよ」
「安心しなよ。俺、お母さんの知り合いだよ?高校の頃とかよく余ったお弁当もらってたよ~」
「どういう関係?私お母さんからお兄さんの話聞いたことないんだけど」
「あー……でも、嘘じゃないよ。後でお母さんに聞いてみなよ」

お母さんハヅキにこいつのこと話さなかったのか。
ナカイも自分で投げといて微妙な反応を示すところ、意図して言わなかったのだろう。

「ひょっとしてお前、うちまでついてきたのって」
「タダ飯ですが?」
「こいつ追い出そうかハヅキ」
「先輩も一緒に追い出していいわよね?」
「なんで!?」
「俺達運命共同体、一蓮托生の関係だからね路上で暮らすなら一緒だよ」
「一人で雑草食ってろお前は」
「本当に先輩ってモテモテなんですネ~」

じとりとした薄暗い瞳が俺をにらみつける。
ハヅキにはこれが友達とイチャイチャしてるように見えるんだろうか。
いいえ、これはウザ絡みです。ただの嫌味ですよ。

「はあ。もういいです……二人で勝手にくつろいでてください……
「だってさ」
「だってさじゃねえよ!うわわ、ごめんってば!待ってくれって!」
「あー……後もう毎日うちまで律儀に来なくていいですよ。なんかやっぱ毎日会ってると先輩のレアリティも下がってきてる気がするんですよね」
「俺のレアリティが!?」
「最初はSSRだったのに日に日に価値が落ちてきてるっていうか、私の理想が崩れていくんですよね~。だからいいです」
「そんな理由で俺の親切心が無下になるだなんて……!」
「悲しいことに愛してるだのなんだの口ではどうとでも言えるんです……。ハヅキちゃんは今傷心中なのでそっとしておいてあげてくださいね」
「そうだ。お前の心なんてからっぽなんだからあんなことしたって質量をもったれっきとした心は癒せないんだぞ。悔い改めろ」
「うう……ひどいぃ……

なんだか疲れた顔をしたハヅキは俺達を置いて自分の部屋へとぼとぼ足取り重く帰っていってしまった。

「まったく。お兄ちゃんさあ。もっと上手くやらなきゃだめだよ」
「お前のお兄ちゃんになった覚えはない」
「ま、そもそも「今のお前」は誰のお兄ちゃんでもねえけどな」

ナカイはそんなことを言って明らかに俺を挑発する。
今日はずっと俺に対してやたら挑戦的だけどなんなんだろうか。

「ここの2階。ハヅキちゃんの部屋の近くには開かずの部屋があるんだって」
…………
「お前はその正体、知ってるだろ?」
「まあな……
「たかがゲーム機ごときにあんな必死になってたけど、本当の爆弾はここにあるだろ。あそこが開かれたらあの子は一瞬でぐちゃぐちゃになる。やたら入り浸ってんのもそういうことだよな?」
……――俺はもうハヅキに苦しんでほしくない。過去の記憶がないならそのままでいいと思う」
「ほんとにそうか?これからもずっと奥底に押し込めた嫌な思い出からできた悪夢に時折苛まれながら生きるのが最良かよ?」
「それしか道はないだろ」
「俺には、逃げ続けてるようにしか見えない。傷つけたくないって理由で真実と向き合いたくないだけじゃん。これからも、永久に。ハヅキちゃんはお姫様として大事に大事に箱の中で守られ続けるんだ?」
「お前がどう言おうが今度こそ俺はハヅキを守らなきゃいけないんだよ」
……テメエみてえなクズ風情に誰が守れるってんだよ。俺のことも最後まで守ってくれなかったくせに。どうせ上手くいかなきゃまた逃げるに決まってる。お前の保護欲は実際ただの自己満だ。誰かを守ってる間だけヒーローを気取りたいだけなクソガキなんだよ!」
「ああ。なんでイライラしてるのかと思ったら、自分のことと重ねてたんだ」

ナカイは俺を指し、溜まりに溜まった自身の鬱憤を、怒りを。俺へとぶつけてくる。
かくいう自分は相手の態度の真意を悟った瞬間、冷えた心地になった。
普段はポーカーフェイスで余裕で冷静そうな素振りに時折狂人めいた雰囲気で他人から敢えて煙たがられるように生きているけれどその実こんなもんだ。
俺のことを一番理解しているからか、余計に俺にだけやたらと当たりたがってくる。普段吐く暴言もそう。
どうやらハヅキのことを大事に大事に可愛がっているのが気に食わないらしい。
俺が今こう考えてる言葉さえお前は見えているものな。
けれど、少し間違っている。

「はぁ……?」
「俺がなんであいつを守りたがってるか?ヒーローになりたいからだと?いいや。わざわざこんな「呪われた他人の仮面」まで被って生きてるんだぞ。しかも「ここ」はいくら死のうが引き続きある人物のままなんだ。そして、あの子は今帰ってきた。ああ。ならば……俺に課されていたことはずっと昔から同じ。「兄として孤独な妹を守ること」だ。」
「そんなの、亡霊の思考だよ。オウイチロウ。お前が本当に亡霊なのだとしても妹は自暴自棄になってまで使命感に駆られ狂ってる兄なんか望んじゃいない」

先ほどまでの怒りの表情は失せ、そこには孤独で醜い未練に対する哀れみがある。

「俺はこうして甘やかし続けることが正解だとは思わない。少しずつでも、抉られた背中の傷達と向き合っていく必要が必ずどこかにある。……人が純粋のままでいられる時間は必ず有限だよ。どれだけ延命できるか、それだけだ。穢れた世を生きるうえではね」

刺々しい口調だったのに今はどこか懐かしい優しい口ぶりで俺を諭そうとする。
彼なりの気遣いだろうけど、俺にとっては今は余計な話だ。

「この世全てを悟ったように口を利くな」
「お前よりはこの町の人間のことは理解してるつもりだよ。お前の妹のことだって、お前や本人の記憶達に触れながら考えて言ってる」
「もし、ハヅキに近づいて無理やり傷口を開こうものなら容赦しないからな誰であろうが」
「やれやれ……シスコン野郎が。冷静じゃないな。ま、精々限りある仮初の安心を過ごせばいいさ。独りよがりで後悔するのがもうクセなんだね。あの子を本気で想ってる人間がどっちもこうだなんて可哀想だ」
……どっちも?」
「なんでもねえよ」

ナカイは俺の頑なな意志を確認し、これ以上話すことを諦めたようだった。
しかし、どっちもということは俺みたいに接触しようとしている誰かがもう一人いるのか?
気になるけれどハヅキのことを守ってくれるというならば有難いし敵視とか詮索もするつもりはない。
小さな少女を最悪な形で置いていったのは俺だ。俺には、重大な責任がある。
かつては俺がこいつへ面影を重ねて助けたこともあったけれど、俺は愚かだった。
だから一度自分を殺してやったのだけれど。それが許せなかったらしくていまだに怒っている。

今度は絶対にあの女の魔の手に飲まれないように。

「あ、降りてくるよ。」
「え、あ。うん」

ナカイが合図すると確かにハヅキが階段を降りてきた。

「は~。おなかすいた~お母さん待てないし、もう自分で作っちゃお~!」
「お、お前自分で料理できるのか!?」
……まさか私のこと馬鹿にしてるんですか?」
「そういうつもりじゃないんだけど!」

昔はこうしてお母さんが帰ってこなくて腹が減ったとなれば俺に作れ作れとせがんできていたのに……
その所為で俺にも料理スキルはちゃんとある。最近はまともにやってないけど。
あんな小さかった子が自分で作れるようになったなんて成長に感動してしまう。
もう俺なんて必ずは必要なくなっちゃったか……そっか……
実感するとちょっと寂しいかもしれない。

「いいえ。こいつはハヅキちゃんを馬鹿にしてます」
「あらそう」
「違うって!手料理ってほら、アドバンテージになるだろ!?彼氏ができた時とか!」
「先輩さんも理想は手料理できるタイプの女の子ってこと?」
「うんうん!思う!料理できる方が助かるぞ!」
「料理すんのめんどくさいからだろ」
「そう……
「お前余計なこと付け加えんな!」
「苦しめたいからに決まってんじゃん」

いつも通りの嫌味ったらしい笑顔を向けてくる。
ハヅキはというと、まだまだ俺のレアリティが降格中なのかしょうもないものを見る目をしていた。
傷つく……

「女の子のハートを傷つけてるのは自分なのに被害者面してまーす!」
「よし、もう一発ドアから行っとくか」

悪魔の言葉にのせられた少女が肩を回してこちらへにじり寄ってくる。
あの時は衝撃的すぎて記憶があまりないけど、滅茶苦茶怖かったことだけこの身に刻まれている。

「もう投げ飛ばされるのは嫌だよー!」

このあと、追い出されはしなかったかわりにハヅキが春野菜と豚肉の炒め物に油揚げとたまねぎが入った味噌汁なんてものを作ってくれたけど、ナカイに目の前で肉以外俺の分は全部食われるという結果になった。

お前が本当にちゃんと料理できるようになった事実だけお兄ちゃんは嬉しくいただいておきます。