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はりぼて自家発電所
2024-12-27 03:47:10
108331文字
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因縁
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天邪鬼のかくしごと 前編
魔法舎に北の魔法使い、オーエンの迎えが来た。記憶喪失、ショタ化など。
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気が狂いそうだ。
所々記憶が飛ぶので、オーエンが過ごしてきた時間程では無いのだろうが、それでも長すぎる苦痛だった。カインが正気を保って居られたのは、皮肉にもオーエンの笑顔のおかげだ。
いつの間にかオーエンは青年の姿に成長している。性格は幼いままだが、子供の姿に比べると、笑顔には陰があるし、声にも覇気がない。それでも、どうにか自分を保とうとしている姿に、カインの方が励まされてしまっている。
だけど、それが崩壊するのももう時間の問題だった。オーエンはここで、何度も死んでは何度も蘇り、その度に正気を失っていく。カインは、これ以上彼の様子を見守り続けることに限界を感じていた。どんどん、心が疲弊していくのがわかるのだ。
オーエンの記憶から抜け出す方法は、教えて貰っている。それでも、カインはオーエンをここに一人置いていくことが出来なかった。
「あれ
……
、僕、どうして、生きてるの? 死んでるの? 外は茨。とげとげの国。僕はここから、出られない」
オーエンは壊れた人形みたいに、疑問と事実をひたすら口にする。瞳はすっかり焦点を失って、生き返って身綺麗になっても血の気はなく、生命など微塵も感じられない。その形相は、生きているのに、死んでいるのと変わらなかった。
ある日の記憶で、その死体のような生きた人形の目玉が、きょろりと蠢いた。カインも何かの気配を感じて耳をそばだてる。誰か来た。
「おい、もっと慎重にやれよ。鍵がかからなくなったらどうするんだ」
人間の声だった。
「大丈夫だって。地下室に魔法使いを閉じ込めてるなんて、村の連中を怖がらせるための嘘だよ」
「死んだ爺さんの話が本当なら、飲まず食わずで百年くらいここにいることになるじゃないか。いくら魔法使いだって不死身じゃないんだ。本当にいたとしても、とっくに石になってるさ。
……
っと、ほら、開いたぞ!」
「
……
暗くて何も見えないな
……
。本当に何もいなかっ
……
」
「だれ」
久しぶりに聞いた、オーエンの意志を帯びた声。だけどそこには、あの頃どんな状況でも満ち溢れていた希望は、全くと言っていいほど感じられない。
「
……
っ!?」
「僕、外に出ていいの。
……
ようやく、ここから出してくれるの?」
「
……
い、生きてる
……
! と、扉を閉めろ! 早く
……
!!」
「うわああ
……
! 化け物
……
っ!!」
ガチャン。
無情にも、再び扉は閉められてしまった。きっと、鍵は開いている。だけどもう、そんなことは関係ない。鍵なんかなくても、オーエンにここから出る勇気はない。
だって、扉の向こうに、希望なんてないのだから。オーエンが夢だと思い込もうとしたところで、それは事実で、心に刻み込まれている。
「ばけもの
……
」
オーエンは、言われた言葉をそのまま飲み込んで、呟く。
「僕が生きてるのは、可笑しい? 僕は、ばけもの? だから、ここから出られないの?」
違う、と言ってやりたかった。そんなことないと言って、抱きしめてやりたい。けれど、ここは遠い過去の世界で、カインには気持ちを伝えるための声も、言葉も、抱きしめるための腕もない。
「
……
僕、良い子にできてなかった? だから、ばけもの? 悪い子だから、ばけもの
……
?」
それが、無情にもオーエンに下された評価だ。それを否定してくれる者は、誰もいない。
「なら、
……
どうせ、嫌われるなら、僕、悪い子でいい」
感情が完全に消え去った瞬間だった。生きたい、騎士になりたいという願いは呪いとなり、死にたくても死ねない、永遠に訪れる苦痛へと変貌を遂げていた。オーエンはおもむろに立ち上がって、扉の前に立つ。今まで約束をやぶって外に出ることは、村人を助けるためだった。そして、裏切られて死んでは、同じ疑問を口にする。
どうして死ぬの?
オーエンにはもう、夢現の区別はつかない。
「《クアーレ・モリト》」
オーエンが呪文を口にすると、頑丈な扉が腐り落ちた。鍵がかかっていてもいなくても関係ない。途端に茨が中に侵入してくるが、オーエンはもう怯えたりしなかった。彼からは恐怖すらも、すっかり消えていた。
茨を冷たく一瞥して、オーエンは再び呪文を唱える。
「《クアーレ・モリト》」
茨はあっという間に枯れ果てて、塵となる。その下から現れた階段を、オーエンは裸足で登っていく。一段一段、冷たい石の段差を踏みしめて。
外は初めて外に出たあの時と同じに晴れていた。あの時と同じように、呪われて歪んでしまったオーエンを祝福している。けれどオーエンはもう、白い絶望の中、両手を広げて駆け出すことはない。絶望を絶望として受け入れ、進んでいく。それは、地下室から出てきた亡霊だった。村人はいつものように恐怖を露にし、石を投げた。
「う、うわああ
……
!!」
「地下室の、魔法使い
……
! ばあちゃんの話は本当だったんだ!」
「くそ! でていけ! おまえが生きてるせいで、みんな死んだ!」
「このままじゃ、俺達も終わりだ
……
!!」
錯乱して、適当な言いがかりをつけてくる村人に、オーエンは薄ら笑いを浮かべた。石が当たって、血が滲んでも。
「僕に死んで欲しいの?」
石から身を庇いもせず、ぞっとするほど穏やかに問いかけるだけ。
「僕が死んだら、みんなしあわせ?」
無邪気な問いに、村人は青ざめて、震えて、黙り込む。その沈黙に、オーエンは歓喜したようだった。まるで、ようやく自分のやるべきことを見つけたような、誇らしささえある。
「なら、僕が死んだら、僕のこと好きになってくれる?」
ぞくりとした。カインはオーエンを止めようと追い縋るが、足元の小さな獣など、視界にすら入れて貰えない。
魔力を感じて見上げれば、オーエンの手にはいつの間にか美しいナイフが握られていた。どこかで見たような、絵本の中の騎士が持っている剣のような形をしたナイフ。オーエンの魔法だろうか。その証に、魔力の残光がキラキラと虹色に輝いている。
なんて、残酷なまでに美しいのだろう。
カインは凄まじい無力感に襲われながら、そんなことを思った。
鮮血が、雪を赤く染める。オーエンは手に持ったナイフで、自らの首を斬りつけていた。苦しげな呻き声を漏らしながら、オーエンの細い体が崩れ折れる。首から、浅い呼吸を繰り返す唇から、ダラダラと血が流れ出る。
「ふ、ふふ
……
、あはは
……
」
蹲りながら、オーエンは笑い声を上げた。血濡れの手で、口元を覆いながら、楽しそうに、嬉しそうに。その異様な姿を、村人は遠巻きに、ただ、見つめている。
「夢だったら良かったね」
最期に一瞬だけ、オーエンの瞳が寂しげに揺れた。
「何回死んでも、生き返る。夢だったら良かったのに」
夢だと思い込んでいたその事実は現実だったのだと、本当は気づいていたのかもしれない。痛みが麻痺して、体温が奪われていく、生々しい感覚も、寒さも分からなくなって、指先から動かなくなっていって、意識が薄れていく感覚も、オーエンはなんども、なんども、経験してきた。
そんなオーエンに、誰一人、手を差し伸べてくれない。好かれたくて、なんども伸ばしたその手は振り払われ、石を投げられ、見捨てられる。どうせそれが事実なら、幸せな夢くらい、見せてあげられたらよかったのに。カインは、もう何度そう思ったか分からない。
死んでも役に立ちたいと願いながら、オーエンはそのまま動かなくなった。石にならないオーエンの死体を遠巻きにしながら、村人はどうにかそれを村の外に捨てるだけ捨てて、あとは放置した。ねずみの姿のカインだけが、オーエンの傍に寄り添った。せめて生き返るのに邪魔そうなナイフを抜いてやった。生き返った時、刺さったままのナイフを抜いたら、もう一度死んでしまうと思ったから。オーエンの記憶の中だけでも、死ぬ回数が一回減るくらいの過去の改ざんは、許されていいだろうと思った。
だって、死んでなお役に立ちたいと願った彼の想いは、生き返ることで粉々に砕け散ってしまう。その時、オーエンに残っていた、優しい形をした何かも、跡形もなく消える気がした。
それからカインは、ひたすら彼が生き返るのを待つのみだった。何時間、何日、そうしていただろうか。カインも、その間に死を体感していた。寒くて、寂しくて、真っ白な絶望の中、意識が薄れていく。その中で、生き返ったオーエンの声を聞いた。
「いきてる」
呆然と、その事実を飲み込む様子に、息が止まった気がした。
「
……
僕が死なないから、みんな僕のことが、嫌いなんだね」
茨の道を乗り越えて辿り着いてしまった、その答えを、否定したかったのに。カインは鳴き声も上げられなくて、体も動かない。硬く冷たくなったねずみの体に、意識だけが乗り移っているみたいだ。
どうすることも出来ず、そばに居るはずのオーエンの気配を探る。オーエンは、自分の傍で死んでいる獣の死骸を、丁寧に抱きしめて、撫でた。小さな死を、祝福するように。
「きみは、死ねて、良かったね」
ゾッとするほど柔らかくて、冷たい声だった。ねずみの体が死んで、寒さも、苦しさも感じなくなったカインは、その祝福を受け入れざるを得ない。
「そうだよね。死ねないから、苦しいんだ」
死ねない絶望と、村人たちの悪意と恐怖を浴びて、それでもオーエンは、誰かを救いたいと思っているのだろうか。その認識は、酷く歪められているというのに。
「だったら、ぜんぶ、ぜーんぶ、壊れちゃえ」
その時、オーエンの魔力が暴走して膨れ上がるのを感じた。ミシミシと世界が壊れる音。命が死んでいく音。
ああ、そうか。
ここは、夢の森になる前の。
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