はりぼて自家発電所
2024-12-27 03:47:10
108331文字
Public 因縁
 

天邪鬼のかくしごと 前編

魔法舎に北の魔法使い、オーエンの迎えが来た。記憶喪失、ショタ化など。







 目を閉じたオーエンの姿は、本当に死人のようだった。

「起きろ、オーエン」

 オズが冷たく言い放ち、無理に起き上がらせようとするのを、賢者が止める。

「や、やめてください。せめて、優しく
「ことは急を要するかもしれない。オーエンほどの魔法使いを利用出来れば、ある程度のことは可能だ」
「ある程度って……?」
「ちと本気になれば、国を一つ、二つは滅ぼせるかのう……

 スノウとホワイトはそう言いながらも、オズの手をそっと、オーエンから退けさせた。

「オズの言うことは正しい。あやつらの目的は早急に知らねばならん。そのためには、オーエンから話を聞くのが一番じゃ」
「このまま起きぬのであれば、力づくでも目覚めさせる。しかし……
……起きてるよ」

 憐れな子供を庇うような素振りを見せる双子の声を、静かな声が遮った。いつの間にか、オーエンの左右で色の異なる瞳は開かれている。

「そんな近くで騒がれたら、嫌でも目が覚めるよ。……ああ、最悪。こいつらの前で間抜けにも寝こけるなんて。殺された方がましだった」
「気にするな。我らにとってそなたが寝ていようが死んでいようが変わらぬ」
「死に損ないの幽霊が言うと説得力があるね」

 オーエンは青白い顔で薄笑いを浮かべると、重たそうに上半身を起こした。ホワイトがそれを手伝ってやるのを横目に、スノウが有無を言わさぬ声音で単刀直入に尋ねる。

「オーエン。そなたの心臓はどこにある?」
「は、教えるわけないだろ」
「ほほ。格下に心臓を盗られておきながら今更何を言う」
……
「ならば質問を変えよう。そなた、心臓をどこに隠しておった? なぜ奪われた? 北の魔法使いともあろう者が、間が抜けておるにも程がある」

 馬鹿にするような叱責を受けてオーエンは殺気立ち、一瞬で表情を消した。しかしすぐに気を取り直し、唇の端を持ち上げて、歪に笑う。

「おまえたちには関係ない」
「我等、同じ賢者の魔法使いじゃ。関係なくはなかろう」
「ああ、僕がおまえたちの情報を流せば、とっても面白いことになるものね」

 くつくつと、新しいおもちゃを見つけたように無邪気に、オーエンは笑った。あくまで仲間というのはお飾りで、不都合にしか焦点を当てて貰えないのは悲しかった。
 カインが見兼ねて、オーエンのベッドの横に立つ。

「オーエン」
「なあに、騎士様」
「おまえが脅されていることは分かってる。助けを借りるのは矜恃が許さないのかもしれない。だが、もし困っていることがあるなら、教えてくれ。力になりたいんだ」
「見くびるのもいい加減にしろよ。おまえなんか、なんの役にも立ちはしない。それに、間抜けな失態を嘲笑われた挙句、尻拭いされるなんてまっぴら」
「じゃあどうしてあんな奴らに大人しく従っていた? それこそ、おまえらしくないだろう」
……うるさいな、そんなのどうだっていいだろ」
「都合が悪くなると、すぐそうやって誤魔化す」
「そんなに死にたいなら、今すぐに殺してあげる」
「オーエン! やめんか」

 ホワイトに窘められて、オーエンはカインに伸ばしかけた手を引っ込めて、拗ねたように黙った。

「強がりはよさぬか。一人でどうにかなるものではなかろう? 意地になるな。自分でも分かっておるはずじゃ」
……
「そなたの心臓を取り返すのに協力しよう。安心して我等を頼るといい」

 それは、幼子に言い聞かせるような穏やかな声音だった。オーエンは悔しさと苦しさが混じったような重い息を吐く。

「幽霊が何を言ってるの……。同じだよ」
「なにがじゃ」
「おまえたちが味方になったところで、なにも変わらない」

 もう全てを諦めたような、仕方がなさ気な声。迷子が不安がっているようにも見える。だんだんと顔色も白くなっていて、それでもオーエンは、誰の手も借りようとしない。強がりと言うには、余りにも弱々しい。何かに怯えている。そんな雰囲気だ。

「しらないんだよ」

 浅く息を吐きながら、自嘲気味にオーエンは呟く。誰かに馬鹿にされる前に、嘲られる前に、自らを貶めるように。それは自傷と同じだ。痛みを予測できるからこそ、ほんの少し躊躇する。だから勢いが足らずに鈍く痛み続ける。その痛みに比べたら、人に傷つけられるのは一瞬だ。
 その傷を、痛みを、誰かに癒してもらえるなんて、オーエンはこれっぽっちも考えていない。だからこその、耐える手段。こちらがこんなにも力になりたいと願っているのに、彼はもう、自分以外の誰も信用していない。したくても出来ないのかも知れない。
 それは、これ以上誰にも傷つけられたくないという、防衛本能のようなもの。

「笑いたかったら笑ったらいい。僕は心臓をどこに隠したかも覚えていない本当の間抜けだって。もっと言えば、あいつらが本当に僕の心臓を持っているのかも判断がつかない。だから、とりあえず言うことを聞いてやっていた」
「な………

 その場にいる者は残らず絶句していた。普通なら一大事どころの騒ぎじゃない。それをあまりにも軽々しく言うので、途方もない嘘にも聞こえた。その弱った態度すらも。しかし、彼の記憶が始まった時から、心臓がないことが普通であったなら、もうとっくの昔に感覚も麻痺しているのかもしれない。
 それを愚かと罵るには、彼との間にある溝が深すぎる。

 だが、違和感の正体もこれで解決した。
 あんな名も知られないような魔法使いたちが、オーエンから心臓を奪えるはずもない。たとえ家族という繋がりが本当だとしても、それを名乗る資格もない。

「じゃあ、あの人達がただデタラメを言っているだけ、ということも有り得るということですね?」
「全部が全部、嘘じゃないよ。僕に記憶がないことは知っている。じゃなきゃわざわざ周到に準備なんかして迎えに来ない。なら、何かは知っているかもしれないでしょう。……僕のこと」

 自分のことを何も覚えていないというオーエンの、切実な想いが垣間見えた。賢者の魔法使いを裏切って、追われる身となるとしても、世界から切り離される結果になるとしても、知りたいのだ。

 自分が、何者なのか。

 どこから来たのか。

 自分のことも分からないまま、ずっとひとりぼっちだったなんて、きっと想像するよりずっと、不安だ。それなのに唯一の手がかりを持つ者が、自分の命を軽々しく扱うような奴らだなんて、そんなの、

「確かでないなら、従う理由なんてないじゃないですか」

 少なくとも、賢者は嫌だと思った。彼等が本当にオーエンのことを知っていたとしても、そんな利益だけのために彼等の元に行って欲しくない。だって、自分達がいるのに。

「そうだとしても、魔法舎にいるよりずっとましだよ」
「どうして……
「どうしてもなにもない。だって僕は、この場所になんの未練もないんだもの」
……そんな……

 それなのに、オーエンはここにいたいと言ってはくれない。オズやミスラがいるところでなんて眠れないと言う。ここも、オーエンが安心できる場所にはなり得ない。
 彼にとって、ここも、北の国のあの村も同じなのだろうか。そう思うと悔しくて仕方がなかった。でも、そんなはずは無い。だってオーエンは、カインを殺さなかった。こちらは心臓を盾にとっていた訳ではないのに、迷いを見せていたではないか。

「僕は僕の命が大事だよ。僕が死ぬなら、世界も全て滅びてしまえばいい。おまえたちにとっては、賢者の魔法使いが一人敵に回るくらいなら、殺す方が早いんだろうけど」
「あなたを見捨てるなんてしません……っ! 絶対に!!」

 きっと手を取り合えると信じてそう言い募るも、オーエンはただ冷たく笑うだけだった。

「おまえがそうだとしても、そこの奴等はどうだろうね。オズやフィガロ、双子先生は、むしろ厄介払いができてせいせいするんじゃない」

 その言葉を裏付けるように、彼等はそれを否定してはくれなかった。冷たい空気に、賢者は背筋を震わせる。

「どうして、自分のことをそんなふうに……
「僕はおまえたちの本心を汲んでやっているんだよ。口では協力しようだなんて言って、その心は猜疑心でいっぱいだろう。いつ寝首をかかれるかと警戒しながら仲間ごっこだなんて、僕だって願い下げ」
「賢者の魔法使いたちが無意味に殺し合いをしたとしたら、私は新しい魔法使いを召喚しません!」

 嘘でも信用すると言わないことは、きっと彼等の誠意。長く生きて、付き合って、分かり合えなかったからこそ、その言葉を軽々しく口にできない。そしてそんな彼等を若い魔法使いたちが簡単に信用してしまうから、彼等を守るためにも疑い続けなければならない。何時でも殺せるという顔をしながら懐に入ってくる、強大な力を持つ魔法使いたちを。
 なら、そんな不安定な彼等を繋ぐことが、賢者の役割だ。信用できなくてもいい。だから今だけは協力できるように、その心を繋ぐ、言葉を。

…………
「仲間を見捨てるような人達に、世界なんか救えません。その時は、私も一緒に滅びましょう」
「はは。……そんな言葉を、信じるとでも? 信じさせて、最後に裏切るつもりでしょう。なら、最初から信じない方がましだと思わない?」
「信じたくなければ、信じなくてもいいですよ。ここにいる魔法使いたちが、私が本気だとわかっていれば、いいんです」
……約束を破ったところでなんの咎も受けないおまえの言葉に、どれだけの力があるっていうのさ」
「どうして……。っ、どうして信じてくれないんですか?」
「信じるくらいなら、死んだ方がましだからだよ」

 けど、オーエンもむやみに魔法舎の仲間を攻撃しない。それは、彼等の絶妙なパワーバランスのおかげでもあるのだろう。ただ、オーエンはそれを言葉にしない。本当は信じたいのだと、思いたい。けど、安心して信じてもらえるほどのものを、賢者は持っていない。きっとそれは時間をかけて築いていくもので、少なくとも今はない。絶望を浮かべる賢者に、オーエンは優しく笑いかける。

「ほら、賢者様。後ろを見て。誰一人約束なんかできない、あなたの魔法使いたちだよ」
「じゃあ、俺が約束する」

 割って入ったのは、今まで黙って話を聞いていたカインだった。迷いのない真っ直ぐな言葉が、誰も信用出来ず信用されないことに安心していたオーエンに容赦なくぶつけられている。

…………は?」
「おまえだけ置いていかない。おまえを一人にはしない。死ぬ時は、俺も一緒に死んでやる」
「なに、言ってるの。百年も生きてない若造が、約束を破った所で人間に戻るだけじゃない」
……
「格好をつけて、馬鹿みたい」

 そもそも魔法使いであることを隠して生きてきたのだから、魔法使いとしての自覚などないだろう。そんな皮肉を向けられて、カインは言葉に詰まる。そんなカインに向けられたオーエンの笑顔が、少しだけ儚んだ。騙されたと思ってその手を握り返す、それだけで心は繋げられるのに。それをしないことを彼は望む。

……それなら、あの妙な連中の元に行かないように、きみを閉じ込めるしかないな」
…………

 これ以上は無理だと悟ったのだろう。脅しをかけるようなセリフを吐いたのはフィガロだった。
 オーエンの視線が鋭くなる。閉じ込めるなんて穏やかじゃない。けれど、平和的な話し合いを散々拒まれた賢者に口を挟む隙はなく、はらはらとその行く末を見守るしかない。

「やってみなよ」
「随分強気だね。ここにはオズや、スノウ様とホワイト様もいる。きみに勝ち目はないと思うけど」
「あはは……。なら、問答無用で殺せばいいのに。随分お優しいんだね」
「賢者様がそう望んでるからね。きみをなるべく傷つけない方法を」
「最悪。死んだ方がまし」
「だけど、きみは死ねない。心臓が隠されている限り」

 忌々しげなオーエンの表情に、かける言葉を見つけることが出来ない。きっとフィガロのその冷たい言葉の方が、オーエンにはよっぽど信用に足るものなのだ。
 彼にとって、全ての善は偽善だ。正義なんて信じていない。見返りのない正義は全て嘘だ。
 確かに、そんなものはないのかもしれない。理不尽に暴力を振るってくる相手にまで、優しくしようなんて酔狂だ。優しくされたいから、優しくしたいと思うのだ。

 ただ、オーエンから出てくる心を蝕む言葉は、その苦しみを知っている者の言葉な気がする。理不尽と思えない。だから、優しくしてみたい。優しくしてあげたい。優しさを信じられなくなった彼に、優しさを思い出して欲しい。
 なのにオーエンはこちらが誤解するようなことばかり言って、惑わせて、同情もさせてくれない。
 それは自ら、罰を受けようとしているようにさえ見えた。