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はりぼて自家発電所
2024-12-27 03:47:10
108331文字
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因縁
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天邪鬼のかくしごと 前編
魔法舎に北の魔法使い、オーエンの迎えが来た。記憶喪失、ショタ化など。
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夢の森からそれほど離れていない場所に、その小さな村はあった。フィガロが不思議そうに首を傾げる。
「この周辺にあった村は、夢の森ができた時にほとんど滅びたはずだけど
……
」
「なんか嫌な雰囲気の村だな
……
」
「北の国にある村にしては、なんかこう
……
」
「生命力というか、なんか活気がある気がするのう
……
」
フィガロに続いて、カイン、スノウ、ホワイトが感想を口にする。見るからに怪しい村を前に、オズも低い声で会話に参加した。
「魔法使いが多い」
「珍しいね。北の国の魔法使いが、群れて行動するなんて」
「オーエンの気配もある」
「彼より強い魔法使いの気配はないけど、用心するに越したことはない。オズ、おまえがいれば、何も問題はないだろうけど」
賢者は村の戦力を冷静に分析するオズとフィガロを頼もしく思った。これでオーエンと穏便に話が出来れば言うことはないのだけれど。
「あの、いきなり力ずくでの制圧はやめてくださいね
……
」
「遠路はるばる、このような村までようこそお越しくださいました」
賢者が二人に釘を刺していると、いつのまにか紺色のローブを頭から被った怪しげな老人が近くに立っていた。まるでお化けでも見たような心地で見つめると、老人は「ほ、ほ、ほ」とゆったりと笑った。オズが訝しそうに目を細める。
「これはこれは、世界最強の魔法使いのオズではありませんか。あなたがたは
……
」
「こんにちは、私たちは賢者の魔法使いです。こちらで大いなる厄災の影響が出ているかもしれないので調査をさせてください。それから、仲間がこちらにいると聞いて、迎えに
……
」
「いやはや、思ったよりもお早くて驚きましたよ。さあオーエン、ご挨拶を」
「僕に指図しないで」
老人の友好的な態度に安心したのも束の間、オーエンの冷たい声が上から降ってくる。見上げれば、彼は優雅に箒に乗って、ゆっくりと下降してきていた。その表情からはいつもより感情が読み取れなくて、どこか不安になる。
「あっ、オーエン! よかった、無事だったんですね」
「
……
」
思わずそう言ったが、オーエンの反応は薄い。皮肉すらも返って来ない。
「賢者様、そんな人聞きの悪い。わたくし共が大切な家族に危害を加えるわけがありますまい」
「え、家族
……
?」
百年以上生きている魔法使い対して違和感のある言葉だった。北の賢者の魔法使いたちは理解に苦しむ顔をしている。オーエン自身、家族など覚えていないと言っていたのに。
「正確には、オーエンの遠い血縁です。もう血は薄れていると思いますが、祖先からはオーエンのことは言い伝えられておりました。いつか、必ず、迎えに行ってやらねばならぬと」
穏やかに告げられる言葉に、賢者は不信感を露わにする。
「
……
千年以上も経った、今更ですか」
しかも、その場所にはもう、オーエンはいなかったというのに。
「オーエンの力は強大でした。ゆえにわたくし共にも時間が必要だったのです。彼より強くなければ、彼を守るどころか、足でまといですからね」
老人はオズとフィガロにちらりと視線をやりながら、もっともらしいことを朗々と語った。けれど、その真偽がどうであれ、自分達が追い付くために、閉じ込めてその場所に縛り付ける行為が正当化できるとは思わない。なのに、オーエンは賢者の視線からふいと顔を逸らしてしまった。
「
……
フィガロ。彼等がオーエンの血縁って、本当だと思いますか?」
「有り得なくはない。血を調べれば分かるだろうけど、彼等も言っているようにあんまり血が薄まっていると難しいかもね」
賢者とフィガロのやり取りを聞くと、まるで冗談でも聞いたように老人は笑い飛ばした。
「そのようなことをせずともオーエンが大人しく我々と共にいることが、最大の証明になるでしょう。痛ましいことに彼から記憶は失われておりますが、心や体は覚えているのです。ここが彼にとって安らげる場所であると。なあ、オーエン」
老人からは有無を言わさぬ圧を感じた。オーエンは無言を貫いている。それは、これ以上の詮索を嫌がっているように思えた。
「
……
安らげる場所」
確かに、オーエンは魔法舎では眠ることができないと言っていた。自分の身を脅かす存在が、多すぎるから。彼が魔法舎に留まっているのは、賢者が無理を言って引き止めているからに過ぎない。
その事実にダメージを受けていると、カインが庇うように賢者の前に出て言った。
「
……
じゃあ、オーエンの無くし物っていうのは?」
「無くし物?」
「おまえたちがオーエンを連れ去る時に言ったんだろう。無くし物を預かっていると」
脅しているようにも見えた。と続けると、老人はなるほど、と納得したように頷いた。そして、まるで誤解だと言わんばかりに大仰に手を広げる。
「迎えに寄越した騎士が誤解を招くようなことを言ったようで、申し訳ない。無くし物、それこそが我々のことでしょう。遥か遠い昔に無くしたと思っていた家族。そしてオーエンもずっと我々を待ってくれていた
……
。これぞ家族の絆です」
言葉だけなら暖かいエピソードかもしれない。だがそれはあまりに寒々しい気配があった。オーエンの表情は、ずっと探し続けていたものが見つかったとは思えないほど、冷たい。
「
……
」
「たしかに、オーエンが大人しく言うことを聞いているのはおかしいね」
フィガロが穏やかに言った。
「そうですとも。賢者の魔法使いとしての役目もあることは重々承知していますが、久しぶりの家族の逢瀬、暫くの間、オーエンの外出の許可を
……
」
「そなたらの願いは分かった。じゃが、こちらもこのまま帰るわけには行かぬ」
オーエンが何も言わないことを寂しく思いながら、自分たちの目的はそれだけでは無いことを思い出す。双子が話の切り口を変えて、老人に詰め寄った。
「この村から良からぬものの気配がしておる。賢者の魔法使いとして、それを調べねばならんのでな」
オーエンは、ただひたすら、こちらに敵意だけを向けていた。彼は助けなんて求めていない。むしろ邪魔だとでも言うように、こちらが諦めるのを待っている。
「賢者様。俺にはオーエンが彼等に心を許しているようには見えない」
カインがそっと賢者に囁いた。賢者もそれは承知している。だって、彼が敵意を向けているのは、なにも自分たちだけではない。そこで家族の顔をして話している老人も、同じだ。本当に家族と思っている者に、そんな態度は取らない。
老人が困ったように眉を下げる。
「申し訳ありませんが、今よそ者を村に入れる訳には参りません」
「見られて困るものでもあるのか」
「まさか
……
」
「良からぬものの正体いかんによっては、村にも危険があるかもしれないよ」
「
……
」
双子に、オズに、フィガロ。
北でも特に有名な魔法使いたちに問い詰められて、恐れをなさない者は居ないだろう。彼等の反論を許さない迫力に、老人は一歩後退りする。そして、逃げられないと見るや、老人から友好的な気配は跡形もなく消え去った。
「オーエン
……
」
老人はこちらを懐柔するのを諦めて、彼の名を無遠慮に呼びつける。
オーエンは仕方なさそうにため息を吐くと、魔道具であるトランク取り出した。それを見てオズたちも殺気立つ。空気がひりついたのと同時に、賢者はカインに引き寄せられた。
「戦うつもりか? オーエン。この戦力差で。
……
死ぬぞ」
「はっはっは、面白いことを言う。オーエンが殺しても死なないことは、あなた方も知っておるだろう」
双子の問いに、オーエンは応えなかった。オーエンは何度でも死ねるのだ。きっと脅しにもならならない。けれど、死ぬ度に、ちゃんと痛いはずだ。それがまるで些細なことであるかのように取り上げられて、打ち捨てられていると思ったら、悲しかった。
「ああ、よく知っているよ。彼が家族だからって理由で、他人に従うような奴じゃないこともね」
「
……
黙ってないでなんとか言ったらどうだ? オーエン」
フィガロや、カインに言われても、オーエンの冷たい視線は全く揺らがなかった。まるで傀儡のようなおぞましさに、賢者は呼吸を浅くした。
「なにも言うことなんて、ないけど」
「さっきフィガロも言っただろ。おまえは他人に従うような奴じゃない。しかも、自分より弱い奴に
……
。どうしてだ。理由を聞かせてくれ。俺達はおまえと争いに来たんじゃない。話をしに来たんだ」
「べつに、どうだっていいだろ。それより、いいの? 悠長にしていて。
……
いくよ。《クーレ・メミニ》」
「「《ノスコムニア》」」
突如始まった戦闘に、賢者の魔法使いたちは即座に反応する。オーエンが箒で空を舞い上がりながら仕掛けた攻撃を、双子の魔法が防いだ。フィガロが反撃しながら箒で追いかけていく。オズがその様子を、見定めるように凝視していた。
「オズ
……
」
賢者は縋るようにオズを見た。オーエンは明らかに、自ら進んで彼等に従っていない。どう見ても可笑しい。なにか事情があるに決まっている。だが、オーエンが素直に話してくれるとも思えなくて。
「賢者よ。オーエンを連れ戻すか」
「それは、出来ればそうしたいです
……
!」
「オーエンを殺さずに連れ帰るのは難しい。だが、彼は何度でも蘇る。ならば一度殺して死体を連れ帰るしかない」
「そんな
……
」
出来れば、傷つけたくはなかった。大切な仲間だ。けど、オーエンはそう思ってないのだろう。こちらへの攻撃に躊躇いがない。オズや双子が揃っている以上、手加減して勝てる相手ではないのだから、当然だ。けれど、全力を出したってオーエンは勝てない。それも明白だ。
「ちっ
……
」
オーエンは双子の援護を受けているフィガロに苦戦している。村にまだいるという魔法使いが彼に加勢したとしても、こちらにはオズがいる。戦況を覆すのは難しいと、オーエンも分かっている筈だ。オーエンが戦う意味はすでにない。無駄に死ぬだけだ。
なのに。
従いたくもない筈なのに、どうして彼は戦うのだろう。
「オーエン
……
! なにをしている!」
「分かってるよ、うるさいな。
……
《クアーレ・モリト》」
老人が血相を変えて怒鳴っている。オーエンはフィガロの攻撃魔法をひらりと躱すと、姿を消した。かと思うと、いつの間にかオズの目の前に現れる。
「
……
! 《ヴォクスノ
…
》」
オズが呪文を唱える前に、オーエンが手を伸ばし、オズの体に抱きついた。あまりの出来事に、世界最強の魔法使いの動きが止まる。直後、爆音と共に、後方から放たれた攻撃魔法が、オーエンとオズを襲った。
「な
……
っ!?」
「やったか?」
爆煙が立ち込める場所に、オーエンだけが蹲っていた。オズも少しふらついて煤を纏ってはいるが、それはすぐに消える。足元に転がるオーエンを、オズはただ、見下ろしている。
賢者はカインと共に二人に駆け寄った。
「オズ、オーエン、無事ですか!?」
「家族じゃなかったのか!? もろとも吹き飛ばそうとするとは
……
!」
「オーエン!! 起きなさい! なにをしている! くそ、まだ生き返らないのか
…
」
賢者とカインの言葉を遮り、罵声を飛ばす老人の周りには、いつの間にか数人の魔法使いが集まっていた。彼等が一斉に攻撃魔法を放ったのだろう。オーエンごと、オズを殺そうとして。
けれど、オーエンがいなければ勝機などないと分かっているのか、村の魔法使い達はただ遠巻きにしながら徐々に後退していく。誰も、オーエンに駆け寄ろうとすらしない。
「
……
オーエン」
オズが、膝を着いてオーエンを覗き込んだ。その目には冷たい光はなく、ただ憐れみの眼差しが浮かんでいる。それを横目にフィガロは村の魔法使いたちに優しい眼差しを向けた。
「これは、今のうちに皆殺しにした方が良さそうだね」
「「賛成~」」
「くそ! オーエン!! そろそろ起きているだろう!!」
オーエンがいなければなにも出来ない村の魔法使いたちを、賢者は嫌悪した。フィガロと双子たちの言葉を咎める余裕もない程に。
意地が悪くて、人を怒らせるのが得意で、嫌なところを思い浮かべれば沢山思いつく。けれど、だからと言って、彼本人が悪態を望み、死ぬことなど造作もないと宣ったとして、そんな扱いを受けていいわけがない。
いや、違う。
こんな扱いを受けるから、彼はそうならざるを得なくなってしまうのではないか。
「っは
……
。こんな弱い魔法で
……
、死ぬわけないだろ
……
」
オーエンが顔色を悪くしながら目を覚まし、重たそうに立ち上がる。まとわりつく賢者とカインの視線を認めて顔をしかめると、それを押しのけるようにしてよろりと立ち上がる。
「おい、オーエン。無理を
……
」
カインの声は、老人の怒鳴り声に遮られる。
「オーエン! もう一度だ!」
「けほっ、だから、おまえたちの弱い魔力じゃ僕が無駄に痛いだけなんだけど」
「おまえは死なないだろう、オズだって無傷じゃない。なんどもやればいつかは
……
」
「最悪
……
。先におまえたちを皆殺しにしようかな」
「そ、そんなことしたら、おまえも道連れだぞ!!」
「分かってるよ
……
。オズ、悪いけど、もう一回やるよ」
村の魔法使いとオーエンの会話は、百歩譲っても仲間の会話ではない。オズも眉をひそめている。
「なぜ、彼等の言うことを聞く?」
「
……
教えない」
「いや、教えてやろう。我々はオーエンの心臓を握っているのだ。お優しい賢者様とその魔法使いたちよ、理解したらこの村から立ち去れ!!」
「
……
最悪」
オーエンが忌々しそうに顔を歪めた。賢者達に知られたくないことだったのだろう。
心臓を握られている。それはすなわち、彼らはいつでも、オーエンを石にすることが出来るということではないだろうか。
「脅されてるのか!?」
カインが驚愕する。それでは、オーエンを説得するのはほぼ不可能に近い。誰だって命を盾にされてはどうしよ うもない。
「オーエンを道連れにするというのは、そういうことであったか
……
」
「そういうことだ! 我々に何かあれば、すぐさまオーエンの心臓を握り潰せる
……
!」
「それよりも早く殺せば済むことだ」
オズがぼんやりと呟くと、村の魔法使い達が怯んだ。
「そ、それはダメですよ!! 心臓がどこにあるか分からないから、オーエンも嫌々従っているんです! せめて安全であることを確認して
……
っ」
「そもそもあやつらがオーエンから心臓を奪えたとは思えんが
……
」
「厄介なことになったなぁ。
……
けど、オーエンが大人しく従っているということは、デタラメでもないんだろう」
「
……
《クーレ・メミニ》」
「《ヴォクスノク》」
「あーあ。ほら、同じ手なんか二度も通じないよ」
もう一度、オーエンがオズに仕掛けるも、それはあっさりと阻まれる。面白くなさそうに、オーエンはため息を吐いた。けれど、村の魔法使いたちは一切手を出そうとしない。
「いいから、もう一度やれ!」
「指図するな。諸共殺すよ」
「ひっ
…………
」
「黙って見てなよ」
オーエンだけを矢面に立たせて、遠い場所から援護するだけの魔法使いたち。信頼なんて微塵も感じられない。それを、命を握られているとは思えない冷静さで背後に庇いながら戦うオーエンも、どうかしている。
「《クアーレ・モリト》」
「
……
っ!!」
流石に同じ手を使うのを諦めたのか、オズに向かうふりをして、オーエンはカインを狙った。しまった、という顔をする北の魔法使い達を横目に、オーエンはにやりと笑う。
「やあ、騎士様」
「やめるのじゃ、オーエン!」
「弱い賢者様と騎士様を連れてくるなんて、馬鹿だよね。おまえも本当に間抜け。なんの役にも立たないくせにこんな所までやってくるなんて、狙われないとでも思った?」
「くっ
……
」
カインは魔道具の剣を出して応戦する。だが、力の差は一目瞭然だった。オズとフィガロが咄嗟に助けようとするが、カインまで巻き込まれる可能性がある以上下手に手出しができない。
「ほらほら、どうしたの。これじゃあどっちみち目玉を取り返すのも永遠に無理かな。
……
残念だけど、ここで死んで」
どこか寂しげに囁くオーエンの目は、本気だった。いっそ不自然なほどに、無理やり感情を殺しているような、違和感。
「カイン!! こちらへ
……
っ」
オーエンにカインを殺させてはいけない。賢者は咄嗟にそう思った。
カインの命は一度きりだ。この一瞬、僅かに惜しんだ気持ちを殺したって、オーエンの肉体と同じように、その心が蘇りはしないだろうか。その時彼は、後悔しないだろうか。自分の命を、選んだことを。その後悔すら無かったことにするならば、その時になって初めて、彼の心は死ぬだろう。
オーエンは決してそれを口外にはしないだろうから、誰も知らないところで、ひっそりと、カインを殺したくなかったオーエンの心は死ぬ。
そうやって、生きるために、体だけでなく心も殺し続けてきたのかもしれない。そう思ったら、賢者の方が泣き喚いていた。悔しくて、苦しくて、錯乱している賢者を、双子が宥めようと寄り添う。オーエンの攻撃をなんとか捌きながら、カインは賢者を安心させようと笑った。
「大丈夫だ賢者様! 不本意だが、俺がいることでオズ達を無力化できている。っなら、簡単には殺されないはず
……
」
「あはは。馬鹿。おまえが死んだら次は賢者様を狙うよ」
「それなら尚更俺が囮にならないとな。
……
おまえも賢者様がいなくなるのは困るだろ」
「さあ、関係ないよ。僕が一人で負けるくらいなら、この世界がどうなろうがどうでもいい」
「って、言ってるぞ! どうするつもりだ、おまえら
……
っ」
オーエンの相手をしながらカインが語りかけたのは、村の魔法使いたちだ。オズたちは攻撃できなくとも、カインに守護魔法をかけているので、このままでは決着がつかない。一人で戦っているオーエンが疲労するのが先だろう。
「
……
っいい! その中央の魔法使いを殺せ! 我々は賢者を
……
」
構わずオーエンにそう命令し、双子が守る賢者のもとへ向かっていく魔法使いたちを見て、オーエンは柳眉を顰める。もはや、彼等には冷静さも残っていない。弱者の捨て身の攻撃は、愚策以外の何物でもない。
「ちっ、できもしないことを
……
《クーレ・メミニ》!」
オーエン自身も知らない、心臓の在処を知っている者を、オーエンは守らねばならなかった。誰が知っているのか、ましてや本当に知っているかも分からない、不確かなものの為に、オーエンは戦う。
賢者を守る双子に向けて、オーエンはトランクを開けた。途端、三つの頭を持つ獣が飛び出してくる。魔力が放出される衝撃で、村の魔法使いたちが吹き飛ばされた。それと同時に、賢者を攻撃しようとしていた彼等を、容赦なく排除しようとオズが放った攻撃魔法が、フィガロによって相殺される。それは、ケルベロスの眼前で衝突して、弾けた。
「フィガロ。なぜ止める?」
「村の魔法使いを殺すのはまだ早い。まだなにも分かっちゃいないんだから」
怯んだケルベロスは、興奮して飼い主であるオーエンに襲いかかった。それをいなしながら、カインの体を踏みつけ、オーエンは低い声で言う。
「何を危惧してるのか知らないけど、この村にはなにもない。さっさと帰れよ。それとも、こいつをケルベロスの餌にしたいの?」
村の調査なんて、そもそもが建前だ。本当の目的は、オーエンを連れて帰ること。
だけど、オーエンにとってはそれが逆なのだ。なんて、歯がゆいのだろう。仲間を傷つけるこんな場所、滅びたっていいとすら思っているのに。
「おまえはっ、本当はどうしたいんだ
……
?」
「なに?」
踏みつけられながら叫ぶカインを、オーエンは冷たく見下ろす。その目が僅かに困惑して揺れている。
「そいつらに着いていく、俺たちと魔法舎に帰る、どっちが良いのかって聞いてるんだ
……
!!」
カインがオーエンの脚を掴みながら怒鳴るように問いかける。威嚇した猫のように、オーエンはカインを振り払って距離を取ると、最悪の二択だとでも言うように、表情を不愉快に染めた。飛び出して行きそうなケルベロスをあやしながら、オズやフィガロを警戒する。獣はグルグルと唸りながら、主人の命令を待っている。
「
……
分かりきったこと聞くなよ。僕はあいつらに心臓を握られてる、だから
……
」
「そうじゃなかったら?」
「
……
」
「心臓が握られてなければ、どうしたかった? あいつらに従っていたか!?」
「そんなわけ
……
」
「なら、この手を取れ! 助けてやるからっ!!」
オーエンは目を見開いて、たじろいだ。伸ばされたカインの手のひらから無理矢理視線を引き剥がすように逸らす。
「っ、馬鹿、じゃないの。取るわけない。だからっておまえたちと行きたいわけじゃない。助けなんて、いらない」
助けなんていらない。
その言葉に傷ついたのは果たして。
「なら、しょうがないね。オズ。俺がオーエンとカインを引き離す」
「
……
わかった」
「ま、待ってください!」
フィガロが笑って、オズが頷く。
それを、非道だと思ってしまう。賢者は二人の魔法使いを止めようとするけれど、両脇から双子に制されてしまった。腕を引かれるまま耳を貸すと、二人は小さな声で囁いた。
「安心せよ、賢者。オーエンを見捨てはせん。むしろその方が都合が良い」
「我らがオーエンをボコボコにする振りをして拉致すれば、あやつらもオーエンに文句は言えまい」
「わざわざ迎えに来るほどオーエンの力を欲しておったなら、心臓も丁重に扱う筈じゃ」
「詳しい話は、無理矢理連れ帰ったオーエンから聞き出すのじゃ」
「一度は死ぬかもしれんが、それくらいは許せ、賢者」
オーエンが助けを求めてくれないのなら、それしか方法はない。渋っている間に、オーエンがカインを殺してしまうかもしれない。それだけは阻止しなくてはならない。
「わかり、ました」
「待ってくれ! オズ、フィガロ! こいつは何も悪くない!」
カインだけが自分の身の危機を分かっていなかった。いや、分かっていてオーエンを庇っているのかもしれない。対話でオーエンが納得してくれるのを、諦めていない。そんなカインの存在があることを、賢者は頼もしく思った。
「はは
……
、まだそんな甘いこと言ってるの?」
「命を握られれば、誰だって言うことを聞くしかなくなる
……
! 本当は嫌なんだろ! こんなこと
……
」
「減らず口を
……
。いいよ、また噛み殺されたらいい」
本当は嫌だったとしても、助けて欲しいだなんて言えないのかも知れない。自分の心臓を万が一にも破壊される訳にはいかないだろうし、助けてという、そのたった一言を紡ぐのは、オーエンの矜持が許さない。
手を取る準備は出来ているのに。苦しそうに喘ぐオーエンは、確かに誰かの助けを必要としているのに。
「グルルルルル
……
っ!」
獣が牙を向き、オーエンが呪文を唱える。オーエンは、ケルベロスを差し向けると同時に、カインにかかっているオズとフィガロの守護魔法を破ろうと魔法陣を展開した。
「「いかんな。あれは所詮守護魔法じゃ。《ノスコムニア》」」
スノウとホワイトが防御魔法を、フィガロがカインとオーエンを引き離すための魔法を展開する。
強い魔法使い達の強力な魔力がぶつかり合う。そして、カインに襲いかかる獣の姿を最後に、辺りは眩い光に包まれた。
轟音。
光に焼かれた目が慣れてくると、最初に視界に飛び込んできたのは、派手に飛び散った血痕だった。防御が間に合わなかったのかと、賢者の頭の中を最悪の結果が光速で通り過ぎていく。
「カイン
……
っ!?」
「動くな賢者。カインは無事だ」
駆け寄ろうとした賢者は、オズに止められる。オーエンを仕留めるために魔道具の杖を構えていたオズは、出番がなかったかのように静かに佇んでいた。そう、北の魔法使いがこれだけ揃って、カインを守り損ねるなど、ありえはしなかったのである。
では、あの血の持ち主は。
「
……
っ、オーエン
……
」
衝撃で吹き飛ばされていたカインが、身体を起こしながら見つめる先。
「
……
っは、この、馬鹿犬
……
」
果たして、ケルベロスに体を食いちぎられて地面に伏していたのは、オーエンだった。カインが駆け寄ろうとするが、ケルベロスの頭の一つに弾かれてしまう。けれど、彼はすぐさま立ち上がった。再びオーエンの元に行こうとするカインを、双子が捕まえる。
「スノウ、ホワイト
……
! 離してくれ、どうして、」
「オズ、フィガロ
……
! ケルベロスをなんとかしてください!」
「
……
」
カインと賢者の懇願に、オズは冷たくオーエンを見つめ、フィガロは嘲笑する。
「まあ、自業自得っていうか
……
」
その言い草に、ぞっとした。
「く
……
はは
……
。本性を現したね、オズ、フィガロ
……
。利用された挙句、飼い犬に腹を齧られた憐れな僕を見捨てるんだ?」
オーエンは口から血液と一緒に嫌味を吐き出す。どこか満足そうに、自分の体に噛み付く獣を愛おしそうに撫でてすらいた。村の魔法使いたちは、その異様な光景を唖然と見ていたが、すぐに我に返った。
「お、オーエン! 早くその獣をどうにかしろ。賢者の魔法使いを追い払え
……
!!」
「むちゃ、
……
いう、な
……
」
家族なら、仲間なら、真っ先に心配すべきだろうに、獣に貪られるオーエンに向かって、彼等は辛辣に野次を飛ばすだけだった。手を貸す素振りも見せずに、自分でどうにかしろと。
そんなことを言われずとも、オーエンはケルベロスをあやし続けている。けれどケルベロスは、オーエンの言うことを聞かなかった。夥しい程の血が、オーエンの薄い体から溢れ続けている。賢者も、それを見ていることしか出来なかった。
「北の村の魔法使い達よ。今日のところは見逃そう。賢者の魔法使いであるにも関わらず、賢者に牙を向いたオーエンの処分をせねばならぬのでな」
「村に戻るといい。我らはそなたらやオーエンがどうなろうと一向に構わぬ」
スノウとホワイトの不自然なほど冷たい声に、村の魔法使いたちは慄いた。やがてすごすごと去っていくのを確認すると、オズが呟いた。
「《ヴォクスノク》」
直後、ケルベロスがオーエンのトランクに強制的に戻される。フィガロも冷血だった気配を消して、すっかり優しい笑みを浮かべると、オーエンの傍らに膝を着いた。
「フィ、ガロ
……
」
「あーあ、酷くやられたね。中がぐちゃぐちゃだ。こりゃ治すのは骨が折れるよ。一回死んどく?」
「
……
っ」
「やめておけ。心臓を握られておる以上、無闇に死ぬことは心の負担になる」
「み、みんな
……
」
動けず、声も発せないオーエンを、フィガロが丁寧に診ていく。冷たい態度は見る影もなく、賢者はほっと息を吐いた。村の魔法使いたちを追い払うための演技だと分かっていた。分かっていたけれど、心臓に悪かった。
噛まれた傷は余りにも酷く、魔力も弱っているためか、オーエンはすぐには起き上がれない様子だ。賢者は堪えきれず泣いてしまった。それを見て、オーエンが嗤おうとしたのが分かった。
「う
……
、ぁ」
「喋らない方がいい。きみの自己治癒力も間に合ってないし、傷が開くよ。どうせ可愛くないこと言うつもりだろ。いい子に寝てなよ」
フィガロの言葉はそれでも優しかった。少なくとも、賢者にはそう感じた。
オーエンは悔しげにフィガロを睨みつけてから目を閉じる。回復に専念することにしたらしい。
「どうしてケルベロスはオーエンを襲ったんだ? 直前までは俺を狙っていたのに
……
」
その様子を見守りながら、カインが疑問を口にした。それは賢者も思ったことだった。たしかに、自分はケルベロスに嫌われているとオーエンは言っていたけれど。それでもケルベロスはオーエンに従うはずだった。
「いや、オーエンに逆らった訳ではない。獣は人よりも人の心が分かるからのう
……
」
ホワイトが、オーエンの頭を撫でながら呟く。
「どういうことですか?」
「おそらくじゃが
……
。カインを咬み殺すより、自分が咬み殺された方がいい、というのがオーエンの本音だったのかもしれん」
ケルベロスはオーエンの心の声に従った。おそらく、それはオーエンも自覚できないほどの願い。カインが求めてやまなかった、オーエンの本音。
それを聞いて、カインは苦痛に顔を歪めるオーエンの顔を見つめた。
もし、双子の言ったことが本当ならば、オーエンはやはり天邪鬼だ。けれど、誰がそれを責められるだろう。彼は、自分の身を守るために嘘をついた。けれど同時に、カインを傷つけたくないと思っていて、どうすればいいか分からなかった。その結果自分が大怪我負ってしまった。
ケルベロスに齧られながら、満足そうに微笑んでいたオーエン。どうしようもなかった、その時の複雑な感情を想うと、胸が痛い。
「自覚はないだろうから、賢者様やカインが心を痛める必要はないよ。さぁ、オーエンを運んでくれる? 魔法舎に一度帰ろう」
オズが魔法で魔法舎までの空間を繋げると、カインが頷いてオーエンを抱き上げた。眠るオーエンの頬を、彼の手が愛しげに撫でる。
それは、なんだか見てはいけないようなものな気がして、賢者はそっと目を伏せた。
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