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はりぼて自家発電所
2024-12-27 03:47:10
108331文字
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因縁
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天邪鬼のかくしごと 前編
魔法舎に北の魔法使い、オーエンの迎えが来た。記憶喪失、ショタ化など。
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「簡単に言うと、愛情不足だよね。その対策として、まずは命を粗末に扱わないこと」
言い切ったフィガロに、オーエンは疲れた顔を隠しもせずに深く息を吐いた。目下の問題は餓死だが、そもそも体が食事を受け付けないため、まずは点滴や拒絶反応の少ないシュガーなどを摂るようにし、スープや流動食から始めて徐々に固形物を口から摂る練習を必要とした。
そしておそらくそれは、生きるということに執着していないオーエンが継続するには難しい行為であるという説明がされると、カインが間髪を容れず「俺が面倒を見る」と断言した。嫌そうな顔をするオーエンにフィガロが朗らかに笑う。
「本当のきみは大人で、その行為を屈辱に思うかもしれないけど、今は折角子供の姿なんだ。まずは甘えることを覚えた方がいい。ここにはわがままをむしろ喜ぶ魔法使いが沢山いるしね。もちろんあまり無茶を言うなら俺やカインが止めるけど、怖がらないで、恥ずかしがらないで、素直な気持ちを吐き出してごらん。今のきみの魔力なら、暴発しても大事にはならないだろうし」
「
……
それ、馬鹿にしてるだろ」
「してない、してない」
オーエンは暫く恨めしそうにフィガロを睨んでいたが、カインに強制的に部屋に連れ出されてしまった。辛うじて死なないだけで、食事を摂っていない体はほとんど言うことを聞かない。移動する時はカインに抱きあげられ、それ以外はベッドの上で過ごすことを余儀なくされる。
退屈すぎる療養にすぐに根を上げ、これで最後にするから、一度死なせてくれれば普通に動けるようになる、というオーエンの主張は即却下された。挙句、万が一にも自殺がないようにとカインに一日中監視されることになったため、オーエンの機嫌はそれからずっと低いままである。
部屋に一人でいさせられないと、カインが行く先々に連れ出されることにもなってしまい、食事の練習も他の魔法使いたちがいる食堂でさせられることになった。そのことにただでさえ屈辱を感じているのに、ミスラやブラッドリーが案の定馬鹿にしてくるので、オーエンはその場で傷ついた演技をしてみせてやるのだ。
「ひどいなぁ、そんなに目障りなら早く僕を殺してよ。そうしたらこんな面倒なこと、僕だってしなくていいんだよ」
するとカインだけではなく、その場にいた双子やネロ、ルチルの説教が始まるのである。居心地悪くなっている二人に舌を出してやるのが、オーエンの最近のストレスの発散方法である。
柔らかくて味が薄い食事なら問題なく喉を通るようになって来ると、今度は歩く練習が始まった。それまでは見張りの名目上一緒の部屋で過ごしているカインが、朝と晩に足の筋肉が衰えないようにマッサージをしてくれていた。重たい腕を動かして、ベッドから足を下ろして、もそもそと着替えを終えると、カインに手を借りながらまずは立ち上がる練習。
「あ
……
っ」
かくん、と膝が曲がって、カインの胸に支えられる。そのままズルズルと崩れ落ちて、ペタンと座りこんでしまう。暫く動かない間に、まるで自分の体ではなくなってしまったかのような感覚が、オーエンを不安にさせる。
「まだ力が入らないか? 大丈夫、何回でも付き合うから、ゆっくり
……
」
「うるさいな、今やろうとしてる
……
」
「焦るなって。足だけじゃなくて、腰にも力いれて
……
」
「う、ん
……
!」
オーエンのカインの服を掴む手は驚く程強かった。それだけ自分の足で立ち上がることを望んでいるのだろう。カインは殆ど手を貸さず、オーエンが縋り付くだけの置物としてその様子を見守る。
「んっ、しょ
……
」
立ち上がってすぐ、オーエンはカインから手を離した。押しのけるようにして、部屋の外へ続く扉を目指して、足元に意識を向けながら、ふらふらと進む。
「わっ
……
」
オーエンが転びそうになれば支え、そして再び自分の足で一歩、二歩と進むのを黙って見守る。オーエンが歩くことに集中しているから、彼の気を散らすような声援は逆効果だった。
「は、
……
っはぁ
……
!」
息を切らしながら扉に到達すると、オーエンは扉に縋り付きながら、またズルズルと崩れ落ちていった。そんなオーエンに駆け寄って、カインは肩で息をして呼吸を整えているその背をさする。
「すごいすごい、もうこんなに進んだぞ!」
「うるさい、
……
たかがこの距離で、大袈裟なんだよ
……
」
「向上心の高いやつだな、そういうの、いいと思うよ」
「
……
くそっ、」
たったの数歩でなけなしの体力を消耗したのか、オーエンは悪態を吐きながら、すう、と目を閉じる。カインはそんなオーエンの体を抱き上げて、食堂に向かうべく扉をあけた。
「疲れたら寝るんじゃなくて、飯を食おう。そうやって筋肉は成長していくんだ」
「めんどくさい
……
」
「いずれ慣れるさ。今朝の飯はなんだろうな?」
「スープにパンを浸したやつがいい
……
」
「おっ、いいな。ネロに頼んでみよう。初めてのオーエンのリクエストだから、張り切ってくれるかもな」
「
……
ん
……
」
もはや返事をするのも億劫だという感じだったけれど、それでも今までは頑なに否定するほうを選んでいたことを思えば、きっと進歩したのだろう。
頑張って動いて食欲が出たのか、クリーム系のスープに小さくちぎったパンをひたひたに浸したものをたくさん食べていたオーエンの姿が、朝の食堂の空気をどことなく明るくしていたのは、本人だけが気づいていなかった。
それから普通に歩けるようになるまですぐだった。足元がおぼつかないのか少しフラフラしているので、カインがピッタリと傍にくっついてるのだが、オーエンは歩くのに必死なのかもう気にしていないようだった。余裕が出来たら近づくな、と怒られるようになるだろうから、それまでカインはこのスタンスで行くことにしている。
歩き疲れたオーエンは、食堂に入って直ぐのテーブルにちょこんと座って息をつく。カインが他の魔法使いたちとハイタッチをしに行くと、カインとハイタッチを終えたクロエとルチルが、オーエンの座るテーブルに移動してくる。
「おはよう、オーエン!」
「おはようございます、オーエンさん」
「
……
おはよう」
「オーエン、調子良くなって来てるみたいだね」
「朝ごはん、ご一緒してもいいですか?」
オーエンはちらりとカインを気にしたけれど、他の魔法使いとテーブルに着いているのを見て、そっとため息を吐くと、小さく呟いた。
「好きにしたら」
「良かった。今日の朝ごはんは卵のサンドイッチとサラダだって。食べれそう?」
「足りなかったらベーコンとかも焼いてくれるそうですよ」
カインの代わりに世話を焼いてくる二人を鬱陶しく思おうとして失敗する。一人で食べるのは嫌だな、と一瞬でも思った自分を否定したかった。冷たくして、傷つけて、彼等がオーエンから離れていく姿は容易に想像できる。そうなるべきだと思う。
「ベーコンはいらない」
だけど実際に拒絶できたのは、なんの意思も持たないベーコン。カインの好物。
「わかってるよ。ほら、おまちどうさん」
数分と立たずに人数分の朝食を持ってきたネロに「いただきます」と挨拶をして、オーエンはサンドイッチを両手で持ってぱくりと食べた。今頭に浮かんでいた思考が、空腹の満たされる心地良さにかき消される。その様子を微笑ましげに見ているネロを、クロエとルチルが嬉しそうに眺める。
「ネロさん、オーエンさんが思いっきりご飯を食べてくれるようになったから、嬉しそうですね」
「そうだね。初めの頃は心配してそわそわ見守ってたから
……
」
「あんたら、本人の目の前でこそこそ話するのやめてくんねぇか
……
?」
「あっ、ネロ、照れてるの?」
「ふふ、ほっぺが赤くなってますね」
「「かわいい~!」」
「やめろって」
「
……
?」
もくもくとサンドイッチを頬張っているオーエンは、いつのまにか楽しそうにしている二人を見て首を傾げた。食べるのに夢中で聞いていなかった。ネロがそれを顎で示しながらぼやく。
「かわいいってのはこういうのを言うんだよ」
「うん、一生懸命食べてるオーエンも可愛いよね」
「オーエンさんのことを可愛いと思っているネロさんもクロエもかわいいよね」
「そういうルチルだって~」
「うふふ。わっ、このサンドイッチのたまご、あまくてとろとろで美味しい!」
「ほんとだ! すっごく美味しいね、オーエン!」
「ふふはい
……
」
きゃぴきゃぴしながら、遅れて食べ始めて大騒ぎするクロエとルチルに、オーエンは胡乱気な瞳を向けて苦情を呟いたが、口にものが入っているので二人には届かなかった。
ネロはオーエンが何を言いたかったのか気づいたようだが、そんなことよりもきちんとフォークを使ってサラダを食べるオーエンに謎の感動を覚えていた。めちゃくちゃ零しているけれど、それはご愛嬌である。
おしゃべりしていたにも関わらず、先に食べ始めていた自分より早く食べ終わっているクロエとルチルに納得できない様子で食事を終え、食後のココアを飲んでいるオーエンの頭に、ネロの手が伸びた。普段であれば絶対にしないのだが、見た目が幼い故につい撫でてしまった。なんて呑気に思う。
「よし、全部食べたな。えらいえらい」
「ちょ
……
! 子供扱いするなよ」
「とことん子供扱いしていいって先生たちの命令だからな」
そんな言い訳を口にしながら、ネロは「ちょっと待ってろ」と言い、キッチンからもう一つ皿を出してきて、オーエンの目の前に置いた。それは綺麗にデコレーションされたケーキであった。
「どうぞ。快気祝い。騎士さんがもう殆ど自分で動けるって言ってたからさ」
そろそろ食べれるだろうと作ったのだとネロの台詞を聞きながら、オーエンはぱちくりとその可愛らしいケーキに視線を落としたまま固まった。ケーキの横に真っ白なクリームが盛られて、雲みたいにふわふわしている。
「すごく綺麗なケーキ! オーエンの大好きなクリームもたくさん!」
「オーエンさん、いっぱい頑張ってたから、そのご褒美ですね」
反応の薄いオーエンの代わりに、クロエとルチルがその場を盛り上げようとするが、オーエンはケーキを見つめて黙ったまま動かない。まるで未知の物に遭遇したような感じで、もしかしてケーキをケーキと認識できていないのではないか、とネロは不安になった。
「あー、えっと。もしかして、ケーキ、見たことない?」
「
……
」
あんなに甘いものに目が無かったのに、自分の好きなものが分からなくなる、なんてことはあるのだろうか。それとももう好きでは無くなったのだろうか。それはそれで切ない。そんな微妙な状況に助け舟を出したのは、四人のいるテーブルの異様な空気に気づいたカインである。
「オーエン。どうした? 何か思うことがあるなら言わなきゃ分からない。思ったことは隠さず言うって約束したばかりだろ」
あっさりとそう言ったカインにネロがえっ、と声を上げた。クロエとルチルもぎょっとしている。
「騎士さんあんた、マジで約束したの?」
「ああ、記憶が戻るまでの期間限定だが
……
」
オーエンはすぐに気持ちを抑え込んでしまうというか、伝えるのを諦めてしまうから。そうされると、察することができないカインはどうしようもなくなってしまう。だから、約束をした。それを破った場合、魔力を失うこと、気軽にするべきものではないという説明もしている。
「
……
こんな、」
表情を歪めて、オーエンは口を開いた。思ったことを言うだけだ。だから簡単に約束してしまった。なのに、約束したことを後悔するほど、オーエンはその言葉を重く感じた。けれど、約束していなければ封じ込めていた言葉。
「こんなの、
……
お腹に入ればみんな同じなのに、わざわざ細かく作りこんだりなんかして、バカみたい
……
」
「
…………
」
場が静まりかえる。この空気の中でケーキを口にする気にはなれなかった。だから言いたくなかったのに。カインとて、無理やり言わせたその言葉を簡単に否定することは出来ない。言葉を発した本人が、あまりにも苦しそうなら、なおさら。オーエンはこんな生ぬるい連中に囲まれて、酷く居心地が悪かった。
「はは、ま、そうかもな
…
」
傷ついたような、困ったような反応をせざるを得ないネロ。折角作った手の込んだ菓子。喜んでくれると思った。昔のオーエンだって無邪気に喜んでいたのだ。だからって、この幼いオーエンが無条件に喜んでくれなかったからと言って、文句を言える立場ではない。だってこれは、ネロが勝手にしたことだから。
「悪い、ネロ。こいつまだこんなことしか言えないんだ。素直じゃなくてさ。本当はネロが作った飯が一番好きだよな。今日も残さず食べてるじゃないか。俺が作ったやつは残してたけど」
「
…………
うるさい。おまえのは量が多いんだよ」
「でも、美味しいって言ってくれただろ。そういや今度ケーキを作ってもらおうって言ってたよな。いったいなにが気に入らないんだ?」
「い、言ってない」
「それは嘘だな。俺はちゃんと聞いたし、覚えてる。ネロに教えてやろうと思って
……
」
「余計なことするなよ」
「余計なんかじゃないさ。伝えるって、大切なことだよ」
「
……
」
オーエンがケーキに目を落とす。その姿は、どことなくしょんぼりしているように見えた。ケーキを食べたくなかった訳じゃない。だけど、ネロがはりきって作りこんでしまったせいで
……
。
「
……
わかった。オーエンさんは、ケーキが凄く綺麗だから食べるのが勿体ないって思ってるんだ」
「「え?」」
ふいにルチルが言った言葉に、ネロとカインが目を丸くした。
すると、クロエが目を輝かせる。
「分かる! 美味しいって分かってても、こんなに綺麗だとフォークを刺すのが難しいっていうか
……
!」
「いやいや、そんな大層なもんじゃ
……
」
「ああ、なるほど。そういうことか」
ネロが謙遜するのを遮るように、カインが納得する。
天邪鬼のオーエンは、素直に「勿体ない」と言えなかった。「食べられない」訳ではない。本当は嬉しかった。オーエンは相も変わらず、甘いものが大好きだ。ただ、きっと口の中が甘く蕩けて、幸せな気持ちになれるのは分かっていても、こんな、綺麗に飾られた、自分のためだと言われたケーキ。世界でひとつだけしかないのに、それは食べたらなくなってしまう。それは悲しいことだった。それが、勿体なくて。
「
……
」
「あー
……
」
ネロにとっては、何気ない自己満足の一貫で、喜んで食べて貰えたらならそれで良かった。そうやって食事を作るのは普通だった。『嫌々やっているとか、面倒なことを押し付けていると思わなくていい』。先日ネロが言った言葉。あれはオーエンの悪意を封じるための台詞であり、本当にオーエンがそういったことを気にしているのかは分からなかった。ただ、思っていなければ、あんなにすらすらと言葉は出ないだろう。
きっと、食べたいのに食べられない理由を無理やり言わされなければ、オーエンがケーキに対して綺麗だと思った心は知らずに殺されて、何事も無かったかのように、あまい、と満足気に笑っていたかもしれない。
けどそれは、彼の本当の笑顔だろうか?
「あのさ、オーエン。このケーキは見た目も頑張ったけど、中も色々考えて作ってみたんだよ。だからさ、フォークで切ってみてくんない?」
「
…………
」
「って言ったら別にそんな言うほどのことでもないんだけどさ。ちょっと見てみてよ」
オーエンは、確認するようにネロを見上げた。涙の膜が薄らと張った瞳が煌めく。ちょっと泣きそうになっているではないか、と笑いそうになるのを堪える。
オーエンは言われた通りにしかできない機械みたいに、ケーキにそうっとフォークを入れた。中はふわふわとした卵色のスポンジが層になっていて、その間には、真っ赤なベリーのジャムが挟まって、黄色と赤が縞模様を作っている。
「オーエンの目の色っつーか、騎士さんの目の色でもあるんだけどさ。上手く重ねられたんだよね」
ただのたまたまだけれど、作っている時にそう思ったのは事実だった。オーエンはその色合いを確かめるためにカインの目を覗き込む。
「へえ、やっぱりネロはすごいな。ああ、ほら、オーエン。フォークからケーキが落ちちまう。それもう食っちまえよ」
すっかり別のことに意識が向いてるオーエンにひとつ笑うと、カインは手に持ったままのフォークにその意識を戻させた。オーエンは思い出したように、フォークに乗ったケーキが崩れ落ちる前に口の中に突っ込む。
「
……
!!」
その瞬間、オーエンの幼い瞳があっという間に輝いた。もぐもぐと膨らませたほっぺたに手を当てて、足をパタパタさせた。まさか身体全部で、美味しい、と伝えてくれるなんて、きっと誰も思わなかった。その可愛らしい姿は、ハラハラと様子を見守っていた魔法使いたちをも、笑顔にさせたのだった。
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