はりぼて自家発電所
2024-12-27 03:47:10
108331文字
Public 因縁
 

天邪鬼のかくしごと 前編

魔法舎に北の魔法使い、オーエンの迎えが来た。記憶喪失、ショタ化など。







 記憶を失い、リケやミチルよりも幼い少年の姿になってしまったオーエンは、呆然と見つめてくるカインに顔を顰めて手を振り払うと、後退りをして距離を取った。

……オーエン」

 警戒する猫みたいだと、賢者は思った。オーエンが唇を震わせて、なにかを言おうとしたが、大きな魔力を感知したのか魔法舎の魔法使いたちが集まってきて、彼の表情は凍りつく。

「おい、なにごとだ」
「今の、オーエンの魔力ですよね」
「あ? それ、オーエンの野郎か?」

 ファウスト、ミスラ、ブラッドリー。
 その後ろから、ぞろぞろと現れる魔法使いたちに、オーエンは戦慄した。

「あ、オーエン……!」

 身を翻し、細い体に絡まる己のぶかぶかの衣服に蹴つまづきながら窓に駆け寄ったかと思うと、オーエンは躊躇わず窓から飛び降りた。あまりのことに、長寿の魔法使いたちすら、誰も反応できなかった。
 ぐしゃり、と何かが落ちて潰れる音がした。カインと賢者、それからフィガロが窓に駆け寄ると、白い塊が赤い染みを作りながら地面に転がっている。

「っ、《グラディアス・プロセーラ》……!」

 カインが箒を出し、窓から飛び出す。オーエンを抱き起こして、呼吸や脈を確かめて。

「オーエンのことはカインに任せて、まずは皆に状況の説明をしたほうがいいだろう」

 今にも飛び降りて行きそうな賢者を引き止め、フィガロが一様に困惑を浮かべる皆を振り返って言った。
 オーエンの体から溢れた記憶の欠片が、虹色に光り輝くマナ石になり、どこかへ飛んでいったこと。それはおそらくオーエンの魔力であり、何者かに奪われたこと。それにより、彼は成熟する前の姿になり、記憶も失ったこと。事の始まりは、北の国からオーエンの迎えが来た時からで、それから気にかけてはいたものの、その正体は未だに分かっていないこと。

「計画的なものだと思い込んでいたけど、たぶん、それが間違いだった」
「機を虎視眈々と伺っておったのじゃろ」
「誰とも交わらぬはずのオーエンが、誰かと手を取り合うその瞬間を」

 あの、オーエンに届いた手紙。すでに孤独を受け入れているオーエンには、きっとなんの効果もなかったはずだった。だけど、賢者やカインが彼を放っておかなかった。それが皮肉にも、手紙の主の手助けとなってしまったのだ。賢者はそのことを、後悔してもしきれない。

「オーエンは他人の力は必要ないって言っていました。それなのに、私は余計なことをしたのかもしれない。……だけど、知らないままで良かったなんて、そんなこと思えません。だって、本当は助けて欲しかったはずなんです。オーエンは自分から、手を伸ばしてくれたんですよ……! なのに、こんな……っ、こんなことってないです……っ!」

 オーエンは悪意を糧とするから善意が毒になってしまったのだろう。だけど、それはオーエン自身が望んだことじゃない。
 助けて欲しくて、助けたくて、やっと触れ合った指先。嬉しかった。少しでも前に進んでる、まだこの心は繋がれる、そう思った矢先。それをかすめ取る、本物の悪意。利用された、心の柔らかいところ。奪われるために、導かれたのだとしたら。
 そんなの、酷すぎる。

……そのとおりだな」

 悔しがる賢者に寄り添ったのは、ファウストだった。

「賢者、きみは正しいことをした。胸を張れ」
「でも、……オーエンは……
「魔力も記憶も失った。だから、やり直せるということだよ」

 正しい、だなんて。到底思えなかった。
 だって現にオーエンは何もかもを奪われた。彼の背後に何があるかなんて構いもせず、軽率に手を差し伸べて、結局、何も出来ずに、守れなかった。自己満足で、見殺しにしただけ。

「やりなおす、って……
「彼の魔力が良からぬことに使われるかもしれない、そのことはまず横に置いておけ。オズやフィガロ、双子たちがなんとかするだろう。千年、善意を受け入れられず、それが普通になってしまった魔法使いを変えるのは難しい。けれど、あの少年になったオーエンになら、まだ教えてやれるかもしれない。必要なのは、傷つく覚悟と、傷つける覚悟をすることだ」

 年長の魔法使いたちに目を走らせると、双子が力強く頷いた。世界を守ることよりも、各地で起こる問題に対処するよりも、賢者の魔法使いであるオーエンの心と体の方が大切だ。賢者はそうしてもいい立場にいて、義務があって、権利があった。

「僕にも出来ることがあるなら協力しよう。それから、若い魔法使いたちも。歳が近い者がいることは、きっといい刺激になる」
……はい」

 記憶を失うことを選んだのは、オーエンだった。それなのに、手を取らなければ良かっただなんて、そんなの、彼の心を踏みにじることにしかならない。
 ファウストの言葉でそれを思い出して、賢者はいくらか落ち着いた。今のオーエンは何も知らない。今までもそうだ。忘れるたびに、自ら捨てた筈のものを、取り戻したがった。それが地獄であることも知らずに、手を伸ばして、そのたびに奪われて。
 だから、彼はまた手を伸ばすのだろう。
 自分を、取り戻すために。
 ならば自分たちにできることは、決まっている。

「ありがとうございます、ファウスト。……次は、きっと大丈夫です」

 魔法舎で過ごした日々を思い描いて、賢者は深く頷いた。窮屈だったかもしれないけれど、オーエンとっても、これまでの日々は、地獄じゃなかったと思うから。