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はりぼて自家発電所
2024-12-27 03:47:10
108331文字
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因縁
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天邪鬼のかくしごと 前編
魔法舎に北の魔法使い、オーエンの迎えが来た。記憶喪失、ショタ化など。
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頭がぐらぐらする、気持ち悪い。
体が乾き、悲鳴を上げているのを無視していれば、やがて意識は遠のいていく。
ああ、死ぬんだなと漠然と思った。
そして当然のようにそれを受け入れていた。
「わっ、」
リケとミチルが中庭で花壇の世話をしていた時のことである。足元に感じた暖かい感触に、ミチルが小さな悲鳴をあげた。
「あ、猫
……
」
「かわいい
……
っ」
人懐っこく頭を擦り寄せて来る猫に表情が綻ぶ。猫は一通り体をリケとミチルに擦り付けてから距離を取ると、二人を待ちわびるかのように「にゃあ」と鳴いた。
「着いてきてって言ってるみたい」
「行ってみましょう!」
動物と心を通わせるなんて滅多にない経験にわくわくしながら、二人は立ち上がった。猫を追いかけて、森の中に入っていく。
「どこに行くんだろう」
奥深くに行くにつれて、薄暗くなる景色に少しだけ嫌な雰囲気を覚えたけれど、追いかけるのを止めるという選択肢はなかった。ガサガサと生き物の気配がする。その正体が小動物であったことにほっとして足を進めれば、動物の数が増えてきた。つんとした匂いがしたかと思って辺りを見回せば、草の影に隠れるように、服を着た何かが丸まっている。
「誰かいる
……
?」
「お、オーエン、さん?」
話には聞いていたけれど、幼くなったオーエンに実際に会うのは初めてだった。彼は二人が近くにいることにも気づかずに青白い顔で眠っている。
「あ
……
血の匂い
……
?」
ふいに、ミチルがつんとした匂いの正体に気づいた。その瞬間、オーエンが眠っているのではないと分かって、ひゅっと息を飲む。
「オーエン、大丈夫ですか
……
っ!?」
リケが草むらからオーエンを引きずり出す。丸まっていたのは傷を庇うためだったのか、隠されていた腹部にはべっとりと血がついていた。ミチルが慌ててオーエンの呼吸と脈を確認する。動転して震える手でも、息の根が止まっていることが確認できてしまう。
「み、ミチル
……
これ、死
……
っ」
「お、オーエンさんは、心臓を隠しているから死なないって
……
! はやくフィガロ先生の所に連れていきましょう!」
「っはい!」
ミチルと同じか少し小さい体は、二人でなら容易く抱えられるほどの重さだった。途中で通りかかったレノックスが途中から抱えてくれたので、フィガロの所まではすぐだ。オーエンはフィガロの部屋の前で一度目を覚まし、レノックスの腕から逃れようと暴れたけれど、すぐに体力をなくして大人しくなる。
「くそっ、離せよ
……
!」
「なにもしない。まだ回復しきってないんだから、無理を
……
」
「うるさい。おまえに関係ないだろ
……
っ」
「《ポッシデオ》」
フィガロの呪文が聞こえたかと思うと、オーエンの体はまたぐにゃりと力を失った。眠らされたようである。
「フィガロ先生
……
」
「人の部屋の前で何を騒いでるかと思ったら
……
、その子」
「その、オーエンさん、森の中で
……
」
「ああ。さっきミスラと揉めてたみたいだから、それだろう。まったく子供の姿でも容赦ないんだから」
「ミスラさんが
……
!?」
「こんな小さい子に
……
? 僕、ミスラにきつく言いにいってきます」
「あー、あー、大丈夫大丈夫。さっき双子先生にお仕置されてたから。それに、オーエンも自分の状況も理解出来ずに煽ったんだろう。あとは大人に任せて。ごめんね二人とも、迷惑かけて。この子を見つけてくれてありがとう。ミスラにやられたってのに見つからなくて困ってたんだ。レノも」
フィガロは穏やかに笑いながら、レノックスからオーエンを受け取った。
心配そうにしていた子供たちが去るのを見送って、ひとまずカインの部屋に連れていくことにする。フィガロの部屋で介抱しても良かったが、何もせずともじきに治る上に、目を覚ました時に見知らぬ場所では、警戒心を無駄に高めてしまう。今のオーエンに必要なのは、ここは安心出来る場所だという認識だ。そしてそれを教える役目は、カインに一任することにしている。まず信頼する相手は一人の方が、混乱が少ない。
部屋から出てきたカインは、オーエンの姿を見て悲しげな表情をした。
「フィガロ? その子は
……
オーエンか」
オーエンが死んでいるところを発見され、カインの元に運ばれてくるのは初めてではなかった。人前で眠ることや食事をするのを拒否するから、魔法舎のどこかで力尽きていることが多いのである。森で動物たちから分けてもらったのであろう木の実を食べたりしている気配はあるのだが、それだけで満足な栄養が取れるとも思えない。いくらオーエンが古い魔法使いで死なないとはいえ、子供が飢えて死んでいくのを、ネロなどは特に嘆いていた。
「一回生き返ったけど、暴れたから眠らせたところだよ。後のこと頼んでもいい?」
「勿論いいが
……
。今回はなんで死んでた? 飢え死にならそろそろ手段は選ばないぞ」
「それはお願いしたいところだけど、今回は飢え死にじゃなくてミスラに殺された。そっちは双子先生に任せてるけど、オーエンにもどうして殺されたのか、一応理由を聞いといてくれる?」
「なるほど。わかった」
カインは力強く頷いて、フィガロが去った後、オーエンを自分のベッドに寝かせた。この作業も、もう何度目だろう。まるで死んでいるかのようにぴくりとも動かない幼い寝顔。この間中央の国で迷子になっていたところを保護してからは、拒絶の意思はほんの少し和らいだ気はするのだが、まだ完全に心を開いてくれてはいない。
帰る場所が他にないと思い知ったから、仕方なく、といったところだろう。
「ぅ
……
ん
……
」
「起きたか。気分はどうだ?」
目覚めたオーエンに問いかけると、彼はカインの姿を認め、寝起き特有の重たいため息を吐いた。
「
……
すごくいい」
「嘘つくな。そんな青白い顔をして」
「食事を摂らないせいだって、うるさいんだもの」
「へぇ。じゃあ俺が心配してるってことも分かってくれてるんだな」
「
……
分からない」
「こら、目を逸らすな」
カインが顔を背けたオーエンの顔を覗き込む。オーエンは嫌な顔をして寝返りを打ったかと思うと、腕をついて酷く重たそうに上半身を起こした。
「は
……
。さいあく
……
」
「腹減ってるだろ? ネロがパンケーキ作ってくれるって」
「すいてない」
甘いものにも絆されないのは、それほど魔法舎を警戒している証拠。だからといって、記憶がなくなる前のオーエンに警戒心がなかったかといえばそうじゃないのだが。
オーエンは死ぬことを恐れているくせに、死を軽く扱う。それは、誰かを信用する方が怖いことなのだと、魂に刷り込まれてきた結果なのかもしれない。
「
……
だめだ。また餓死してるところを発見されたんだろう」
「今日は餓死じゃない」
「へぇ、じゃあどうして死んでた?」
オーエンは誘導尋問にあっさり引っかかってくれる。自分の中の矛盾に気づいていないせいだろう。オーエンの嘘は、言葉をそのまま受け止めるのをやめてしまえばなんの効力も持たない。自分の身を守る盾としては弱すぎる。だからこそ分かって欲しかった。ここでは自分の身を守る必要はないのだと。
「
……
ミスラが僕を、弱いだなんて言うから。だから、ムカついたんだ」
「勝てると思ったのか?」
カインの問いに、オーエンは居心地悪そうに目を逸らす。今のオーエンがカインに口で勝てることはないのだと薄々理解し始めているのだ。
「
…………
」
「力の差が分からないわけじゃあ、ないみたいだな」
「
……
もっと、上手くやれると思ったんだけどな」
諦めたオーエンは、本当に残念そうに呟いた。その様子は失敗して命を落したにしては、深刻なものには聞こえない。失敗するかもしれないと思いつつ、ちょっとやってみけどだめだった、みたいな軽さである。
「その挑戦しようとする気持ちは買うけどな
……
」
確かに記憶を失う前のオーエンなら、もう少し善戦したのだろう。ただ、その本能が今のオーエンに少しでも残っているのだとしたら、あまりにも危険すぎる。だが、怪我の痛みも、死をも恐れないオーエンにそう言って諌めることはもう何度も失敗していた。
「おまえは今魔力を一時的に失っているんだから、ミスラに勝つためにはまず魔力を回復するべきだ」
「どうやって?」
これは上手い返しじゃないか? と思った直後、当然の疑問にカインは困る。それは、カインも学んでいる最中のものだ。
「魔法使いは、心で魔法を使う。心が成長すれば、魔力は強くなる」
「心の成長って?」
ふんわりとしかカインも分かっていないことをふんわり伝えるが、オーエンの質問は容赦ない。
「えーっと、綺麗な物を見たりして、感動したりすること?」
だったような気がする。そんなうろ覚えのカインの様子を、オーエンは鼻で笑った。
「綺麗なものを見たって、感動なんてしないよ。悪くないとは思うけど、それだけだ。そんなことで魔力は強くならない」
記憶を失い、子供の姿ですらあると言うのに、オーエンの口調は長年生きてきた魔法使いのそれだった。そもそも、オーエンは特異体質で、人の思念から魔力を得るらしい。だから、一般的な魔力を得る方を説いたところで、話が食い違うのは当然である。そして恐らく、オーエンは本能で分かっている。どうすれば魔力を得られるのか。ただ、カインはそのやり方を推奨したくはなかった。
「
……
でも、やっぱり、何事にも体が資本だと思う。心はやる気なのに、体が動かないんじゃ意味ないだろ?」
「馬鹿にしてるの? 僕のこと」
「馬鹿にしている訳じゃない。だけど、おまえの出来るって気持ちに、体はついてこなかった。そうだろ?」
「
……
そうかも」
「だから飯を食おう」
オーエンは納得させられそうになって、しかし思いっきり顔を顰めた。カインは屈しない。
「これ以上拒否するつもりなら、口移ししてでも無理やり食わすが
……
どうする?」
にっこりと首を傾げればオーエンは嫌そうな顔をしながら、瞬きを繰り返した。やがて、観念したように、小さく呟く。
「自分で食べる
……
」
フラフラとベッドから抜け出そうとする体を手伝おうとしたが拒否された。毒入りだったとしてもその食事を食らってやるから構うなと、そう言われてしまえば、カインは食べてくれる気になってくれた気持ちを邪魔しないために苦笑いを零すしかない。
しかし階段に差し掛かったところで、やはり不安が勝ってしまった。何があっても大丈夫なようにさりげなく傍に寄れば、気づいたオーエンが鬱陶しいから近づくなと威嚇してくる。踊り場で問答していれば、部屋にいたらしい賢者が騒ぎを聞きつけてやってきた。
「カイン、オーエン。こんな所でどうかしたんですか?」
「賢者様。それが、こいつがフラフラの癖に一人で行こうとするから
……
」
「あっ、オーエン
……
!」
カインが一瞬だけ意識を賢者に向けた隙に、オーエンは自分だけで階段を降りようとした。カインとの短い会話で大体の状況を把握した賢者が、一人で行こうとするオーエンに呼びかけ、カインはそれに釣られて振り返る。
「あっ、こら!
……
っ」
カインに呼び止められるけれど、オーエンは急いでカインから離れたいあまり、思い通りに動かない足を無理矢理動かそうとして、段差を踏み外した。
「
……
っ」
ひゅ、とオーエンは息を詰まらせた。死ぬのは怖くない。まして階段から落ちたからといって、痛いのなんてどうってことない。なのにこのあとにくる衝撃を察知して、意識が遠のくほどの恐怖を覚えた。ふわりと宙に浮き、体が重力に引かれていく不快感。咄嗟に呪文を紡ごうにも、どうすれば自分の身を守れるのかはとんと分からなかった。
そんなオーエンの腕を、強い力が思いっきり握りしめた。痛みを感じる間もなく、凄まじい勢いで上に引っ張りあげられ、ぶつかるように抱き込まれる。
「カイン
……
っ!! オーエン!!」
賢者の悲鳴が聞こえる。
地面に叩きつけられるような衝撃がしたが、オーエンは何処も痛くない自分の体を不思議に思う余裕もなかった。ただ視界がグルグルと回って、気持ちが悪い。
「っは
……
、あぶな
……
」
「だ、大丈夫ですか二人とも!! 怪我は!?」
カインは手すりに掴まりながら、ほっと息を吐いていた。反対の腕ではしっかりオーエンを抱きかかえている。
「ああ、俺は平気だ。オーエン、大丈夫か?」
「
……
っぁ、な、に
……
?」
「だから言ったろ。危ないって
……
、どこか痛むところは?」
「ぅ、
…
うぅ、気持ち、悪い
……
、吐きそう
……
」
「落ちたショックかな。とりあえず運ぶからな」
何が起こったのか把握出来ていないのか、青ざめて目を回しているオーエンにそう声を掛けてから、カインはオーエンの膝裏をすくい上げた。文句を言う元気はないらしく、大人しくカインに体を預けているオーエンの姿にほっとしながら、賢者も二人の後に着いて食堂に向かう。
「フィガロの所に連れていかなくて大丈夫でしょうか?」
「うーん、腹減ってるだけだと思うから、大丈夫じゃないか?」
カインがあっけらかんと言い、ぐったりしたオーエンを連れて食堂に入ると、食事をしていた魔法使いたちがそれに気づいた。皆の気配を感じながらも、カインは甲斐甲斐しくオーエンを椅子に座らせることを優先する。そんなカインに触れるために、食事中にも関わらず、魔法使いたちの方から寄ってきてくれた。
「ありがとう。ネロはいるか?」
「はいよ。柔らかめのおじやとスープがあるよ」
「さすがだな。オーエン、食えそうか?」
「
……
」
浅く息を吐いて、オーエンは目を閉じた。恐らく拒否したかったのだろう。ただ口移ししてでも無理やり食べさせると伝えている以上、カインのその問いは建前でしかない。
「とりあえず持ってくるよ」
魔法で取り寄せたグラスに水を注いでやりながらネロが言った。賢者とカインとオーエン、三人分の食事が運ばれてくると、食べ物の匂いにオーエンが顔を顰めた。
「
……
っ、やだ。食べたくない
……
」
「こら、ネロがせっかく作ってくれたんだぞ」
この後に及んで駄々を捏ねるオーエンに、しかしカインは部屋を出る前のやり取りを持ち出すことなく、穏やかに叱った。
「そんなの知らない。毒入りかもしれないのに」
「毒は入ってませんよ。ほら、
……
。うん、すごく美味しいです」
今まで何度やったかしれないやりとりを、食堂にいる魔法使いたちが固唾を飲んで見守っている。追い詰められたオーエンは、目元をうるませながら視線を彷徨わせた。ほんの少し罪悪感が芽生えなくもないが、やはり食事は心と体を育てるための大切な儀式だ。ここは心を鬼にして、物を食べるということを知ってもらわなければならない。
他でもない、オーエンの為に。
おもむろに、カインがオーエンの前に置かれたスープを、スプーンで掬った。オーエンがふいと顔を逸らすと、カインは仕方なさげにそれを自分の口に運ぶ。とろりとした液体を口に含みながら、カチャンとスプーンを皿に戻す音で、オーエンが視線を戻した。カインはそのオーエンの頭を両手で鷲掴みにすると、親指で小さな口をこじ開けた。
「な
……
っ!? むう!」
舌を押し込んでスープを流し込み、オーエンが嚥下するのを待ってから唇を離す。飲みきれなかったスープがオーエンの薄い唇から垂れまくっているのをハンカチで拭ってやりながら、カインはにっこりと場違いなほど優しい笑みを浮かべた。
「どうだ? ネロのスープは美味いだろ?」
オーエンは暫く呆然としていたが、一拍遅れて口を抑える。
「馬鹿じゃない
……
。味わう余裕なんかなかっただろ」
「そうか? じゃあ、毒が入ってないことが分かったら、もう自分で食べれるだろう? それとも、また口移しして欲しい?」
「
……
酷いやつ
……
」
そう言いながら、オーエンは渋々自らスプーンを手に取って、恐る恐るといったふうにスープを口にした。固形物は入っていないというのに、もごもごと口の中を動かして、険しい顔をしている。
「っん
……
、ぐ、ぅう
……
」
ごくん、と喉を詰まらせながら飲み下し、息苦しそうに首に手を当てながら息を吐く。一口スープを飲んだだけなのに、満身創痍の有様だった。
「大丈夫か? 苦手な味だったのか?」
「
……
最悪。まずすぎる」
「こら、ネロに失礼だろ」
「あー、良いって良いって、一口食ってくれただけでもありがてぇよ」
「
……
まずいって言ってるのに、ありがたい、なんて、可哀想だね。ネロ」
オーエンは青白い顔のまま、ネロを見上げて微笑む。まるで新しい玩具を目の前にした子供みたいに。
「料理人としてのプライドはないの? それとも本当はこんなことやりたくないのに無理やりやらさられてるんだ。だからわざと不味くなる魔法でもかけてるんじゃないの」
「オーエン、いい加減に
……
っ」
「おまえたちはどう? 一番大切なことだと言う割に、面倒だからって作るのを他の誰かに押し付けてるっていう自覚はある?」
もしそうなら、オーエンを叱る資格など誰にもない。むしろはっきり言ってやった方が親切なのかもしれないと思わされる。賢者もカインもネロも、そんなわけないと分かっているのに、何故かなにも言い返せなかった。
今まで否定されなかったから間違っていないのだと思っていたし、間違っていたとしてもそうと指摘しないのが優しさであることは理解している。なのに、この一瞬。相手の気持ちに少しでも負担をかけてしまっているかもしれない、と疑ってしまったのだ。
「はは
……
。おまえたちが偽善ぶって言うのを我慢している言葉を当ててやろうか。『そんなに言うなら食べなくていい』。ね、早く言って。僕だってもうこんなもの口にしたくないんだから。言っても良いんだよ」
スラスラと歌うように流れる言葉たちは、何が正しくて何が間違っているのかを分からなくさせた。否定したいのに、それが嘘に聞こえてしまいそうに思える。心をじわじわと蝕んで、このまま湧き上がる感情のまま、目の前の問題から目を背けてしまいたくなる。
そうなるように、オーエンが誘惑しているのだ。
「
……
わかりました。オーエンは、ネロに罪悪感を覚えているんですね」
賢者は、強い視線でオーエンを見つめた。オーエンは驚きを浮かべて、その視線から逃れたそうに瞳を揺らすけれど、酷薄な笑みを貼り付けて、声を低くする。
「そんなこと、言ってないんだけど」
「私たちだって、嫌がるネロに食事を作らせているとは思っていません」
「へえ、自覚がないんだ。得意だからって全部押し付けてるっていう自覚が」
「ありますよ。だから他のことで困っていることがあれば、頼って欲しいと思っています。私にできることなら、なんだってしてあげたいと、思っているんです」
「賢者さん
……
」
今まで、オーエンのことを恐ろしいと思っていた。下手をすれば殺されると。しかし、今はどうだ。魔力はおろか、その身体も弱っている子供だ。そして、彼の言葉に力を纏わせるのは、いつだって自分たちの恐怖心だった。オーエンを恐れることこそ、彼を一人にさせる。そしてオーエンは、自覚のないまま信じることに怯え、一人になることに怯え、死ぬことに怯えている。
そう考えれば、オーエンに返す言葉は自然と浮かんでくる。
「魔法使いが頼る? おまえみたいな魔法も使えない人間に?」
「私たちは、頼りになりませんか?」
「はは、誰に言ってるの
……
」
「オーエンです。今、私の目の前にいるあなたですよ」
ぴしり、とオーエンの笑顔にヒビが入った。心底理解できないという怒りと、悲しみと、恐怖が、割れた心の隙間から覗いている。これ以上は追い詰めたくはない。オーエンはすっかりと怯えきっている。
きっとオーエンも、あと一歩踏み出すことはもうできないのかもしれない。それくらい、傷は多くて、深くて、そして酷く痛むのだ。このまま逃げてしまってもしかたがない。あとはカインに任せよう。そう思っていると。
「ごめん。少し、いいか?」
凍りついた空気の中、ネロが言葉を発した。そして呪文を唱えてシュガーを作ると、オーエンに差し出した。
「
……
なに」
「ちょっと、これ食ってみてくれ。そんで感想を聞かせて欲しい」
「はあ
……
? いきなりなんなの」
「これを食うなら、今日はもうそれ食わなくていいからさ」
さらりとその言葉を言ってのけた料理人に、誰もが目を丸くする。オーエンはネロとシュガーを交互に見比べてから、机の上のスープに一瞥をやった。それから、ネロの手のひらのシュガーを摘んで、口に放る。
「どうだ?」
「
……
まずい」
ガリっ、とシュガーを噛み砕いて、オーエンはそう吐き捨てた。
「まずい以外になにかないか? 甘いとか、辛いとかさ」
「
…………
にがい。嫌がらせ?」
「おっけー。んじゃあ次はこれ。そんな怖い顔すんなって。これで最後だからさ」
オーエンは訝しげにネロを睨みながら、再びシュガーを口に含んだ。そして美しい形の眉を歪めながら、また「にがい」と零す。それを聞いて、ネロは悲しげな顔をした。その悲しげな顔を見て、オーエンは嬉しそうに微笑む。
「あはは。今まで食べてくれる人がみんな、優しい人達で良かったね。なんでも美味しいって言うんだから」
「オーエン
……
」
賢者はそれを否定しようとしたが、言葉を詰まらせた。ネロのご飯は美味しい。けれど、オーエンの口に合うか合わないかは、他人が決めることではなかった。
「ここに本当なんて何一つない。信頼なんて目に見えないものを信じ込んで、バカみたい
……
」
「あのさ、オーエン。正直に応えてくれよ」
そんな呪いの言葉をものともせずに、ネロは穏やかにオーエンに問いかける。
「なあに」
「苦味ってのは、消せるんだよ」
「
……
は?」
オーエンは、ネロの言葉に凍りついた。その一言で何もかも察することができる程度には賢いようだった。ネロは駄目押しの言葉を吐く。
「だから、少なくとも二回目に食わせたシュガーが苦いってことはないんだ」
「
…………
」
「あんたさ、もしかして、味がわかんないんじゃねーの」
ゆらり、とオーエンの瞳が揺れた。必死に隠していた弱点を晒されて緊張し、強ばって、黙り込んで。
「
……
そうなのか? オーエン」
努めて穏やかに問うカインの声にビクリと体を震わせて、悪いことをした子供のように小さくなっている姿は、なんとも憐れだった。食事が喉を通らない上に、味も感じない。そのうえであんな嫌われるような発言をしていたならば、それはただの、虚勢だ。
「ち、がう。リスに貰ったベリーを食べた時は、味した」
「ベリーって、魔法舎の森のやつ?」
そう言ってネロは席を外すとキッチンから果物や木の実の入ったカゴを持ってきて、中から真っ赤なベリーを探し出すと、オーエンに渡した。
「食べてみて」
「
……
」
今まで、オーエンも自分の味覚が可笑しいとは疑っていなかったのかもしれない。オーエンは素直にベリーを受け取って、恐る恐る口に含む。途端眉間にシワが寄った。
「う、んぐ
……
」
口の中で果実を噛み潰し、咀嚼するたび、オーエンは苦しげに呻いた。血の気の失せた額からは、夥しい汗が浮き、そのまま平衡感覚を失った上半身がぐらりと揺れ、口元を押さえながらテーブルに突っ伏した。
「っ、う、んぇ
……
」
カインが慌てて、その細い身体を抱き起こす。
「カイン
……
、これを
……
!」
賢者が咄嗟に、自分が持っていた巾着袋の中身をぶちまけてカインに手渡した。カインが袋をオーエンの口元に宛てがう。
「ふ、うぇ、」
先程口にしたなけなしの食事を胃から絞り出し、巾着袋の中に吐き出すと、オーエンは力を使い果たしたかのように、カインに体を預ける。味覚以前の問題だった。彼の体はもはや、食べ物を受け付けない体になってしまっている。これでは、食事がますます嫌になってしまうのも無理はない。
「
……
大量のクリームをそのまま寄越せって言われたり、甘くてドロドロしたやつを作れって脅されたり、作ったものをまずいって言われるより、これが一番堪えるわ」
ネロは力なくカインに身を寄せるオーエンの頭を撫でる。オーエンは虚ろな表情をしながらも、ネロの儚げな顔を見つめた。
「俺はさ、好きなことやってるだけなんだ。俺が嫌々やってるかもとか、面倒なこと押し付けてるかもとか、考えなくて良いんだよ。その代わり頼って欲しいって言われると、ときめいちまう」
言いながらネロは賢者に目配せをする。賢者が頷いて、後を引き継ぐ。
「
……
オーエンの言ってることは、きっと間違ってません。考えなくても良いって言われても、ふとしたときに、そう考えてしまうから
……
。でも、だからって、その悪意の卵を、オーエンが代わりに背負うことはないんですよ」
「悪意の、卵?」
賢者の台詞に、カインがオーエンの代わりに首を傾げた。
「ほんの少しでも違和感を覚えたら、それは気づかないうちにどんどん大きくなって、いつか爆発したかもしれません。それを今、違うと否定して貰えた、違うと思えた。それが嘘にならない限り、私たちはお互いを想い合えます。もしそれが嘘なら、ネロは私たちを恨んで、私たちはオーエンを恨んだかもしれません。だから、」
賢者は一つ一つの言葉を丁寧に吐き出して、そこで息を吸った。一番伝えたい言葉を、大切に紡ぐために。
「あなたのおかげで、ネロとの間にあったほんの少しの蟠りは、成長せずに済みました。ありがとう。だからオーエン、私たちを頼って。今度は私たちが、あなたを助けたいんです」
賢者の言葉は、食堂にいた魔法使いたちの心にも沁み渡る。オーエンがそれを否定して拒絶したところで、オーエンに怒りを向けることによって誰かと喧嘩せずに済んだことがある者は、少なからずいたのだ。
それがいいことなのか悪いことなのかは分からない。ちゃんと喧嘩した方がいい時だってあるだろう。けれど出来れば大切な誰かと喧嘩なんてしたくないと思うから。だから。
「ぃ、ら、ない
……
」
オーエンに切実な訴えを吐き出させることは、決してエゴなんかじゃない。
「
……
ごはん、
……
食べたら、気持ち悪くて。
……
味が、分からなくて
……
。だから、僕はどうせ死なないし、
……
食べたくない
……
」
賢者の言葉を聞き入れたのか、オーエンはそんな弱音を吐いた。毒が入っているからじゃない。この不調が毒によるものではないことも理解している。だから単純に、オーエンは死ぬことよりも、食べることの方が苦痛だったのだ。そんなオーエンを助けるためには、無理に食べなくてもいいと甘やかすか、それでも無理やり食べさせるのか、一体どちらがいいのだろう。
カインがそんなオーエンの背中をポンポンとあやしながら「そうか、話してくれてありがとうな」と呟いた。
「なら、今日はもう食べなくていい。さっきネロもそう言ったしな。けど俺たちはおまえが食べてくれるのをずっと待ってるし、食べてもらえるように色々する。おまえが嫌だと言ってもだ。それはおまえを憎く思っているからじゃない」
あっけらかんとしたカインの言葉に、賢者もネロも救われた。相手のことを考えすぎて気に病んでしまう質だから、カインの相手のためになると疑わない、竹を割ったようなそれがありがたい。
「まずはフィガロの所に連れていく。おまえだって、ミスラにやられっぱなしは嫌だって言ってたろ」
かつて、カインは嫌がるオーエンを宥めて一人置いていこうとしたことがあり、その時のことは今も鮮明に覚えている。彼の様子の可笑しさに気づかず、結果瀕死の重症を負ったことも。
今でも、あの時どうすれば良かったのか、よくわからない。戦えない彼を守りながら戦う自信も、考える時間もなかった。力や時間だけでなく、信頼さえも、何もかも足りなかった。それは今も同じだ。そして今のままでは、あの時正しい選択をしたとしても、きっとまたカインは間違える。
だから、置いていかないと誓ったのだ。もう二度と、あんな結果にたどり着かないために。
「オーエン。おまえの意志を、聞かせてくれ」
オーエンの答えを聞くまで、誰も何も喋らなかった。オーエンは疲れ果てたように沈黙していたが、言うことを聞かない自分のこの体では逃げられないと悟った。無理矢理這って逃げても、すぐに捕まってしまうだろう。
「
……
ひどい。僕を楽にしてはくれないの」
「それが、生きるってことだろう。おまえも本当は、望んでいるはずだ。辛くても死なないように魂を隠したのは、おまえ自身なんだろ?」
「知らないよ。分からない。
……
覚えてない
……
けど、
……
そう、なのかな。僕は、死にたくなかったのかな。
……
今も、そう思ってるのかな
……
」
「わからないのか」
「
……
わからない
……
。だって、今死にたいと思っていても、どうせ死ねないでしょう」
ならば、本心がどうであれ、生きたいと思うしかない。たとえ、世界中に嫌われて、死を望まれたとしても。どんなに世界に絶望しても、オーエンは死ねない。
「
……
生きていてほしい」
オーエンの過去の中で、彼にそう言った者は一人もいなかった。信じて、裏切られて、それでも、死んでみせるから愛してほしいと願った。愛している者に、死んでほしいだなんて普通言わないのに、そんな矛盾すら、置き去りにして。
「生きろ、オーエン」
カインは自分の言葉を、驚くほど軽く感じた。どんなに心からの言葉でも、オーエンがそれを素直に受け取れないとわかっていたから。
「
……
どうして?」
カインがオーエンにそれを望む理由はない。血の繋がりはない。家族でも、友人でもない。ましてや、左目を奪った因縁の相手。しかも、奪われたのは左目だけではない。地位も、居場所も、騎士としての誇りすら。だけど、目の前の少年一人救えないのなら、その処遇も甘んじて受ける。
「おまえが、俺に手を伸ばしてくれたんだ。おまえは俺に言っただろう。手を離すなと。おまえは記憶を失ってでも、俺と手を取り合うことを選んでくれた」
「覚えてない
……
」
「だけどおまえがここにいることがその証拠だ。おまえはここに、自らの意思で、帰ってきたんだ」
帰る場所がないと泣いていた、迷子のオーエンも、仕方なしにカインに連れて帰られるしかなかったのかもしれない。
それでも。
「これからも、ここを帰ってくる場所にしてほしい。だから、まずはフィガロにおまえの体のことを調べてもらうんだ。体が辛いんだろう。そんな状態じゃいつまで経っても穏やかで居られないのは当然だ」
「
…………
」
なにも答えないオーエンに、カインは困ったように笑う。オーエンは自分がどうしたいのか分からないのだ。彼はいつだって、誰かの意思に従い、誰かのためにあろうとしていて、それがいつの間にか、自分の意思のようになっていて。
「それと、俺は
……
、おまえが一人苦しんでいるのは、嫌だな」
「
……
ぁ、」
オーエンは言葉を吐き出そうとして、息を吸った。けれど台詞にはならなかった。キョロキョロと何かを探すように忙しなく視線を動かしては、指を握ったり開いたりする。
「ぼく、は
……
」
何も食べなければ、ただ力尽きていく体は、そのまま放置すればやがて死ぬ。死ねば生き返って、すべて元通りになる。その繰り返し。変わらない日常。オーエンは、そこから抜け出したいと思わなかった。この体は重いのだ。だから静かに時が過ぎるのを待つしかない。
「連れて、行って
……
」
独りだから、もうどこにも行けないと思っていた。このままで構わなかった。
だけど、カインが生きろと言ったこの世界に、ほんの少しだけ、興味が湧いていた。
「ぼくはもう、疲れちゃったから、だから、ぼくにまた、
……
生きてみたいと、思わせてみせてよ」
視線を上げるのも億劫で仕方ない。
この世界にもう、期待なんてしていない。
ただ息をして、景色を眺めるだけ。
それなのにどうして、
死にたくない、生きていたいと思うのだろう。
「ありがとう、オーエン。チャンスをくれて」
カインが、まるで絵本の世界でお姫様をエスコートするみたいに、オーエンの手を掬いとった。ふわりと体が浮いて、再びその腕に抱きかかえられる。
「気に入ってもらえるように頑張る。だから、一緒に頑張ってくれ」
怠い体を預けて、オーエンは目を閉じた。
酷く疲れたような気がする。慣れないことを考えすぎたせいだ。
けれど、カインの腕の中は酷く安心した。
瞳から涙が零れるほどに。
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