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はりぼて自家発電所
2024-12-27 03:47:10
108331文字
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因縁
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天邪鬼のかくしごと 前編
魔法舎に北の魔法使い、オーエンの迎えが来た。記憶喪失、ショタ化など。
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星が輝く宇宙の中、意識だけがそこに漂っている。キラキラと暗闇の中に散らばって淡く光るそれは、よく見たら星ではなく、ガラスの欠片のようなものだった。
ガラス片の表面には映像があって、賢者や、賢者の魔法使い達の姿、北の国であろう壮大で絶望を感じさせる、美しく白い景色が映っている。欠片の中にはカインもいた。左目を奪われて、血を流し、悔しげに睨みつけるその姿は、オーエンから見たカインだろうか。
つまり、この無数の欠片たちは、オーエンの記憶だ。
千年以上もの記憶を所有している上、その性格を考えれば、オーエンの世界はさぞ混沌としているだろう。目的の記憶を探すのは骨が折れそうだ、と思いながら、ぐるりと世界を見渡す。
カインの予想は杞憂に終わった。
魔法舎での生活は、まだ短い時しか経っていないにも関わらずやたら騒がしかったが、それ以外はほとんどが真っ白だった。誰にも踏み荒らされたことのない雪原のように、穢れのない白。たまに人間の青ざめた顔や、可愛らしいお菓子の山、狼や動物たちの姿がちらほら見える。
昔から知っているという北の魔法使いたちの姿など、よく探せば見つけられる程度。友人というには密度がないが、白い世界でミスラの赤とブラッドリーの黒は酷く目立っている。約二十年分しかないカインの記憶の方が、もう少し雑多ではないかと思えるほどだった。
同時に、一抹の不安が過ぎる。記憶が無いから真っ白なのか。それとも、この白は本当に雪の白で、恐怖を覚えるほどのこの壮大な景色を、ずっと独りで眺めながら過ごしてきたというのか。
どちらにせよ、この中に目的の記憶は本当にあるのだろうか。
カインは白い記憶の欠片の中を漂っていく。雪原の景色が、いつの間にか森に変わる。オーエンが良く訪れるという、夢の森の景色だ。その更に奥を進めば、景色はまた一変し、薄暗くどんよりしたものへと変わっていく。
殺風景な雰囲気は、カインを不安な気持ちと、これ以上見てはいけない気分にさせていった。
恐怖と、罪悪感。
得体の知れない何かに飲み込まれて、気が狂いそうになった。広大すぎる世界の中の、ちっぽけな一欠片となって、溶けて、消えてしまいそうだった。
『騎士様』
意識が呑み込まれる直前、幼い声が聞こえた。
『はやく、迎えに来て』
ぴちょん、と雫が落ちて弾ける音で意識を引き戻される。
「
……
ねずみさん、」
目の前には、力無く土の上に倒れ込む幼い子供がいた。カインは小さくて冷たい手に、体をくすぐられている。
地面に散らばる銀糸。薄い血の色をした赤い瞳が、わずかな光を集めてうっすらと揺らめいている。白い肌は、土で汚れていた。彼が誰だか、カインは知っている。小さいオーエンだ。
「ごめんね、せっかく遊びに来てくれたのに、僕、もう眠くて
……
」
オーエンは弱々しく呟くと、重たそうに瞼を閉じていく。カインは彼の手の中から抜け出して、周りの様子を確かめた。土の壁、天井、床。弱い光を放っていたのは、消えかけの小さな蝋燭。酷く冷たく、寒い場所だと言うのに、オーエンは薄汚れた布のような服しか纏っていなかった。晒された素足は土まみれで、傷だらけだ。
酷い状態に、何も言えなかった。助けてやりたいのに、小さな獣の姿ではどうすることもできない。氷のように冷たい体を、あたためてやることすらも。
せめてもと、幼い胸の辺りに身を寄せる。鼓動が聞こえなかった。この時から既に心臓がないのか、それとも。カインはハッとして、オーエンの顔の方に移動して、呼吸を確かめる。息をしていない。オーエンは死んでいた。驚くほど静かに、あっけなく。こんな酷く寂しいところで、ひとりぼっちで。
石にならないということは、やはり心臓はもう何処かに隠してしまっているのだろうか。カインは離れ難く思いながらオーエンの死体から離れて、土の部屋の中を探索した。出入口はねずみやもぐらが掘ったであろう穴蔵がいくつかと、やたら重そうな扉が一つ。その脇から、茨の蔦がはみ出ていた。
扉の隙間から部屋を抜け出してみると、案の定無数の茨がうねっている。なんとか間をくぐり抜けて進んだ。背の低い壁に何度も阻まれたが、飛び上がれない高さではなかった。
やっとの思いで辿り着いた外は、天気が酷く悪かった。激しい吹雪に視界は遮られ、冷たい空気がカインの小さな体を容赦なく刺していく。北の国は弱いものに厳しい。本来ならとっくの昔に死んでいただろう。生きていられるのは、ここがオーエンの記憶の中で、カインが本来ここにはいなかった筈の存在だからだろうか。とはいえ、この小さな体で外の世界を彷徨うのは無謀だった。白い地獄に一瞬で呑まれてしまう。
カインは元の場所に戻ることにした。視界が悪いが、茨が絡みついたあの段差が階段だったことに今更気づいた。オーエンがいる場所は地下室のようだ。
オーエンは出てきた時のままの状態でそこにいた。目を覚ます気配はない。けれど何処からか声が響いた。頭の中に、直接響くような、幼い声。意識が呑まれそうになる。
『悪いやつがいなくなるまで、ここに隠れてなきゃ。約束したもん
……
』
『絵本みたいに、騎士様が悪いやつをやっつけてくれたらいいのに』
『ここは、寒くて、暗くて、寂しい』
『怖いよ』
『このまま、死んじゃうのかな』
『僕のこと、騎士様は迎えに来てくれないのかな』
『ねえ、どうして』
『どうして、死ぬの?』
その言葉が頭の中に響いた途端、世界が歪んだ。
唯一の光の源であった蝋燭の灯りがフッと消えて、辺りが真っ暗になる。体が引っ張られるような感覚。それから永遠にも感じる時間、引きちぎられるギリギリの所で張り付けにされるような苦痛を味わった。そうして次の瞬間には、消えたはずの蝋燭に火が灯り、何事も無かったように起き上がったオーエンの手のひらに乗せられていた。
「おはよう、ねずみさん。昨日は寝ちゃってごめんね。ずっと一緒に居てくれたの?」
嬉しそうに微笑むオーエンの手は、少しだがさっきより温かいような気がした。衣服は薄いままだが、破けていた所が直っていて、傷だらけだった足も、土すら綺麗に落ちている。
時間が巻き戻ったのかと思ったが、違う。オーエンは死ぬ直前のことを覚えていた。むしろ、時間が進んだのだ。
どのくらい?
一瞬のことだったような気がするし、酷く長い時間が経っているような気もする。生き返るまでの間のオーエンの記憶に欠落が生じたと考えるのが自然だった。
時間の感覚に慣れず、カインの気が狂いそうになっているのを他所に、オーエンは昨晩普通に寝て起きたかのように平然としている。彼はたしかに、死んでいたのに。
「すごく怖い夢を見たんだ。でも、もう大丈夫。僕と一緒にいてくれる?」
いいや、平然としてなんかいない。寒さからか、恐怖からか、その小さな手は不安げに震えている。
「ねぇ、僕、いい子にしてるから
……
。お願い、一緒にいて」
その切実な願いに応えようとして、言葉が出ないことに気づく。口からは、ちゅう、という、か細い獣の鳴き声が漏れるだけ。しかし、オーエンは嬉しそうに笑った。そうだ、彼は動物の言葉が分かるのだ。この気持ちだけでも、伝わったことに安堵する。
もしかしたら会話も可能なのでは、と思った瞬間、また、ぐにゃりと世界が歪んだ。
再び得体のしれない苦痛に襲われたあと、優しい手のひらに撫でられる感触が、カインの意識を呼び戻す。
「こんにちは、ねずみさん。また来てくれたの?」
壊れたラジオのように同じ言葉を繰り返したオーエンに、どういうことだ? と首を傾げる。
同じ記憶を繰り返しているのかと思ったが、違う。先程よりも、オーエンの顔立ちが幼さを残しながらも大人びている気がする。身長も伸びて、成長しているようだった。その代わり、薄い血の色をした瞳からは、無邪気な光が薄れている。
ここはオーエンの記憶の中だ。一瞬の間に数年ほど経過しても不思議はない。けれど、その間もオーエンがこの薄ら寒い場所に、ずっと一人で居たのかと思うと、カインの心はどうしようもなく痛んだ。
「あのね、お迎え、まだこないの。もしかしたら、僕よりもみんなの方が、危なくて、怖い目にあってるかもしれない。だから、お迎えに来れないの」
オーエンは心に疲労を滲ませながらも、自分に言い聞かせるように呟いた。そうでなければ、正気を保っていられないかのように。
「本当はね、一人で出ちゃダメって言われてるんだけど、でも、皆も大変なら、僕が助けてあげなくちゃ。きっとみんな、助けが来るのを待ってるよね」
外の情報を得られない中、なにか事情があるのだと信じて疑わないオーエンは、危うい決意に満ちている。なにか嫌な予感がするのに、カインに出来ることは何一つない。
「
……
あのね、僕の秘密のお話、聞いてくれる?」
オーエンの言葉に、カインはただひたすら耳を傾けた。もしかしたら、心臓をどこに隠したのか、重要な手がかりを教えてくれるのかもしれないと、そう思った。それで未来のオーエンを救うこと。それだけが、カインにできる唯一のことだった。
けれど、無邪気なオーエンが宝物の話をするように教えてくれたのは、未来のオーエンを助ける手がかりなどではなかった。
「僕、騎士様になるのが夢なの」
その言葉は、あまりにも純粋で、健気だった。大事にしているという騎士の絵本を取り出して見せてくれながら、オーエンは素直な憧れを語る。なんの力も持たない、一匹の小さなねずみ相手に。
「悪いやつをやっつけて、困ってる人を助けてあげるんだ」
助けが必要なのはオーエンのはずだ。なのにオーエンは誰かを助けなければと言う。未来のオーエンとのあまりの差に、愕然とした。何が彼を変えてしまったのか。どうやってねじ曲げられてしまったのか。そうなった理由を想像するだけで、もう止めてくれと懇願したくなってしまう。
「だから、行かなきゃ」
カインの願いも虚しく、オーエンは小さな覚悟を胸に立ち上がる。カインの体をそっと地面に置くと、部屋の扉に手をかけた。
鍵はかかっていないのだろうか。そう思ったら、オーエンの手からキラキラと虹色の光が零れた。それは確かに、魔法を使った軌跡だ。不思議の力がオーエンの心に反応したのか、錠前が外れる音がした。そして、立て付けが悪く重そうな扉を、オーエンの頼りない腕が押し開く。少し開いた隙間から、強い風が襲いかかった。
「ひゃ
……
」
風に耐えたオーエンを待ち受けているのは、無数の茨だ。絶望的な棘の壁を前に、オーエンは怖気付く。カインは思わず足元を走り回って引き留めようとするけれど、彼は唇を噛み締めながら、果敢にその中に向かっていってしまう。
「ん、しょ。
……
いたっ」
腕どころか、身体中傷だらけになりながら、オーエンは進んだ。カインはただ見ていることしか出来ない。もういいと言って、抱きしめてやりたいのに。そうして向かう先に、きっと希望なんてないのに。
「わあ
……
っ」
そう、茨の森から抜け出して、彼を迎えたのは白い絶望のはずだった。
北の国では珍しい晴れた空が、外に飛び出してきたオーエンを歓迎している。眩く輝く白銀の景色を目の当たりにしたオーエンは、嬉しそうに笑った。美しい景色をそのまま素直に享受して、両手を広げる。
「眩しい! まっしろ!」
寒さなんて忘れてしまったかのように、オーエンは素足で雪を踏みしめて進む。その瞳には、希望を疑わない光が戻ってきていた。
けれど、雪に埋もれながら前に進もうとする子供の姿は、希望の形とはかけ離れている。カインが外の様子を見た時は、酷い吹雪で目の前も見えなかったけれど、オーエンがいた地下室は、普通に村の中にあった。少し離れているものの、移動は難しくない。
だからこそ、違和感があった。
こんなに近くにいるのに、誰一人オーエンの様子を見に来なかった。少なくとも、カインが見た記憶の中では。
「誰かいるかな
……
」
オーエンは不安そうにしながら立ち尽くす。かろうじて雨風を凌げるくらいの簡素な家が、向こうの方にぽつりぽつりと建っていて、人の気配はあるのだが、しんと静まり返っている。管理している魔法使いがいるはずだが、姿は見えなかった。
やがて村の家のひとつから人が出てきた。中年の女と、この記憶の中のオーエンと同じくらいの子供が、お互いを温め合うように寄り添っている。静かに微笑み合う姿を見ていると、とてもじゃないがこの村で困った出来事が起きているようには見えない。些細な幸せを感じながら生きているように見えた。
オーエンは、それをただ、じっと眺めていた。そして何かに耐えきれなくなったかのように、ぎゅっと胸を手で押さえて俯く。ひとりぼっちの彼の目に、あの光景は一体どう映っているのだろう。
そんなオーエンに、親子が気づいた。母親は顔を青くして子供を隠すと、そそくさと家の中に戻っていってしまう。
その態度に呆然とした。
誰も、一人で寒そうにしている子供に声もかけないのだろうかと。それどころか、近くを何かが通り過ぎた。オーエンはなんだろう、と雪の中に沈んだそれを覗き込んで、手を伸ばす。オーエンが拾ったそれは、石だった。どうしてと、疑問を呟く彼に向かって、石はまた一つ、二つと飛んできた。
「いたっ!」
石が体に当たり、オーエンは痛みに身を丸め、頭を庇った。あちこちにある家の中から、村人が更に石を投げてくる。
「帰れ! 化け物!」
「ここからでてけ!」
「おまえが居る場所なんてないよ!」
石とともに投げられる酷い言葉に、オーエンは首を横に振った。
「ちがう、ちがうよ。僕、皆を助けようと思って
……
」
「うるさい! さっさと帰れ!」
オーエンは罵声を浴びて、そこから逃げ出すしかない。だけど、来た道には戻らなかった。戻りたくなかったのだろう。けれど行く宛てがあるはずもなく、村を出たオーエンは森の中で一際大きな木の影に蹲ると、しくしくと泣き始めた。
「
……
帰りたくないよ
……
。もうひとりぼっちはいや
……
」
あまりにも辛い現実に、オーエンはしばらくそうしていたけれど、泣き疲れたのか、木の幹に体を預けたまま動かなくなってしまう。顔色は青ざめて、浅く呼吸をしている。このままでは死んでしまう。だというのに、カインは相変わらず何もできない。オーエンを起こそうとその手に体を擦り寄せるが、小さな獣の体では、冷えきったオーエンの体を温めるのに間に合わない。
「
……
ぁ、ついて、きてくれたの?」
それなのに、ねずみに気づいたオーエンは、嬉しそうに笑った。
「あたためようとしてくれてるの? ふふ、ありがと
……
」
絶望の中で笑う少年の瞼が、ゆっくりと降ろされる。目の前にいるのに、己の体が小さな獣なのがもどかしい。
「ね
……
、よかった、ね。あの子、幸せそうで」
絞り出した声は、恨み言ですらなかった。良かったね、と、オーエンは自分に言い聞かせて、悪者なんていなかったのだと、安心しようとする。
みんなを助ける騎士になりたいのだと、オーエンは教えてくれた。それなのに、どうしてだろう。彼の騎士は、何処にもいない。
もう喋らなくていい、という声もかけられないまま、カインはその憐れな声を聴く。
「悪いやつ、いなくて、良かった
……
。でも、っねぇ、
……
みんな、しあわせなら、
……
っどうして
……
? ぼく、僕は、どうして
……
」
ぽろぽろと、透明な雫が雪の上に落ちては、凍りついていく。
「どうして、しぬの」
オーエンが呟いたと同時に、カインの目の前も真っ暗になった。ぐにゃりと空間が歪む感覚。長いような短い時間、苦痛に耐えぬけば、カインとオーエンはいつのまにか元いた地下室に戻っていた。すっかり身綺麗になったオーエンの目が開く。その目はすっかり乾いていた。カインが傍に寄り添うと、オーエンは笑ってくれた。
「よかった。夢だったんだ」
そう言って、カインの体を抱きしめる。夢だったのだろうか。夢なら、もっと幸せな気持ちにさせてくれたっていいのに。今確かなのは、この子供が冷えきっていることだけ。
しかし、あの出来事を夢だと信じて、オーエンはそれからなんども、同じことを繰り返すのだった。
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