はりぼて自家発電所
2024-12-27 03:47:10
108331文字
Public 因縁
 

天邪鬼のかくしごと 前編

魔法舎に北の魔法使い、オーエンの迎えが来た。記憶喪失、ショタ化など。







 北の国の騎士の言葉は、全て嘘だ。
 覚えているなんて、
 迎えに来たなんて、
 そのために騎士になったなんて、

 全部、嘘。

 その言葉の裏にひしひしと燻る恐怖と悪意を、オーエンから隠すことなど出来ない。千年以上も前のことを、よくもまあ面白おかしく語ってみせたものだ。
 都合よく利用されたこの男は、騎士ではなく、騎士を演じる道化だ。
 だというのに、オーエンに従う以外の選択肢がない。
 オーエン大切な、失くし物。文字通り空っぽな胸の中。
 心臓を隠していると魔法舎の連中は思ってるだろうが、それは少し違う。実際のところ、オーエンは自分でもどこに心臓を隠したのかを忘れてしまっていた。気づいた時には動物と話せていたのと同じように、オーエンは自分の中に心臓がないことを自覚していた。心臓を失くしたなんて間抜けな話、誰にも言える訳がなかった。ただ、隠した場所を自らバラす馬鹿はいない。だから、この秘密は誰にも知られることはない。と、そう思っていた。

「ねぇ、僕、死ぬの?」

 静かな声音で尋ねたにも関わらず、前を歩いていた騎士の肩は震えた。

「何度も何度も死んできた僕だけど、生き返らない死ってよく分からないな。それってどんな気分? 今ここできみの心臓を潰すから、死ぬ前にどんな感じか教えてくれない?」
「こ、殺しはしない。村ではあなたを丁重に迎える準備をしている」
「ふうん。嘘つき。この僕に脅しを掛けておいて、殺さないだなんてよく言えたね。でもまぁ、従わされるのは嫌だけど、きみの下手くそな偽善は嫌いじゃないよ」

 オーエンがくすくすと笑うと、騎士の背筋に冷たい汗が伝う。はやく、はやく、この化け物から離れたいと、焦燥感が空気を淀ませていく。
 彼は、オーエンの機嫌を損ねないように必死だ。この北の魔法使いは、自分が脅されていることも忘れて臆病な男の命を簡単に奪ってしまえる。だから、厄介で理不尽な役目を課した何者かにも怒り、怯えていた。きっとなにか弱みを握られているのだろう。かわいそうに。

 オーエンの予想通り、騎士は長い間閉じ込められていたというオーエンのことを、申し訳なく思ってなどいなかった。彼に心臓の在り処を知っていると信じてもらうために言わされた言葉だ。
 およそ数百年もの間、飲まず食わずで閉じ込められていた化け物がいて、悪いことをすると、その化け物の住まう地下に落としてしまうよと、子供の頃に言い聞かされていた都市伝説。今になってそれが実話だったと言われてもピンとこない。それに、その化け物は今、そんな過去があったとは思えないほど酷く愉しそうに、己の背後でにこにこと笑っている。殺されるのかと心配しながらも、悲壮感は感じられない。素直に着いて来ているということは、心臓がないというのは本当の話なのだろうが、そんな彼に同情しろというのは無理な話だった。

 理解し難い。バケモノめ。

 口に出さずに呟いたはずなのに、背後でオーエンが笑みを深めた気配がした。恐る恐る振り向くと、オーエンはそれが聞こえていたかのように、目を見開いてこちらを見つめていた。
 その視線に背筋を凍らせながら、目的の場所まで案内する。吹雪の厳しい土地に入る前に、数人の魔法使いが現れて、騎士はホッと息を吐いた。

「騎士様、お役目ご苦労様です。お待ちしていました、オーエン。随分と探しましたよ」
「誰?」
「まさか、賢者の魔法使いになっているとはね。……世界を憎んでいても可笑しくないあなたがね、ふふ」
「誰だって聞いてるんだけど」
「なあ、もう行ってもいいか。もう役目は果たしただろう?」

 微妙に噛み合わない、薄ら寒い会話に付き合う義理などないと、騎士は魔法使い達に身も蓋もなく懇願した。

「行ってしまうの? 騎士様」

 オーエンの言葉に、ほんの少し落胆が滲んでいる気がした。そんな声に騎士として背を向けることは、若干の後ろめたさを感じる。けれど、もう用は無いと、ここから立ち去る許可を得た今、そんな演技に騙されてなるものかと、後ろ髪を引く手を振り払い、その場を後にする。
 魔法使いは、恐ろしい。畏怖すべき対象だ。簡単に人間の命を奪ってしまえる力を持っている。だから、その魔法使いがどんな過去を持ち、どんな生き方をしてきたかなんて関係ない。世界を恨んでもしょうがない仕打ちを受けていたとしても、知ったことではない。
 なのに、オーエンを憐れむ魔法使いたちの、歪んだ口元が頭から離れない。
 憧れの騎士カインに向けられた厳しい視線が、目に焼き付いて許してくれない。
 こんな嫌な仕事、安易に引き受けるべきじゃなかった。
 彼等がオーエンをどうするかなんて知らない。世界の脅威であるオーエンが、世界を守る賢者の魔法使いであっていいのか。野放しには出来るものではないだろう。そんな風に言われて、その台詞を疑わず信じた。だけど、曲がりなりにも騎士として思う。自分のしたことは、果たして正しかったのだろうか?
 彼に眼球を奪われた憧れの騎士が、賢者の魔法使いの仲間として、オーエンを庇っていたというのに、自分は、彼を振り返ることすらしない。
 彼が悪だと、疑わないままでいたかった。
 憧れた騎士に軽蔑されたかもしれないなんて、考えたくなかったから。





   ★





 オーエンが帰ってこない。
 北の国から迎えが来て素直に従ったという、にわかには信じられない報告を受けてから、賢者はそわそわと落ち着かない。そんな時に、北の国の最果てで、怪しい動きをしている村があるという話が持ち込まれる。それはあまりにもタイミングが良すぎた。

「オーエンの仕業じゃあるまいな?」
「オーエンかもしれんのう」
「それはない……と思う。そんな感じじゃなかった」
「どんな感じだったんです?」

 オーエンを疑うスノウとホワイトに、異議を唱えるカイン。賢者が尋ねると、カインが、んん、と指を顎に当てて考え込む。

「迎えに来た奴らに従いたくなさそうだった。けど、無くし物を預かっているとか言われて……
「無くし物?」
「無くして困るようなものがあったのか」
「しがらみがないと思うとったが、オーエンにも大事に思うものがあったんじゃのう」

 感慨深そうに呟くスノウとホワイトは、どこか嬉しそうだった。まるで、成長した子供の姿を喜ぶ親のように、慈愛に満ちている。とはいえ悪意と恐怖の塊であり、一人で生きてきた筈のオーエンに、迎えが来たということ自体、怪しさ満点だ。

「確かに、関係がないとは思えんが」
「十中八九、関係大有りじゃろうな」
「あのオーエンが関係しているとなると、何が起こるかも分からん」

 双子はそう言って、少しだけ言葉を濁した。

「最悪、我等の手で殺さねばならんな」
「えっ? ま、待ってください! オーエンが私達と敵対しているとはまだ決まってないでしょう?」
「無論その通りじゃ。しかしのう……

 オーエンは賢者の魔法使い。それに脅かされるとなると、次の厄災で何が起こるか分からない。ましてやオーエンは利害の有無で、簡単に自分たちを裏切るだろうと双子は断言する。厄災よりも優先すべきものがあるとは思えないが、最悪は常に想定するべきである。
 そしてその場合。オーエンを石にして、新しい魔法使いを召喚した方がいい。彼は何度でも蘇るので、少し骨は折れるかもしれないが。

「冷たいようにも感じられるじゃろうが、そんな関係しか構築できておらんからの」
……っ。それは」
「ああいや、賢者を責めておるわけではない。北の魔法使いと心を通わせるのは至難の業じゃ」
「わかっています……。でも、最悪の手段は、オーエンの様子を見てからにしましょう。北の国に調査に向かいます。北の魔法使いと、中央の魔法使いで行って貰えますか?」
「あい分かった」
「俺も、目の前でオーエンを連れていかれた。放っておけない」
「念の為、フィガロにも来て欲しい所じゃが」
「ただでは済まんじゃろうからの」
「では、声をかけておきます。他には……
「中央の魔法使いと言ったが、アーサーやリケは、来るべきではないかもしれん。我らの弱点になりかねんのでな」

 オズやフィガロ、北の魔法使い。これだけ戦力が揃えば、オーエン以外に強力な魔法使いがいたところで、さほど驚異にはならない。だが、こちらに人質となりうる存在が居たなら、いくら戦力を強化したところで同じこと。
 仲間を人質に取り、命まで奪おうとすることに、オーエンが躊躇わないとは思いたくないが、最悪の事態が起こる可能性は少しでも減らしたかった。
 結局、北の国には、スノウとホワイト、カイン、オズ、フィガロ、そして賢者の六人で行くことになった。ミスラやブラッドリーには逃げられてしまったが、最悪オーエンに加担してオズに攻撃を仕掛けてくる可能性もあったので、無理やり連れていくことはしなかった。