はりぼて自家発電所
2024-12-27 03:47:10
108331文字
Public 因縁
 

天邪鬼のかくしごと 前編

魔法舎に北の魔法使い、オーエンの迎えが来た。記憶喪失、ショタ化など。







『親愛なるオーエン。

おまえは多分、私のことを覚えていないだろう。
なぜなら、村を破壊したおまえの記憶を奪い、北の国に放り出したのは、この私なのだから。
おまえは誰とも交わることはできず、一人で生きてきただろう。
おまえが人間の思念、悪意と恐怖を糧とするように、私が魔法をかけてやったのだから。
嘘だと思うなら記憶を覗いて見るといい。
おまえが過ごしていた部屋にあった石を同封しておいた。
賢者の魔法使いに選ばれてしまったおまえにとって、
魔法舎での暮らしはさぞ息苦しいものだろう。
偽善的な連中との暮らしはどうだ? 
仲間ごっこは楽しいか? 
なぜ殺さず共に生活している? 
これはおまえ自身が既に自問自答していたことだろう。
その答えを知りたいと思っているのだろう。
私はおまえのことをなんでも知っている。
可哀想に、記憶をなくした孤独なおまえには、なにもかもが恐ろしいだろう。
石の記憶を覗いてごらん。
みすぼらしく、愚かで、惨めで、弱々しい、憐れな自分を、
おまえは受け入れられないかもしれない。
今まで己が選んで来た道は、自分の意思ではなく、
得体の知れないなにかに選ばされていたと気づくかもしれない。
裏切られ、誰も信じられず、人が望むままに、おまえは悪辣を演じてきたのだと。
おまえはそう生きるしかなかったのだと。
口では否定しようとも、私の言葉をおまえは無視できないだろう。
石の記憶を見ろ。
ただの石ころだと思うなら見れるはず。

では、再びきみの美しい顔を見られる日を楽しみにしている。

きみの親であり、師であり、友人である、魔法使いより』










 双子と賢者、カインとオーエンがその場にいる所で、フィガロが手紙を読み上げた。オーエンは相変わらず顔色を悪くしたままぐったりとソファに座り込んで、大人しくしている。

「うーん。これが全て事実というより、ひたすらオーエンを煽るための言葉が選ばれている。石の記憶を覗いて見ろってね。前にも言ったけど、悪意や恐怖を糧にして魔力を得る方法があったとして、故意に付与するなんて相当難しいよ。ただ、事実も少なからず混じっているだろうね。全てを鵜呑みにする必要はないけど、全てを嘘とすることもできない」

 フィガロはそう言うと、手紙に添えられていた石を弄びながらオーエンを見た。

「石の記憶を覗くのは怖いかい? これくらいの弱い呪い、きみなら自力で浄化できたはずだ」
「別に怖いわけじゃない。……信用出来ないだけ」

 石に掛けられているという呪いを簡単に解くことができるなら、記憶を読むのも難しくない。なのにそれをしないということは、オーエンは過去を知ること自体を恐れているということ。頑なにそれを認めようとはしないけれど。

「自分の記憶を見ることはできないし、人から聞いた話じゃ信用出来ない。どうせカインからも話を聞いていないんだろう。なら、嘘をつかない石の記憶を見るのが確実だ。そしてそれが本物なら、手紙の主がきみを一番知っている存在になるのは事実ということになる」
「フィガロ、そんなこと言ったら……

 逆にムキになってしまうだろう、という言葉を、賢者は飲み込んだ。下手に言葉を重ねれば重ねるほど、オーエンの選択肢を狭めてしまう気がした。
 オーエンは案の定、苦々しくフィガロを睨みつけている。

……もし、その石の記憶を見たとして、手紙に書いてあるような光景があったとして、それが僕だって証拠は?」
「うん、ないね。この石は確かに千年以上前に出来たものだけど、きみによく似た境遇の子の傍にあった石ころを、適当に持ってきた可能性はある」
「じゃあ、こんな石ころに価値なんてないだろ」
「そうだね。だけど、自分か自分じゃないかくらいは、わかるかもしれないだろ」

 それでも怖いのか、という、フィガロの無言の声が聞こえた気がした。はらはらと成り行きを見つめる中、オーエンは恨みがましい表情を浮かべて、ずかずかとフィガロに近づくと、石ころを奪った。

「ならこれは、悪意と恐怖を知ってるだけの、ただの石で、僕のごちそうだよ。こいつが本当に僕だろうと、それごと全部食い尽くして、手紙の主を殺しに行ってやる」

 何があろうと揺るがない決意のようなものを言い切ってオーエンは誰の反応も待たずに石に唇を寄せた。

「《クーレ・メミニ》」

 石はぼんやりと光を帯びて、談話室の空間にひとつの情景を映し出した。まるで、別の世界に来たような感覚。「あ」と、カインが小さく不安そうな声を上げる。カインはオーエンの過去を見てきたから、その場所に見覚えがあるのかもしれない。
 薄暗い、土でできた部屋の中。蝋燭の明かりだけが灯っている。そこに、くすんだ銀髪と薄紅の目をした幼い子供がいて、母親らしき女に縋りついている。

『どうして? 僕、またなにかしちゃったの?』
『そうよ。だから、暫くここに居るって約束して』

 子供の問いにぞんざいに答えて、母親は逃げるようにどこかに行こうとした。

『やだ、置いてかないで』
『ああ、そうだ。おまえの大好きな騎士様の絵本だよ。これを読んで、ここで待っていなさい』

 絵本を押し付けられ、無情にも閉められる扉。さらに鍵のかかる重たい音。それに気づいて、子供は絵本を放り投げて、扉に縋り着いた。

『お願い、行かないで。ごめんなさい。もうしないから、開けて!』

……っ!」

 何をしてしまったのかも理解できない様子だったけれど、とにかく謝る子供。その空気に当てられたのか、オーエンは同調してしまったように、持っていた石を投げ捨てて。

『開けて、開けて! いやだ、行かないで! いい子にするから、開けて! あけて……っ!!』

「う……、っ」
「オーエン!」

 悲痛な叫びから逃れようと、オーエンは耳を塞ぎ、蹲る。その傍らに賢者がカインと共に駆け寄った。
 パチンと音がして、映像が消えると、もとの部屋の景色が戻ってくる。

「ぁっ……、いや……っ」
「フィガロ、石の映像を止めてくれ!!」
「もう止めてる」

 焦点の合わないオーエンの瞳を見たカインが叫んだけれど、既に土の部屋の景色は浮かんでいない。けれどオーエンは、あっという間に過去の記憶に囚われてしまっている。

「だめ……、開けちゃダメ、開けないで……

 蹲って自分を抱きしめる様は、まるで腕の中に、守るべき小さな子供がいるようだった。

「中で待っていても、外に出ても、死んじゃうの……。僕が死ねばいいの……? どうしてしぬの……。しにたくない……。死ぬのは、寒くて、ひとりぼっちで……

 いつもなら、それが楽しい、と口元に笑みを浮かべていたオーエンの、冷たい氷のような表情にヒビが入る。

「思い出したくないのに、せっかく忘れていたのに、どうして……



 ――どうして、思い出すの。



 死ぬたびに、思い出す度に、オーエンはこうして、心を壊して行ったのかもしれない。そんなの、あまりにも、残酷すぎる。

「オーエン。今の子供は、そなたであったか?」
「違う……ちがう!」

 ホワイトが無情にも尋ねる。オーエンはまるで世界を全て拒絶するみたいに、賢者とカインの手を振り払った。あの子供がオーエンではなかったのだとしても、途切れた記憶の先を、オーエンは思い出していた。あのあと何が起こるのか、オーエンは知っている。手をぺたりと床につけて、オーエンは不安げに辺りを見回す。何かを探す、子供みたいに。

「どこ……?」

 オーエンは焦点の合わない目をきょときょとと動かして、何も無い床に手を這わせた。全員、その様子を咎めることも出来ず、ただ見守ることしか出来ない。

「どこ。どこにいるの。……どこ、……僕は、どこ……?」

 彼はずっと探している。きっと、今の人格の自我が芽生えた時から、変わらず。自分の記憶、自分の心臓。

 自分、自身。

 記憶が甦っても、受け入れられず、違うと放り投げて、まだ、探している。

「っオーエン!」

 迷子の子供みたいに、地面に這いつくばって、零れ落ちていく自分の、投げ捨てた筈の、大切な何かを探す因縁の相手に、カインは堪らずその細い体を抱きしめた。

「落ち着け、大丈夫だ。おまえはここにいる。俺が、そばに居る……!」

 オーエンの瞳がぼんやりと、カインを認める。

……きし、さま……
「ああ、そうだ」
「きしさま」

 オーエンはその瞳をうるませて、酷く幼い顔を晒して、カインの胸に縋り付く。

「お願い、騎士様……。手を握って、離さないで……
「わかった」

 不安を一掃する、清々しいほどの即答だった。カインはオーエンの望む通りに、その手を握る。その光景に、良かったと賢者は胸を撫で下ろす。

 その、刹那。手を握った二人を中心として、大きな魔法陣が出現する。オーエンの体が淡い光を帯びたかと思うと、彼は苦痛に顔を歪めた。

「なんだこれ……。おい、オーエン、どうした!?」
「呪はオーエンが浄化していたはずだけど」
「違う、これはオーエン自身の……
「いかん、カイン! 手を離すのじゃ! その繋ぎ目が媒介となっておる!!」

 手を、離す?
 スノウの言葉に賢者は愕然とする。

「だ、だめです。だって、あれは、オーエンが漸く口にした、唯一の望みなのに」
「しかし二人の手が重なっておる所から魔力が流れ出ておる! このままでは、オーエンが……

 そう言っている間に、苦しむオーエンの体から溢れた光が、ガラス片を散りばめたみたいに宙に浮かぶ。ガラス片の表面には何かの影が映っている。あれは、賢者の青ざめた顔。好戦的な北の魔法使いたちや、その他の賢者の魔法使いたち、そして、左目を失った、カインの姿。

「あれは……!?」
「オーエンの記憶……?」

 宙に浮かんだガラス片達は、カインに縋り付くしかできないオーエンの頭上で固まって、虹色に輝く石となる。それは、マナ石のようだった。魔法使いの魔力そのものの。

「凄まじい魔力を放っておる。あれは……
「こんな複雑で高度な術、見たことない。それに、別の魔法使いの魔力も感じるね」
「カイン、このままでは、オーエンの記憶も、魔力も、全て……

 そう言われても、カインは手を離すことができなかった。記憶も、魔力も奪われると聞いたにも関わらず、オーエンの手が、カインの手を強く握り返していたからだ。

「は、はなさないで……。そばにいて……、おいて、いかないで……っ」

 オーエンの救いを求めるような、泣き顔から目を離せない。記憶と魔力を奪われるというのは、死ぬということではないのだろうか。なのに、それを失うよりも恐ろしいものがある。
 魔法使いが死ぬ時は、ひとりぼっち。

……ひとりで、死にたくない」

 フィガロがぼんやりと呟いた。

「オーエン……っ」

 まるで、魂が抜けていくみたいにオーエンから溢れた光も消えていくと、その体は崩れ落ちる。頭上で結晶化した石は、どこかに消えていた。カインが必死に、目を開いたまま光を失っているオーエンの体を揺すっていた。双子と賢者も、傍に駆け寄る。

「オーエン、オーエン!」
「なんだか、体が縮んでいませんか……っ?」
「魔力が成熟する前の姿に戻ったようじゃ」
「安心せよ。死んだ訳ではない」
「でも……

 ミチルと同じかそれより少し幼いくらいだろうか、小さくなったオーエンは、カインに肩を抱かれて支えられる形で、ゆっくりと、焦点の合わなかった瞳に光を取り戻し始める。

「オーエン……っ! 良かった」

 安堵するカインに向けられる、無垢な瞳。ガラス玉のようなそれは、不安なほど、なんの感情も映していなかった。薄い唇から紡がれたのは、いつもの悪態でも、泣き言でもない。

……だれ?」

 オーエンは、また記憶を失っていた。