はりぼて自家発電所
2024-12-27 03:47:10
108331文字
Public 因縁
 

天邪鬼のかくしごと 前編

魔法舎に北の魔法使い、オーエンの迎えが来た。記憶喪失、ショタ化など。







 抱き上げたオーエンの体は軽くて、細くて、冷たくて。触れるだけで、カインを不安にさせる。

……どうして飛び降りたりなんかしたんだ」

 答えは返ってこない。
 魔法も上手く使えないのだろう。オーエンが見知らぬ魔法使いに囲まれて何を感じたのかは見当もつかない。ただ、彼にとっては逃げたくなるような状況だったのだろう。それこそ、死んだ方がましだと思わせるほどに。

 ずっと一人だった。
 記憶を失う前のオーエンの言葉を信じるならば、オーエンに帰る場所はない。あるとしても今の彼は帰る術を持たない。そして、賢者の魔法使いである以上、ここには居てもらわなければならないのだ。
 薄く開いた唇をこじ開けると、真っ赤な舌の上に百合の紋章が確認できて、ホッとする。ただ、このオーエンは賢者の魔法使いという概念を持ち合わせているのだろうか。理由がなくてもここに居ていいのだと、分かってくれればいいのだけれど、それが無理なら、きっとこれが彼の道標になる。

 賢者や双子、それからオズやフィガロとこれからの話をし、オーエンの面倒を引き受けたカインは、ひとまず自分の部屋にオーエンを連れ帰った。彼の部屋に一人で寝かせることはなんとなくはばかられた。カインのベッドに寝かせてしばらく待てば、生き返ったオーエンが目を覚ます。

「オーエン、起きたのか。気分は? どこか痛いところはないか?」
……さいあく……
「はは、とって食ったりしないから、もういきなり飛び降りるなよ」
……だれ」

 そう尋ねられて、カインの胸は少し痛んだ。

「ああ、そっか、そうだよな。俺はカイン。ここは賢者の魔法使いが住む魔法舎だ。えっと、おまえは今記憶を失ってると思うんだけど、なにか分かることは?」
「教えるわけないだろ」

 このオーエンは、彼の過去の記憶で見たのとも、傷のものとも違った。口調はカインの知っているオーエンそのもの。だけど声音は酷く幼くて、少年のような、少女のような不思議な音をしていた。表情はどこか野性的で、警戒した小さな獣のようだ。

「とりあえず、服をどうにかしよう。ここには腕の良い仕立て屋がいる。素敵な服を着れば、もう少しマシな気分になると思う」
「みっともないから着替えろって、正直に言えばいいのに」

 オーエンは皮肉に笑った。
 元々の彼の持ち物である黒いシャツを一枚だけ羽織った格好でベッドから抜け出すと、ペタリと素足を床に着ける。寒いのかふるりと一瞬だけ震えてから、立ち上がった。

「みっともなくはないぞ。大人のおまえはかっこよく着こなしてた」
「何言ってるの。おまえ」

 幼い表情が歪む。まるで得体の知れないものでも見るかのように。なにも知らない彼にとって、自分すら知らない自分の話をされるのは、恐怖なのかもしれない。ならば、細かい説明は、しない方が良いのだろう。

……悪かった、軽率だったな。行こう、その格好じゃ歩きにくいだろ」
「っえ……?」

 カインが殊勝に謝ると、オーエンはさらに不審なものでも見るかのように睨んだ。その視線をものともせず、カインは一言断りをいれるやいなや、オーエンの反応を待たずに抱き上げた。まさかの行動にオーエンは文句より先に、落とされないようにしがみつくしか出来ない。

「大丈夫だって。落とさないからさ」
「そういうことじゃ……っ」

 声を荒らげたオーエンだったが、突然喉に何かを詰まらせたかのように大人しくなった。どうしたかと顔を見ると、ふいと顔を逸らされる。
 分からないなぁと思いながら、カインはクロエの部屋に向かったのだった。



 オーエンの幼い姿を見ると、クロエは目をキラキラと輝かせた。その視線から逃れるようにカインに抱きつくが、無情にも用意された椅子に座らされてしまう。

「話は聞いてるよ。オーエン、俺のことも覚えてないよね。クロエです! よろしくね」
「じゃあ、暫く頼んでいいか。服が出来たら飯にしよう。ネロにも言っておくから」
「うん、任せて! ごはん、俺も一緒にいい?」
「ああ、もちろん。俺は用事を済ませて行くから、早く終わったら先に食べてていいぞ」
「了解。また後でね」

 一言も話さないオーエンを置いて、話はどんどんまとまっていく。カインが部屋を出て二人きりになると、少しだけ気まずい空気が流れた。どんな服が着たいか、という問いかけをとことん無視されて、クロエは困ってしまう。オーエンのだんまりは、緊張からかと思っていたが、冷たい態度を見ると、最初から答える気がないようだ。

「えっとじゃあ、とりあえず体のサイズを測らせてね。俺の好みで作っちゃうけど、いい?」
……
「は、測るねっ!」

 返事がないなら強行突破しようと、クロエはそっとオーエンの体に触れた。

「困ってるなら、放り出してくれたらいいのに」

 体に触れられて、怯えたように震えながら、それを誤魔化すようにオーエンはようやく喋った。

「そしたら、自由になれるのに」

 呟いて、薄紅と蜂蜜の目がゆっくりとクロエを見据えて、唇は弧を描く。

「偽善者」

 酷く大人びた口調ではあるけれど、年相応の笑顔で吐き捨てられて、クロエは目を丸くする。悲しくはないし、腹も立たなかった。ただ、違和感だらけの少年の台詞に、返す言葉が、なにも思い浮かばない。
 だって、自由だって言ったって、このまま放り出されたら、彼はいったいどこへ行くのだろう。そうしないことが偽善というのなら、なにが善だというのだろう。彼の望みは、一体どこにあるのだろう。オーエンの言葉は、こちらを煽るものばかりで、望みなんてものがどこにもない。

「オーエン、俺はね、服を作ることが好きだよ」
……
「大人のきみは、お揃いが面白いって言ってたよ。どうでも良いって言いながら、帽子も靴も、汚さないように、大事にしてくれて、すごく、嬉しかった。だからきみにも、そう思って貰えたら嬉しいよ」

 オーエンは応えることを拒否するように俯いた。されるがままにサイズを測られて、まるで人形のように動かない。おかげで仮死の魔法をかけなくて済んだけれど、ガラス玉のような瞳で見つめられては、落ち着かなかった。

「よし、じゃあ行くよ。《スイスピシーボ・ヴォイティンゴーク》!」

 ふわり、と布が舞った。迷いに迷って、オーエンが着ていた練習着をアレンジしたものにした。シンプルで動きやすいから、ちょうど良いだろう。魔力が高まれば成長すると聞いたので、上着はオーバーサイズに仕立てた。

「どこかきついところはない?」
……

 オーエンは不可解に顔を歪める。答える気がないと言うより、なんて答えればいいか分からないかのような。なんというか、服なんて着られればどうでもいいと思っている人の反応に近い。

「えっと、回ったり、歩いたりしてみて、動きにくかったりとか……
「どうして」
「え……

 クロエがオーエンの問いに答えられず、嫌な沈黙が流れた。
 どうして? なにがどうして?
 それを尋ねても、彼はその問いを無かったことにしそうだ、ということだけは、なんとなく分かった。オーエンに記憶がないということは、自分のことが分からないということ。どうしてとこちらが聞き返せば、彼が困ることは目に見えていた。

……えっ、と。オーエンは今、知らない人に囲まれて、不安だろうから。だから、着る服だけでも、居心地いいように、安心できるように、してあげたいから……
「いらない」

 一生懸命選んで伝えた言葉は、即座に一刀両断されてしまった。クロエがざっくり傷ついていると分かると、オーエンは歪な笑みを浮かべた。

「着心地なんて最悪だよ。さっきよりましだから着てるだけ。こんなことで安心なんて出来るわけないだろ。おまえたちが僕のことを知っている風なのも気持ち悪い。虫唾が走る。騙そうったってそうはいかない。気安く話しかけないで」
「あ、……ごめん……
「用事はもういい? どうもありがとう。可哀想な僕に着るものを施して満足できて、良かったね」

 オーエンはそう捲したてると、部屋を出ていこうとした。

「ま、待って。えっと、このあとはご飯を食べに食堂に……
「おまえたちが勝手に言ってただけだろ。僕には関係ない。それに、誰が用意したかわからないものを口になんかしないよ」
「大丈夫だよ。ネロはそんなことしない。彼の作ったご飯はとっても美味しいから……
「だからなに。そもそもきみの言葉を信用できると思ってるの? おめでたい頭。残念だけど、僕は食べなくても支障はないから、脅しにもならない」
「脅しなんかじゃないよ! じゃ、じゃあ、俺が毒味するから、食べてくれない?」
「食べるわけないだろ。いらないって言ってるんだよ」
「どうして……
「被害者みたいな顔をしないでよ。逆にどうして食べると思うの? おまえたちは天敵が用意した食事すら、疑いもせずに口にするの? どうかしてるよ」

 なにも言い返せなくなってしまったクロエに、オーエンは勝ち誇ったような穏やかな笑みを浮かべて、自由を勝ち取ったと言わんばかりに踵を返した。

「あ、待って……

 カインに、頼むと言われたのに、このあと一緒に食堂に行くと言ったのに、なぜかクロエの足は動かなかった。なにも望んでいないオーエンを無理矢理連れていけば、彼の言う通りの、自己満足で終わるだけの自分になってしまうような気がしたから。