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はりぼて自家発電所
2024-12-27 03:47:10
108331文字
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因縁
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天邪鬼のかくしごと 前編
魔法舎に北の魔法使い、オーエンの迎えが来た。記憶喪失、ショタ化など。
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魔法舎に訪れた珍しい来客が、どこか怯えたような顔をして、出迎えたカナリアに尋ねる。
「北の魔法使い、オーエンがこちらにいると聞いてきたのですが」
魔法舎で最も人と縁がなさそうな魔法使いの名前に、カナリアは少し目を見張った。それから丁寧に受け答えをすると、「呼んで参ります」と客人を待たせて談話室へと向かう。
目当ての人物は自室だろうか。カナリアはどうするべきか、と頬に手を当てた。北の問題児三人に、一人で近づかないようにと、双子のスノウとホワイトからきつく言われている。オーエンはそのうちの一人だ。
「かと言って、お客様をそのままお通ししていいものかどうか
……
。怯えているようにも見えましたし
……
」
「オーエンに用だなんて、それだけで事件だな」
そう言って苦笑いしたのは談話室で寛いでいた魔法使いの一人、カインである。
客人にどんな用があるかは分からないが、オーエンと一般人を引き会わせるのは如何なものだろう。カインのみならず、この場にいる者の意見は一致していた。
「追い返せばいいだろう」
オズがこともなげに言う。
「だが、客人が何者かに脅されて来たのだとしたら、何もせず追い返すのはまずくないか?」
オーエンに客が来るとして、友好的な目的とは考えにくい。その客人が用事を済ますことができぬまま辿り着く末は、ある程度の想像ができる。
カインが懸念を口にすると、オズは黙り込む。正直なところ、当の本人を差し置いて面倒を引き受けるのも癪に障るというのが本音だろう。
「オーエンを呼んでこい」
オズの言葉に、カインとカナリアは苦笑を零した。
おまえに客が来たぞ、と自室の扉をノックすると、オーエンは意外にも素直に扉を開けてくれた。きょとりと目を瞬かせ、心底驚いたかのような反応にカインもどうすればいいか分からず、ひたすら返事を待つ。
「双子先生?」
「なんでスノウ様とホワイト様なんだ。一緒に住んでいるのに」
「僕を訪ねてくるなんて、説教目的の双子先生くらいしか思いつかない。どんなやつ?」
カインはオーエンと普通に会話が成り立ったことに少しだけ感動した。カインにちょっかいをかける余裕もないほど、自分を尋ねてきた者に興味を示しているのだろう。
「どんな奴って
……
、カナリアが言うには、北の国の人間らしいが」
オーエンはますます分からないと言うように首を傾げた。北の国では、オーエンに話しかけられても返事をしてはいけないとまで言われているのだから、わざわざ訪ねてくるなんてただごとではない。
「
……
」
「オーエン?」
「いいよ。わかった」
正直に言うと面倒臭い、という感じではあったが、北の魔法使いに敵前逃亡なんて選択肢は存在しない。快い反応にカインはホッと息を吐く。北の国の使者はこれで目的が果たせるだろう。とはいえ、オーエンに虐められると分かっていて放置はできない。断られても着いていくつもりで付添いを申し出ると、オーエンは興味なさそうに「好きにすれば」と呟いた。
静かに客の元に向かうオーエンに違和感を覚えて、カインはその横顔を盗み見る。
彼はお喋りが好きだ。内容がどうであれ、口から生まれてきたと言わんばかりにたくさんの言葉を操る。そして興味を失えばさっさと消える。だから、こうやって黙って傍にいることが今までに無かった。
魔法で移動せず歩くことすら、まるで時間稼ぎのように思えた。感情の抜け落ちた横顔の中、赤い瞳が鋭く前を見つめている。彼に言葉で追い詰められる時とは違う緊張感。
そう、オーエンはこの時、彼自身も気づかないうちに緊張していた。
わざわざ自分を訪ねてくる愚かな人間の目的が分からず、まだ見ぬ相手にどう出るべきか悩まされるこの時間に、苛立ちすら感じている。
魔法舎の外では、一人の男が所在なさげに立っていた。自ら呼びつけたくせに、オーエンの姿を認めて怯えた顔をする。
そこまでしてオーエンに会いに来る理由とは、一体なんなのだろう。
「僕を呼んだのはおまえ? 何の用?」
「おいおい。折角訪ねてきてくれた客に、その態度はないだろう」
「騎士様は黙っててよ。関係ないんだから」
ピシャリと言われ、それもそうなんだが、とカインは大人しく引き下がる。
「で? なんの用かって聞いてるんだけど」
怖々としてなかなか話し出そうとしない男に、オーエンは容赦なく鋭い言葉を浴びせる。
「そ、その
……
。あなたを、迎えに来ました」
「
……
は?」
「俺は、北の国の騎士です。迎えが遅くなって、申し訳ありません」
恭しく頭を下げる男に、オーエンは固まった。騎士が迎えに来た。その事実を飲み込むのに、時間を要したのである。呼吸を飲み下して、ため息を吐き出す。
「
……
馬鹿馬鹿しい。そんなくだらない冗談を言うためにわざわざこんな所まで来たの?」
やっとの思いでオーエンは悪態を絞り出した。けれど騎士と名乗る男は引き下がらなかった。
「冗談などではありません。俺達は、何年も、何百年もの間、あなたのことを忘れたことはない。漸く、
……
漸く迎えに来れた」
俺達、という言葉に、彼が北の国の代表としてオーエンを訪ねて来たことが伺えた。
胸糞悪い。
まるで用意された台詞に、意味がわからないと一笑出来たら良かった。けれどそれは、オーエンがずっとずっと、待ち望んでいた言葉であった。
「
……
知らない」
手を取ってしまいたい。
自分の中から湧き出てくる衝動に、オーエンは怯えた。自分の中の得体の知れない何かが、取れ、取れ、その手を取れ、と暴れている。
けれど、自分がなぜその言葉を待ち望んでいたのか、なぜその手を取りたい衝動に駆られているのか、オーエンには理解できなかった。自分の中に確かにあるのに、それはオーエンの知らない感情だ。
気持ちが悪い。
オーエンは、騎士と名乗る男の手をパシンと振り払った。
「今更なんなの」
無意識に躍り出た己の言葉にさえ、苛立ちを覚える。待っていた記憶なんてないのに、ずっと待っていたかのような口振りじゃないか。北の国の騎士は青ざめて、居心地悪そうにしている。そんな彼に追い討ちをかけたのは驚くべきことに、傍らにいたカインだった。
「
……
オーエンのことを暗い地下に閉じ込めていたっていうのは、おまえたちなのか?」
オーエンの厄災の傷として現れた人格。幼い子供のような彼の言葉を思い出して、カインはその事実を確かめるように尋ねていた。オーエンが驚いたようにカインを見つめる。そんな北の魔法使いを庇うように、カインは前に出る。瞬間、オーエンは屈辱を感じて我に返った。
「ちょっと、騎士様。何を言い出すの? 出しゃばってこないでよ」
「この人はおまえに怯えてまともに話せそうにないし、おまえもまともに会話する気がないだろう? 俺が間に入ってやるから、お互いの気が済むまで話をしよう」
話せばわかるよ。
そう笑うカインに、オーエンは失望した。
どうしておまえがそんなことを言うんだ。この男がどの面を下げて騎士と名乗り、オーエンを迎えに来たとほざいたと思っている。
その答えはオーエンにも分からないのに、言いようのない怒りがふつふつと込み上げていく。
はっきりしているのは、こんな男に北の魔法使いである自分が大人しくついて行くわけがないということだけ。なにか言ってやらなければと思うのに、上手く言葉が出てこない。思い浮かぶものはどれも何かが可笑しくて、相応しくないように感じた。
記憶のないオーエンを差し置いて二人が勝手に話を進めている。自分のことなのに、蚊帳の外だ。
暗い地下って何。
そんなの知らない筈なのに、なぜか心が乱れてどうしようもない。いつもの悪態も、喉につかえて出てこない。
「
……
そうだ。俺達は、俺の村では昔、オーエンを地下深くに閉じ込めていた。あなたが、恐ろしかったからだ」
「
……
へぇ」
他人の口から語られる自分の話に、やっとの思いで追いついて、オーエンは嗤う。北の騎士から恐怖や悪意を感じた。それはオーエンのよく知る感情で、オーエンに力を与えるものだ。
だけど、胸の奥の違和感が消えない。
閉じ込められた。地下深くに。
じめじめして、くらいところに。
そんなの、知らない。思い出せない。
思い出したくない。
「恐ろしかったからって
……
そんな」
「得体が知れなかった。誰だって、理解できないものは恐ろしいだろ」
何も覚えていないオーエンの代わりに、カインが北の騎士を責める。実際、オーエンのことを閉じ込めたのは彼の先祖なのだろうが、北の騎士は言い訳のように早口で言い募った。オーエンの様子を、伺いながら。
オーエンは一瞬どこかに思考を持っていかれながらも、向けられた恐怖とそのありきたりな理由を受けて、思い出したように嘲笑う。
北の騎士は少し怯んで、カインに助けを求めるように視線をやった。しかしカインはカインで、騎士の台詞に不快そうに目を細めていた。
「それだけの理由で?」
魔法使いが恐ろしい。
それが、幼い子供を閉じこめる理由になるなんて信じられない。それも、何年も、何百年も。オーエンはもう覚えてすらいない。本当に『今更』だ。同じ騎士として、恥ずかしいとすら思う。
カインの鋭い視線に、騎士は慌てた。
「お、俺も酷い話だと思う。けど、大昔の話だし、普通の人間から強大な魔力を持った魔法使いが生まれたんだ。すぐに受け入れるなんて無理だ。理解できるまで閉じ込めた方が良いというのも分かる。暴走でもされたら、何人も人が死ぬし、村が滅びる。魔法使いは簡単には死なない、だから、準備が出来たら、迎えに行くつもりで
……
」
「
……
」
「本当だ。っ騎士の絵本があったはずだ。彼はそれが好きだったという。だから、村の男は皆一様に騎士を目指して
……
。その間に、あなたはあの場所から姿を消してしまっていたけど
……
。迎えに来るのがこんなにも遅くなってしまったこと、本当に申し訳ないと思っている
……
」
騎士を名乗る男が聞いてもいないことまで言葉を重ねる。大昔の話を、人間である彼が正確に語れるとは思えない。けれど、そんな話をなんの疑問もなく信じているその様子に、不快感は増していった。少なくとも、オーエン本人が覚えていないのに、わざわざ聞かせるような話じゃない。
「
……
じゃあ、ここで殺されても文句はないよね」
「オーエン!!」
案の定不愉快を顕にするオーエンを、カインは宥めた。不快感はあれど、この男が直接閉じ込めた本人ではないということも理解していた。村の決まりで貧乏くじを引かされたのだろうと。人間である彼にとっては、おとぎ話のはずなのに、こうやって騎士となってわざわざやって来て、真摯に謝ってくるだけましだとも思うのだ。
「どうして止めるの? まさか、こいつに味方するの? 今の話が本当だったとして、こいつの行いは正しいと言えるの? おまえは僕が許すべきだと言うの? この後に及んで怯えて震えてる、哀れな男に情をかけるなんて、随分お優しいんだね、騎士様は」
もし、カインがオーエンの立場にいたならば、男を許していただろう。カインとオーエンは違う生き物で、生まれも育ちも、天と地ほどの差がある。ただ、カインは実際に仕打ちを受けた訳でもない。オーエンに記憶が無くても、その心や体には見えない傷がある。カインが何か言えることなど、あるはずもない。物語の中での犠牲者はオーエン。その事実は、北の魔法使として生きてきた彼にとっても、受け入れ難いものだろう。
「おまえが受けた仕打ちを思えば、安易に許せなんて言えない。気に入らないなら、このまま追い返せばいい。でも、殺さなくなっていいだろ」
「それじゃあ僕の気は晴れない」
記憶はない。それが本当か嘘かも分からない。目の前にいる男も、その口から紡がれる話も、カインの言う暗くてじめじめした場所すらも知らない。
ただ、閉じ込められていた理由は理解できる。なんとなく、その可能性はなくもないと感じる。なぜなら、魔法使いはどこに行っても嫌われ者だ。それにオーエンの胸の内に燻るこの失望も、怒りも、全て本物だ。でなければこんなにも、目の前の男に殺意など覚えないだろう。
だからこそ、殺さなければ。北の魔法使いオーエンに、人間に虐げられていた過去はいらない。
「
……
庇っていただき、ありがとうございます。カイン殿」
「ん? なんで俺の名前を
……
」
「騎士を目指す者として、中央の騎士団長だった貴方のお名前を知らぬ者はおりません。俺はオーエンに殺される覚悟は出来ています。彼に殺されるなら、本望だ」
「なにそれ、つまらない。罰して欲しいって言うなら、僕は何もしないよ。ずっとその罪の意識を胸にのうのうと生きれば良い。
……
はは、今安心したでしょう。殺されるのが本望だなんて、よくもそんな冗談が言えたね。許されると思ってるの? 僕はおまえに、死ぬより辛い永遠の悪夢を見せ続けることだってできるんだよ」
「よせ、オーエン」
「どうして第三者のおまえが口出しできるの。良い子のヒースクリフに言っているならまだしも、こいつは僕が酷いことをされたと知りながら、ここまでのこのこやってきているんだよ。殺されても文句は言えない。その覚悟を踏みにじっている自覚はある? どうせ何も出来やしないくせに」
オーエンの温度のない台詞に、カインも北の国の騎士も黙り込む。
恐怖、不安、怒り、軽蔑。オーエンが好む負の感情を向けられているはずなのに、どうしてか気分が悪い。自分が自分じゃなくなる前に、オーエンは無理矢理笑顔を浮かべて見せる。
「あはは。でも、いいよ。馬鹿な人間を見られて面白かったから、今日のところは勘弁してあげる。分かったらとっとと帰りなよ。次に僕の前に現れたら、今度こそ心臓を抉りとってあげる」
一方的に話を終わらせて、踵を返すオーエンに、北の国の騎士は慌てた。
「ま、待ってくれ。せめて一度だけでも北の国へ一緒に帰ってくれないか。渡したい物があるんだ」
しつこい、とオーエンの視線が鋭くなる。けれど北の国の騎士は、怯みはしたがそれを誤魔化すように一歩踏み出してくる。
「
……
なに?」
「あなたの、
……
大切なものを預かっているんだ」
「はぁ? 僕に大切なものなんてないよ」
「
……
本当に?」
オーエンは眉を潜めた。まるで、何もかも分かっているような口ぶりに口を閉じざるを得ない。心当たりが唯一ひとつあるとすれば、無視できないものだった。
「
……
」
「あなたには、失くした物があるはずだ。オーエン」
意味深に、北の騎士は自分の胸に手を当てた。オーエンの顔色がいよいよ変わる。憎々しげに目尻が尖る。視線だけで殺せそうな眼光に、北の騎士はヒッと喉を引き攣らせた。けれど、言葉を取り消すつもりは無さそうだ。
「
……
いいよ。ついて行ってあげる」
カインが訝しげに視線をやると、オーエンは諦めたように言い放つ。北の騎士はあからさまにほっとしたように表情を崩した。「そうか、良かった!」と心の底から喜んでいる。許さないとはっきり言われたばかりだというのに、ついて行くと言っただけでこの喜びようは一体何なのか。カインが疑問を口にする前に、オーエンが一歩踏み出した。
「っ、待てオーエン」
「なに」
「その
……
罠だったらどうするんだ」
小さな声で、カインは耳打ちした。オーエンは馬鹿にしたように冷たく笑った。
「罠だろうね」
「なっ
……
!?」
「だからなんだって言うの」
危険? そんなもの、カインに言われるまでもないことだ。罠だと分かっていても、オーエンは行くしかない。それほどの物を握られているのだと、カインに言う気は全くないが。
「愚かな騎士様に教えてあげる。きみが救えるものなんて何も無い。今まで助けてきた者も、きみのことなんて待ってなかった。きみじゃなくたって良かった。助けてくれるなら、誰だって良かった。きみが騎士である必要性はどこにもない。それでおまえは、そんな滑稽な姿を晒してどこまで行ける? 誰もおまえのことなんて見ていないのに。
……
ああ、見てもらえないから役目にこだわるんだね、可哀想に。おまえの厄災の傷が、触れるまで誰の姿も見えないことなのは、誰にも見られていないことを、月が教えてくれているからなんだね」
酷く美しく、優しく、オーエンは滑らかに言葉を吐き出す。何を馬鹿な、と言いたいのに。カインは言葉を失っていた。
助けてくれるなら誰だって良かった。それがまるで、オーエンの隠れた本心にも聞こえて。
オーエンは微笑む。いつものにやにやと人を小馬鹿にしたような笑みではない。カインを黙らせたことを、無邪気に喜ぶ子供のような笑み。
「バイバイ。とうとう僕から目玉を奪い返せなかった、無力な騎士様」
どうして、そんな最期みたいな台詞を言うのだろう。
おまえは、死んだりしないだろう?
そう思いながら、カインは去っていく背中を見送るしかできなかった。
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