河童の皿箱
2025-04-02 09:56:44
34188文字
Public 遊戯王:長め
 

幸せを探しに

ワゴンとフゥリが密会する話
捏造設定多数



 それからというもの、少女が男と会って追加の稽古に励む時は、とりかかる前に近場の店で菓子を買い、食べてから舞に臨むようになった。一度味わってしまった甘美な味わいに、そして男が腹を空かせて切なげに笑う顔に、少女はどうにも抗い切れなかったのだ。
 つやつやのみたらし団子の次は、あつあつのおまんじゅう。その次の日はふわふわ綿あめ、その次の日はきらきらこんぺいとう。店に足を運ぶたびに、男に「今日は何にしようか」と問われるたびに、少女の食欲はむくむくと強くなり、ずらっと並んだお品書きを見るだけで胸が躍るようになってしまった。そして自分で食べたいものを選べるのがどうにも楽しくて、どれにしようか悩むことを、帰宅の折に幸せなのだと思うようにもなった。
 しかし、良いことばかりではなかった。やはり甘味というものは体によろしくないのだろう。体重はなおも増え続け、体の軋むような痛みは収まることを知らなかった。当然、両親は憤り、少女の食事はどんどんと減っていった。ついには、昼のための弁当すらもおにぎりひとつになった。

 朝と昼は、とかくひもじい。皆が集まっての練習も、全く身に入らなくなった。それでもなんとか空元気を絞っては、皆の前ではいつも通りのまま振舞うことにした。誰かに察されると考えてしまえばしまうほど、身震いが止まらなくなるような思いだった。昼食は、隠れてひとりで食べた。どれだけ頑張って噛みしめようとも、5分でなくなってしまうような食事だ。憐みの目を向けられるに違いない。
 けれど、雅楽師の男との甘味を味わうときだけは、譲りたくなかった。なぜなのかはわからないが、この秘密を伝えて、両親の料理を再び味わいたいとはあまり思えなかった。そうしてまた数日が過ぎたころ、煎餅に塗伸ばされる醤油と、炎が焦がす香ばしい香りを堪能しているときに、彼は言った。「君、ご飯は食べれてるのか?」と。
 少女は怯んだ。なんと言ったらいいものか。彼が財布から2人分の料金を支払う間、少女は口を開閉させていた。もしかしたら、彼なら……
 けれど、少女の喉は、勝手にあははと笑ってしまった。「大丈夫ですよ、こう見えてもわたし、結構食べるんです。ちゃんとお夕飯も食べてますから」、と。当然、こんなのは嘘だ。夕飯だって、碌に出やしない。毎日毎日、ひもじくて仕方がない。でも、頼りにしなくてはならないのは親であり、他の一族が手を差し伸べてくれることなんてないのだ。
 焼きたての御煎餅を紙袋からひとつ取り出してみれば、まだ炎の温もりが残っている。隣の彼も、同じものを買った。一緒に「いただきます」と声を合わせてから、ぱくり、と。分厚いそれに歯を立ててガリっと噛み砕けば、ふわり広がるあまじょっぱさに、胸がいっぱいになる。さらにかみ砕いていけば、舌がザラメのやわらぎにとろける。わたしは、このために、今を生きているのだ、と。

 その次の日。いつもの長鳴鶏の像の前ですきっ腹を抑えて待っていると、男は大きな包みを持って現れた。「それ、なんですか?」と問いかければ、男は笑った。「いや、近頃どうにも忙しくて、いつも昼を食べ損ねてしまうからね。いっそのこと、弁当にしてしまったんんだ。君の分もあるよ」、と。
 なぜ、彼はこんなにもわたしのことを気遣っているのだろう。少女はどうにもむず痒い気持ちを抑えられず、肉団子を幸せそうに頬張る男に尋ねた。「どうしていつも、わたしにその、おごってくれるんですか?」と。男はもぐもぐと動かした口の中をごくんと呑み込んで、ふっと緩やかな笑みを浮かべた。「老婆心というものだよ。君が頑張っていることを、私は心から応援したいんだ」、と。
 老婆心。老婆ではないだろうに。けれど、そうして今度は米を口へ運んだ彼の姿に、少女はふと、ある面影が見えた。
 なんだかんだと世話をしてくれた、今はもう会えぬ兄の面影が、重なって。