河童の皿箱
2025-04-02 09:56:44
34188文字
Public 遊戯王:長め
 

幸せを探しに

ワゴンとフゥリが密会する話
捏造設定多数



 鐘が夕刻を告げる。御巫として修業を重ねる少女たちが、次々に家へ帰っていく。そんな中、御珠の少女は何時ものように、舞衣装をまとったまま、誰よりも長く、舞の練習をしていた。
 「熱心だよね」。御剣の子がぐずる弟をあやしながら、いまだに舞台で舞い続ける御珠の子を褒め称えた。「負けてられないなぁ」、なんて呟くのを聞いて、御鏡の子は笑った。「そうね。ハレにも」。ポツリこぼれたその言葉に、赤と青の少女は互いに笑って、帰路につく。御剣の子は、きょうだいのために。御鏡の子は、早乙女の行事のために。

 じゃあ、自分は?

 誰もいなくなった稽古場。さっきまであった熱気は何処。一度静まり返ると、身を打つ風の冷たさばかりが際立って、背筋がゾワリ。腹がぐぅ、と。
 日に日に過ごしているうちに、他の子たちを羨ましく思うことが増えた。なんの気兼ねもなく家に帰れることが、一番羨ましかった。今日の舞の番付は、1番ではなかった。御鏡の子に負けてしまった。帰れば、きっと父と母は落胆するだろう。落胆、するだろう。
 肩が落ちる。ため息が出る。こんなばかりでは、輝かしいオオヒメ様に選ばれない。ちゃんとしないと。選ばれるために、わたしは頑張っているのだから。両手でぱちんと頬を打つ。

 すると、風に乗せて笙の音が聞こえてきた。つられてオオヒメ様の遣いの姿を模した長鳴鶏の像へと、ふらり。けれど、にわかに浮き足立つ。雅な和音が奏でる天の声に、胸が跳ね躍る。立派な翼を広げた鳥の足元にて、勇猛な鳥の冠を被り、バサリはためく衣装に身を包んだ彼が、いる。まるで神の遣いの様な姿をした彼が、来ている。
 彼が笙を吹くのをやめ、瞳の見えぬ細い目が少女に向けば、そっと微笑んだ。「やあ、フゥリ」、と。少女は応える。「今日も来てくれたんですね。嬉しいです、ワゴンさん」、と。すると、男は尋ねた。「上着は使えていそうか?」。少女は苦笑する。「実は、さっきまでずうっと踊っていて夢中になって、衣装部屋に置いてきてしまったのです」。なるほどそう言うことかと彼が頷き、「寒くなったら取りに行っても構わない」、と。その反応に、ホッとする。彼は何かを疑うこともなく、何かを決めつけることもなく、こちらに尋ねて、言葉を素直に信じてくれる。それに安らぎを覚えてしまうのは、嬉しいのか、悲しいのか。
 ともあれ、今の自分にとって彼のそばというものは、これ以上ないほどに居心地が良いものであった。彼がいくつかの楽譜や楽器を準備している間に、自分がどれをやりたいかを示す。「難しいぞ」、なんて穏やかに笑う彼に「やれますから」と言えば、彼はそれを認めてくれる。認めて、くれる。

 彼は、外の世界からやってきた雅楽師だ。我ら御珠の一族は、あまり外との関わりを持たない。父と母は、尚更であった。わたしが今、こうして彼と一緒にいることそれ自体、良くないことなんだろう。なぜ良くないのか。何もかもを受け入れてくれる彼のそばを、離れたくないと思う、この心のせいと、堕落をもたらすからと言われれば、そうなのかもしれない。

 けれど。けれど。今だけは。

 「さあ、始めようか」。穏やかな声に。彼の奏でる音色に身を委ね、一歩、踏み出す。神の坐す天に手を掲げては、森深くから照らす夕日が、白い振袖を赤く染め上げた。