河童の皿箱
2025-04-02 09:56:44
34188文字
Public 遊戯王:長め
 

幸せを探しに

ワゴンとフゥリが密会する話
捏造設定多数



 「ほら、ワゴン。これお前のな」。浮世絵師が差し出した電子の謡本を、雅楽師は手に取り、そして開く。そこにつらつらと語られるのは、岩に隠れた太陽を呼び出す神楽そして、石に変じた妖狐を祓う能楽。その楽譜と、詩と、いくつかのビジュアルイメージであった。
 真昼の空に日はなく。長らに希望を託された一行は、薄ぼんやりとしたホログラム提灯に照らされながら、いくつかの案を出し合った。長の娘らが差し出したのは、岩屋神楽の伝書。そしてきりりと腹をくくった能楽師が持ってきたのは、殺生石の謡本。
 浮世絵師は双方の提案を聞きながら、一度たりとも筆を止めることなく、およそ一刻でこの謡本へとまとめあげた。「相変わらず仕事が早い」と、雅楽師が感心して零せば、浮世絵師は一笑する。「なぁに、本番はこれからだ。それに、今回はお前の仕事ぶりが重要になる。セアミンだって体張るんだ、失敗は許さねぇぜ?」、と。

 そう、失敗は許されない。これ以上の、失敗は。

 暗闇の中でも輝く謡本を指でなぞると、浮世絵師はふいに雅楽師の首へと腕を巻き付け、その体重をぐいと預けた。思わずふらつく足元をしかと踏ん張り、「なんだ」と文句のひとつがぽろり。けれど浮世絵師は耳元でささやいた。「せっかくのいい天気なんだ、楽しめよ」、と。
 窓の外をちらりと見る。空に太陽はなく、生暖かい雨はしきりに降り続き、次第にどんよりとした妖気が蔓延し始めたこれが、良い天気。はぁ、全く。こいつは。ちらりと首を動かしてみれば、あぁ、なんて良い笑顔なのか。心の中で悪態はつけど、雅楽師はふと、ふっと笑みをこぼした。「おっ、そうだそうだ。笑え笑え。お前にゃ、どんちゃん騒いでもらうからな」、と。
 長の居なくなった集会所の隅では、能楽師が衣装を着替え、もう片割れは面の準備をし、人形師は自らの人形の世話と、雅楽師の楽器の調律に手を動かしていた。長らの娘たちもまた、浮世絵師から託された謡本に目を通しながら、夕刻に執り行われる儀式に備えている。後れを取るわけにはいかないと、再び謡本に目を落とせば、すいと離れた浮世絵師が呟いた。「みずくせぇこと、すんなよな」、と。

 あぁ、彼にはバレていたのか。この里を訪れてからというもの、夕刻になれば彼には何も伝えず、御珠の少女のもとへと向かっていた。仕事に支障はない。スケジュールも問題ない。けれど、彼に隠し事をしては、人命にも係わることをひとりで背負い込んでいた。その結果がこの『良い天気』と、御巫の少女たちの努力をふいにする八百長試合そして、ひとりの少女の犠牲だった。
 この良い天気がやってきてから活き活きとした浮世絵師の働きぶりは目覚ましくいや、ここまで順調に話がまとまったのは、間違いなくあらかじめ根回しをした彼のおかげだ。元より歓迎されていたとはいえ、まさか彼がここまで長たちに信を寄せられていたとは。それに、人形師の水門だって、完成には至っていないが、その自動制御は御鏡の人々の助けとなり、大きな災いを遠ざけている。楽師たちは倒れたが、代わりとなれる己はここにいる。少女は狐にその身を奪われ、人々に脅威をもたらしたが、ここに退治法が残されている。

 何たることか。これではまるで、あらゆる事象が彼の掌の上ではないか。

 雅楽師は笑おうとしたが、けれどすぅと息を吸い込み、そして頭を下げた。「すまなかった」、と。「もうこんなことすんじゃねぇぞ。俺は寂しいのが嫌いなんだ。ハブられたら泣くからな」、なんてけらけら笑えば、またぐいと、その逞しい腕の中に引き寄せられては、抵抗できない。
 「お前は俺が知る限り、いっちばんの楽師なんだ。古今東西のうたを尋ね歩く、P.U.N.K.の雅楽師、ワゴン。頼りにしてるぜ、相棒」。

 ……はぁ、全く。

 そういわれてしまえば、もう言い返せない。どのみち後戻りも、二進も三進もいかぬところまで来てしまったのだ。ならばあとは、この声を、この指先を、旋律を、神に捧げるのみ。

 「あぁ、任せろ。相棒」