河童の皿箱
2025-04-02 09:56:44
34188文字
Public 遊戯王:長め
 

幸せを探しに

ワゴンとフゥリが密会する話
捏造設定多数



 その日の夜。すっかり晴天の夜には、ぽっかりと月が浮かび、星々が闇を彩る。ざあと木々が風に揺られれば、どこかに歩いていく誰かが、提灯を持って歩いている。少女はひとり、窓の縁に腕をかけ、だらりと空を眺めていた。

 死ぬはずだった。いや、死ぬ、という表現は相応しくないか。存在ごと、消えるはずだった。母と父はそれを望み、この肉体を育て上げ、慣習に従って、御巫としてあの舞台に立った。あの日、わたしはずっと昔から決められていた通りになるはずだった。
 ふ、と目を閉じる。そこにあるのは、静かな、穏やかに細められたか細い目。『フゥリ』とこの名を呼ぶ声に、ふぅと息を吐く。

 古き約束が果たされたなかったのは、彼のおかげだ。微睡むような意識の中、聞こえてきた歌声は、旋律は、耳慣れたもので。けれど、体中が痺れるような苛烈さも、激しさも、初めて聞くものだった。きっと、あれが彼の本質なのだろう。長い間一緒にいた、とは言い切れない。けれど、そう、集会所の前で初めて聞いた、彼の荒々しい言葉遣いと同じように。
 『う、嘘をついとった』。恥ずかし気に手を挙げては、顔が真っ赤になっていた。しかも、その理由というのが、カッコつけたかったから、なんて。
 ふぅ、と、また息を吐く。なんだか、可愛い顔してたなぁ。嘘って、そんなに可愛らしいものだったっけ。思い返せば、どう考えても自分の方がひどい嘘を吐いてきたものだ。

 頭の中に、ろくでもない考えがグルグルと巡る。そうしている間にも、月はどこか遠くへと向かっていく。

 明日、いや、もう、今日かな。罰を待つ少女は眠れもせず、ただ夜風にあたり続ける。

 どのみち、もうなかったはずの生。どのような結果になろうとも、自業自得。

 ……

 ……

 最後の瞬間に抱いた思いが、チリチリと胸を焼く。手を伸ばそうとも届かぬことの、なんと歯がゆいことか。罪を犯すということが、こんなに苦しいことだとは思わなかった。罪を犯す、という意識のなかった己の、なんと愚かしいことか。

 罪人の手は、汚らしい。そんな手で触れようものなら、彼は嫌がるだろう。けれど、罰を受けて、真剣に償えば……彼はまた、手を差し伸べてくれるだろうか。

 は、と。目を伏せる。己の浅はかな考えが成就されることはないだろう。家に帰ろうにも……もう、兄も居ない。里はどうだ。あの家族とおんなじだ。居心地が良かったのは、彼のところだけ。

 まだ、不幸は続く。ならば、いっそ。いや、でも。ただ……せめて、もう一度。

 胸の内では、あらゆる選択肢が浮かんでは、今まで出会ってきた人々の顔が浮かんでそして消える。そうして悶えて、空の果てがうっすらと明けてくる。まだ、人が起きてくる時刻ではないそんな時間に響いた、ざ、という足音。目を向ければ、そこには、焦がれる背中と、長のもとで見た背中があった。夜明けに、一体どこに行くのだろう。
 少女は心の赴くままに立ち上がり、窓の縁に足をかけた。すぐそこが、外だ。……良いのか、外に出ても。いや、良くはないだろう。良くは、ない。でも。

 胸の鼓動は、追いかけたいと叫んでいた。