ちこと
2024-10-29 20:36:55
56961文字
Public poke小説・SS
 

【2012年発行個人誌】drip,drop,daydream

2012年に発行した個人誌の再掲です。サトシとラティアスで人魚姫パロのようなお話。
完成版のデータが見当たらなかったのですが、ほぼ同じ内容のはずです。
もう何年も前の作品で、つたないところも多くはずかしいのですが、せっかくなので……。





 ラティアスに二度目の包帯を巻いてあげた、その夜のこと。サトシは、ベッドに腰かけたまま、ぼんやりと宙をながめていた。
「ぴかぴぃ?」
 かたわらのピカチュウが首をかしげても、サトシは気づかない。ラティアスとばいばいをして、この小屋に戻ってきてから、サトシはずっと、考えごとをしていた。
(やっぱり、あの子の包帯、どっかで見たよな……
 虚空を見上げた脳裏に、昨夜見たあの子の左腕がちらつく。ほんの一瞬だったけれど、たしかに、腕に包帯を巻いていた。どこかで怪我でもしたのかもしれない。しかし、サトシがなにより気になったのは、その包帯の巻き方だった。ちらりと見えただけだけれど、腕に巻かれた包帯は、ガタガタに歪んでいたのだ。
……
 右脚に巻かれた包帯を見る。いつものように、あの子が巻いてくれたものだ。ぴっちりと肌に密着して、まっすぐに、とてもきれいに処置されている。昨日見えた包帯とは似ても似つかない。あの包帯に似ていたのは、むしろ。
(おれがラティアスに巻いたやつ……
 昨日は必死になって手当てしたのだ。いまだ目にしっかりと焼き付いている。ラティアスに巻いてあげた包帯と、あの子の袖口から垣間見えた包帯。片方は一瞬しか見えなかったけれど、見た瞬間に、どこかで見たと思った。それがきょう、朝からずっとひっかかっていた。ラティアスの包帯を巻きなおしてあげてから、ますます気になるようになった。
「なあ、ピカチュウ……
 もしも仮に、ラティアスの包帯と、あの子の包帯が、おなじものだとしたら。それは、なにを意味するだろう?
 サトシは、ふたりの姿をまぶたの裏に思い浮かべた。無邪気なラティアスと、ふしぎな女の子。姿かたちは似ても似つかない。だけどいま、こうやって並べて考えると、こころの奥底で、なにか、なにかが鳴っている。ほんとうに似つかないのかと、自分の、無意識の海が鳴っている。
 かたわらの相棒に意見を仰ごうとしたとき、ドアがノックされた。こんこん、という聴きなれた軽い音がして、あの子が、少女が顔を出す。
「あ……
「?」
 サトシは少女の顔を見て、一瞬だけ口を開きかけた。だけどそれに継ぐ言葉がみつからない。なにかを言いかけたかのようなサトシの様子に、少女はちょっとだけ首をかしげたが、そのままベッドへと近づいていく。
……なあ、ちょっといいか?」
 サトシは意を決したように、少女を見上げた。
「?」
 少女はちょこんと首をかしげながら、腰をかがめる。ふたりの目線がそろい、少女の栗色の瞳がサトシの目に映る。その光の中にふと、琥珀の色が垣間見えた。どこか見覚えのあるその光に気づいてしまい、サトシは喉を鳴らす。
「あの……さ。きみ昨日、左腕、怪我してなかった?」
「!!」
 弾かれたように少女は立ち上がった。目を見開き、途端に青ざめる。咄嗟に、そして無意識にだろう、左腕に右手をまわしていた。勢いでまくれ上がった袖口から、白い包帯が覗いた。はしっこの結び目が、おだんごのように大きかった。
「あ……!」
 今度こそ、見間違うはずがなかった。ピカチュウも驚いて耳をたてる。脚の怪我も忘れて、サトシは思わず立ち上がった。
「その包帯……もしかして、やっぱり、きみは……
 少女の瞳が大きく揺れた。後ずさる足が震えている。怯えたように肩をちぢこませて、ふるふると首を横に振る。胸元のペンダントが揺れて、泣きだしそうに光った。
「きみは、」
 ばん! と、扉の音がサトシの声をかき消す。
 サトシがはっと気付いたときには、少女は小屋から飛び出していた。
「待っ……
 後を追おうと踏み出した、その右脚に少なからず痛みがはしる。そんなことは気にしていられなくて、サトシはそのまま駆け出した。よたよたと格好はつかず、それでも開け放たれたままのドアへと急ぐ。
「待ってくれ!」
 外に飛び出したサトシの顔を、つめたい夜風がざわりと撫でた。そのまま戸口に立ちすくむサトシを、月すらも照らさない。
 あの子の姿は夜の闇にとけて、もうどこにもいなかった。




     ♪



 窓から月の光が差し込む。それを遮るようにして、サトシは左腕を額の上にあてがった。まぶしいから眠れない、わけではない。そのかたわらで、ピカチュウは、サトシのとなりにそっと寄り添う。そのこころにまで寄り添うように。
 言おうとしたことを、言えなかった。声に出して、言葉にしようとしたそれを、かたちにできなかった。外の世界へと出しそこねた言葉は、サトシの喉元でいまもさまよっている。
 口に出したらたぶん、それは。ほんとうに、ほんとうとなるのだろう。
「きみは……
 サトシの脳裏に、この島に来てからの出来事が、次々に沸き上がっていく。それに付随する想いとともに。
 流れ着いた島で、出会った少女。あたらしい友だち。
 あたらしい友だちのことが、サトシはほんとうに好きだった。毎日遊ぶのが楽しみで、会うたびに、なぜだか、どこか胸がきゅうっと鳴った。
 出会った少女のことを、サトシはどう思っていたのだろうか。この島ではじめて出会った存在。リハビリを手伝ってくれる夜、その瞳を見るたびに、こころの奥のみなもが震えて、波紋がひろがった。
 ふたりは、はたして、似ていただろうか? いままでサトシは、そう思ったことが一度もなかったと、はっきり言えるのだろうか?
 そう、いつも親切にしてくれたあの子。サトシを助けてくれて、毎日かかさず来てくれた、あの子。サトシの前で涙を流したあの子。花が咲くように笑う、女の子。
あの子の、ほんとうの姿は。
「     」

 その名を声にしようとした、その瞬間。
 サトシの脳裏に、真っ青な水が押し寄せた。

「!!」
 がばりと跳ね起きるサトシに呼応するように、となりのピカチュウも尻尾をぴんと立てた。
「いま、の」
「ぴ、ぴか……?」
 どくん、どくんと、心臓がうるさく鳴る。胸に手をあてて、サトシはシャツを握りしめた。ぎゅっと握った手が、じわりじわりと汗ばんでいく。かたわらのピカチュウは、その大きな瞳をさらにまんまるにして、動揺した自分のこころと向き合おうとしていた。
 サトシとピカチュウの頭の中に、あるビジョンが閃く。

 水路の街。水の街。迷宮のような、水の都。
 そこで出会った女の子。ふしぎなふしぎな女の子。
 女の子に導かれ、たどり着いたそこは「秘密の庭」。
 そこで出会ったポケモンは兄妹。とても仲のよい、まもりがみ。
 押し寄せる危機と、大きな大きな津波。
 その果てに見た光景。
 うしなわれたものと、あたらしくうまれたもの。
 街の空を飛んでゆく、……白と、赤のポケモン。

……なんで、」
「ぴかぴ?」
「なんで、忘れてたんだよ、おれ……!」
 顔をつたった汗が、握りしめた手の上にぱたりと落ちる。
 おおきく見開かれたサトシの瞳は、震えていた。