ちこと
2024-10-29 20:36:55
56961文字
Public poke小説・SS
 

【2012年発行個人誌】drip,drop,daydream

2012年に発行した個人誌の再掲です。サトシとラティアスで人魚姫パロのようなお話。
完成版のデータが見当たらなかったのですが、ほぼ同じ内容のはずです。
もう何年も前の作品で、つたないところも多くはずかしいのですが、せっかくなので……。





「ぴ……!?」
 ピカチュウは、にわかに驚いていた。激しい嵐はとうに治まり、嘘のように穏やかな朝の海が、ピカチュウの眼前に現れていた。それでも、サトシとラティアスは帰ってこない。そんな不安に胸を焦がした矢先に、今度は視界全部が真っ白になったのだ。驚かずにはいられない。
 一面が真っ白になった空間を、ピカチュウはぐるりと見渡す。もしかして、これは、合図なのではないだろうか。ふと、後ろを振り返る。砂浜も小屋ももう見えない。サトシとピカチュウにだけ見えて、ラティアスには見えていなかったあの青い光も、もうどこにもいない。
 そのとき、ピカチュウの耳がぴくりと反応した。声が聴こえたのだ。
――……い、おーい、ピカチュウ――!」
「ぴか……ぴかぴ――っ!」
 ピカチュウが聴き間違えるはずはない。それはたしかに、サトシの声だ。
 ピカチュウはあわてて、四方八方を見渡す。どこ、どこにいるの。きみは、きみたちは、無事でいるの。
 するとやがて、白しかなかった空間に、別の色が見えてきた。
「ぴ……!」
 ピカチュウの両耳が、ぴくぴくっと動く。白の向こうから、赤い帽子の男の子が、白と赤のポケモンが、駆けてくるのが見えた。
 それが見えたら、ピカチュウにはもう、立ち止まっている理由なんてない。四つ足になって、めいっぱいのスピードで、そちらに向かって駆けていく。
 お互いの距離が、ぐんと縮まる。赤い帽子の男の子が、ピカチュウに向けて、両手をひろげる。
「ちゃあ……!」
 ピカチュウはこころからの声をあげて、サトシの胸へと飛び込んだ。


 真っ白な空間に、様々な色をしたひととポケモンが立つ。サトシと、ピカチュウと、ラティアス。ちからを貸してくれたマメパトとみずポケモンたちは、すこし下がったところから、彼らの成り行きを見守っていた。
 ラティアスが、その手に持った〈こころのしずく〉を、宙へと掲げる。それがあわく光輝いて、ふわりと、ラティオスをかたちどった、青い光が現れた。
 ラティアスが、いとおしげに、こいねがうように鳴く。今度は、彼女にも見えていた。こころのしずく、そこに宿る、いとしい兄のやさしい想いが。
 青い光は――ラティオスは、そんな妹をじっと見つめた、ように見えた。そして、そのとなりに立つサトシにも、目線を向ける。それに気づいたサトシは、にかっと笑った。その肩に乗るピカチュウも同調する。
 そんな三人を見て、ラティオスの光は、一度だけ、ゆっくりとうなずいた。そして、それを合図にするかのように、青い光がいっそう強くなる。
 ラティアスが、もう一度鳴く。するとラティオスの光は、妹に向けて、そっと手を伸ばした。やさしく、やわらかく、抱きしめるようにして、光がラティアスを包み込む。
 ほんの一瞬、時が止まった。そんな気がした。
 サトシとピカチュウは、兄妹をじっと見守っていた。
 そして、やさしい光は、ラティアスからそっと手を離す。
 妹に別れを告げるように、強く強く瞬いて、それから、こころのしずくに吸い込まれるように、消えていった。
 ラティアスの表情が陰る。さみしさが、その瞳に表れる。そんなラティアスの頭を、サトシはそっと抱きこんだ。その手に触れて、ラティアスはさみしさを逃がしていく。
 兄の光の残滓に触れて、ラティアスは、そっと微笑んだ。


「あ……
 やがて、サトシたちを包む白が、だんだんと揺らいでいくのがわかった。夢の終わりが近づいている。
「ラティアス……おまえ、夢から覚めるんだな」
 琥珀の瞳を見据えて、サトシは呟く。「よかった」と笑う。その焦茶色の瞳に応えるように、ラティアスは、そっとうなずいた。
 それから、もうひとつ、大きく鳴く。

「ありがとう」も、「ごめんなさい」も、きっと言いたりない。伝えきれない。たくさんの気持ちが、ラティアスから溢れていく。
「元気でいて」、それから、「またあいたい」も。
 予期せぬ再会だった。迷惑も、たくさんかけた。それでも、またあえて、ラティアスはほんとうにうれしかった。
 次にあえるのがいつになるかはわからなくても、ラティアスのこころに灯り続けている想いは、きっと消えることはないだろう。
 伝えるべき想いをひとつだけ選ぼうと、ラティアスは鳴く。「ありがとう」と、それをなによりも伝えたかった。
 そんなラティアスを見て、サトシは笑う。
「お礼を言うなら、おれもだよ」
 その言葉に、ラティアスは首をかしげる。
「あのとき、おれを助けてくれて……ありがとな」
 サトシの笑顔に、ラティアスの胸はいっぱいになった。

 さあっと、白い光が霧散していく。もう本当に、夢の終わりが近い。
 伝えたい想いを、ひとつだけ選ぶなら。
「ラティアス……?」

 からだ全体に、「だいすき」という気持ちを込めて。
 ラティアスは、サトシに抱きついた。

 次の瞬間。
 視界が白く弾けて。

「ラティアス! 元気でな!!」
 またあおうという想いも込めて、サトシは最後に、めいっぱい叫んだ。
 最後に見えたラティアスの胸元に、あの赤いペンダントが見えた気がした。