ちこと
2024-10-29 20:36:55
56961文字
Public poke小説・SS
 

【2012年発行個人誌】drip,drop,daydream

2012年に発行した個人誌の再掲です。サトシとラティアスで人魚姫パロのようなお話。
完成版のデータが見当たらなかったのですが、ほぼ同じ内容のはずです。
もう何年も前の作品で、つたないところも多くはずかしいのですが、せっかくなので……。





 きづかれて、しまった。
 きづかれちゃ、いけなかったのに。
 きづかれたらまた、かなしいことがおきてしまうのに。
 ハッピーエンドではなくなってしまうのに。

 それでも、それでもやっぱり、わたしは、あなたのそばにいたくて。

 でも、きづかれてしまった。
 きづかれてはいけなかった。
 きづかれたら、かなしいことがおきてしまうから。

 だれかがきかせてくれた、ものがたり。
 ねがいがかなわなかったおひめさまは、あわになってきえてしまった。
 そうか、それなら。

 かなしいことがおきてしまうわたしも、あわになってきえてしまうのだろう。



「ラティアス!?」
 サトシの目の前で、少女の手から、あぶくが沸きたつ。その白くほそい指は、やわらかな泡にかたちをかえて、光にとけていこうとする。サトシは狼狽した。どうして、いったいなにがおこってるんだ?
 少女の瞳から、涙がひとつ、こぼれおちる。それを合図にして、泡をその身にまとったまま、少女はポケモンへと姿をかえた。
 そうして、ぎゅうっと目をつぶり、海のうえにまで上昇する。そのからだからは、ほろほろと泡がこぼれおちていく。
「ラティアス! 待ってくれ!!」
 サトシはちからいっぱい声を張り上げた。
 だけど、ラティアスは止まらない。あの日、あの朝は、ちゃんと声が届いたのに。
 サトシは拳をつよく握りしめる。海岸に、おおん……と、かなしみの鳴き声がこだました。
 ラティアスが、ないている。
 なんで、どうして、こうなったんだ?
 サトシはラティアスを助けると決めた。そのために、ラティオスがここに連れてきてくれたことを知った。だからなんとかしなくちゃと、がむしゃらに小屋の外へと飛び出した。だけど具体的にどうすればいいのかわからずに、ピカチュウにうながされて、小屋に佇むラティオスの光に向きなおったのだ。
 そこに、少女が、カノンの姿をしたラティアスが現れた。
 だからサトシは、名を呼んだのだ。だいじょうぶだからと、もう思い出したからと、安心させてあげたくて。
 なのにラティアスは、途端にかなしみだした。かなしむ彼女のからだから溢れるのは……泡だ。
「これって、まるで……


 ずいぶんと昔のことだけれど、サトシもママからおぼろげにきいた。女の子が泡になってしまうのは、かなしい、人魚姫の物語だ。
 ラティアスは、夢の世界に入り込む前に、カノンから絵本を読んでもらっていた。あれはきっと『人魚姫』だったのだ。だからサトシも、むかしむかしにママが読んでくれた、その物語を思い出そうとした。
 たしかほんとうの人魚姫は、正体がばれたからといって、だから消えてしまう、という話ではなかったはずだ。
 だけどいまのラティアスは、サトシに正体を知られてしまって、そのことがきっかけで、消えようとしている。
「どうして……
 サトシの脳裏にふと、かつての記憶が閃いた。

 水の都のふしぎな出会い。
 あのとき起きたかなしいこと。
 秘密の庭に現れた怪盗姉妹。
 そのきっかけは……

「ラティアス、おまえ、自分のせいだと思ってるのか……?」

 街を歩く少女がラティアスであると、怪盗姉妹に気づかれた。ラティアスの正体がばれたから、秘密の庭に侵入されて、こころのしずくは奪われた。
 だから起こった、かなしいこと。
 正体がばれるということ。それはラティアスにとって、かなしみのトリガーであるのかもしれない。

 女の子が泡になってしまうのは、かなしい、人魚姫のものがたりだ。いまのラティアスは、自分をその、人魚姫だと思っている。
 願いがかなわない人魚姫は、泡になって消えてしまう。
 いまのラティアスも、そうなのだろうか。
 願いがかなわないのだとかなしんで、消えてしまうというのだろうか。


「そんなこと、させるもんか……!」
 弾かれたように、サトシは小屋を振り向き仰いだ。
「ラティオス!!」
 サトシの大声に呼応するように、青い光が月明かりの下に現れる。ラティアスは光に気づかない。見えていないのかもしれない。
サトシはその光を見据えて、どこか確信めいた瞳で問うた。
「こころのしずくは、……ここに、あるんだな?」
 うなずくように、光が瞬く。サトシにはそれで十分だった。
がっと、ズボンの裾をまくる。靴も靴下も脱いで、裸足になる。真っ白の包帯を、あの子が巻いてくれた包帯を、丁寧にほどいて、相棒の首にそっと巻き付けた。
「ピカチュウ、ちょっとこれ、持っててくれ」
「ぴ」
 うなずくその瞳の色をしっかりと見て、荒波の海に向きなおる。てんてんと、左足を動かす。つまさきを何度か地面に当てる。痛みはまだあるけれど、もう気にならない。
 両足で歩を進めて、ちゃぷん、と海の水にからだをひたす。足元の砂浜はすぐに無くなって、もう一歩踏み出せば、とたんに海底は深く遠くなる。
 不自然だけど、ふしぎじゃあない。だってこれは、自然の海とはちがう。
(これはきっと、ラティアスの心そのものなんだ)
 この世界は、ラティアスの夢だ。ラティアスのこころがつくりだしたものだ。
 この荒れ狂う海はきっと、ラティアスのかなしみそのもの。
「待っててくれ、ラティアス」
 かなしい夢なんて、すぐに終わらせてみせる。
 キャップのつばを、ぎゅっと後ろに回す。
 大きな波が、ざぱんと音を立てた。
「行くっきゃないぜ!」
 空気をめいっぱい吸い込んで、サトシは海へと飛び込んだ。


「ぴかぴ……!!」
 海の中へと消えたサトシの名前を、ピカチュウは思わず叫んだ。
 止めるつもりなんてない。ピカチュウだって、いままでのあらましを、サトシのとなりですべて見てきた。サトシの想いも、そしてサトシがやるべきことも、ピカチュウはちゃんとわかっているつもりだ。
 ほんとうは、ついて行きたかったのかもしれない。だけどサトシは、ピカチュウに頼みごとをした。
 首に巻かれた真っ白の包帯に手をのばす。サトシが戻ってくるまで、これを大事に持っている。だから、ピカチュウはここにいる。
 止めようとなんてしない。だけど、だけど。それでもやっぱり、やっぱりというか。心配なものは、心配なのだ。それもとびっきり。
 真っ白の包帯を、そのちいさな手でぎゅっと握りしめた。


 真っ暗な海の中は、今回も容赦がない。あちらこちらへと流れをするどくかえて、サトシをそう簡単には進ませてくれない。
 それでもサトシは、ひたすらまっすぐに水をかき、海底を目指していた。やみくもというわけではない。
 サトシには、確証があった。あの日、溺れたときに見た、ほんのわずかな光を思い出したのだ。
(あれは、こころのしずくだったんだ)
 それがどこにあったのか、正確な場所なんて覚えていない。だけどサトシは、辿り着けると信じていた。
(ラティオスはきっと、ほんとうは、あのときに見つけてほしかったんだ)
 ラティアスの夢の中に沈むこころのしずくを、サトシに見つけてほしかった。
 ここはアルトマーレじゃない。現実の世界ですらない。でも、あのままラティアスを放っておいたら、ほんとうのほんとうに喪ってしまう。サトシはそんな気がしていた。
 どうすれば、この世界のラティアスも、現実のラティアスも助けられるのか、サトシはもうわかっていた。ラティアスがこの世界から戻ってこなくなった原因。サトシをここに呼んだ存在。
(おれがここで、こころのしずくを見つければ、もしかして、全部なんとかなるんじゃないか)
 根拠よりも、胸の奥底の気持ちのほうが強かった。ラティオスが、うしなわれたはずのこころのしずくそのものが、サトシにそう伝えた気がしたのだ。
(こころのしずくは、ここにあるんだ)
 アルトマーレじゃないけれど。現実の世界ですらないけれど。ラティアスの、夢の中だけれど。だからこそ。こころのしずくは、ラティアスのかなしみの中にあるのだ。
 だからきっと、ラティオスのこころが、サトシを導いてくれるはずだと。
 つよくつよく信じて、暗闇の中に目を凝らし、もういっちょうと、思い切り水をかく。
「!」
 そのときサトシの瞳に、見覚えのある光がちらついた。
 ぎゅっと表情を険しくして、ばた足で一気に水を蹴る。すこしばかり息が苦しくなっても、そんなことはかまわない。
 今度は見失わない。途中で溺れたりしない。ぜったいに、助けてみせる。
 サトシのこころが、きいんと鳴る。

(ラティアス、おれ、おまえのにいさんを助けられなかったんだ。助けに行くっていったのに、助けられなかった)
 ほんのいっときでも、どうして忘れていられたというのだろう。あのうつくしい水の都で見た、せつなくて、かなしくて、だけどどうしようもなく、いとしかった情景。
 ラティオスが見た世界。最後の「ゆめうつし」。
 サトシの脳裏にちらついて、同時に、あのとき感じたかなしさとくやしさが、サトシの胸を何度も刺す。
 ほんとうは、ずっと悔しかった。
 ラティアスはサトシに助けを求めてくれたのに、サトシは、ラティオスを助けられなかった。その悔しさが、つらい気持ちが、暗いかたまりとなってこころの奥深くに沈む。
(だから、忘れちゃったのかな……
 サトシはどこかで悟っていた。サトシが記憶をなくしたのは、きっと、あの嵐に巻き込まれたときだ。ラティアスの夢の世界に入った瞬間だ。
 ラティアスは夢の世界で、自分の身に起きたことを忘れていた。こころは覚えていたけれど、具体的なものはなにひとつ思い出さなかった。
 だからサトシも、忘れてしまったのだろうか。つらいと感じた思い出を。ほんとうは、つらいだけじゃなくて、つらいよりももっとずっと、大切なものがたくさんあったのに。
 だけど、もう、目をそらすことはしない。つらい記憶に蓋なんてしない。いまサトシがやるべきことが、ある。
 あのとき、おれは、助けられなかった。
(だから、今度こそ助けたいんだ)
 おまえも、おまえのにいさんも。

 目の前にきらめく光に、サトシは大きく手を伸ばした。
 光に触れると同時に、ひときわ大きな渦がサトシを襲った。